第3話

「T1206K、丸の内駅に停止」

 輸送担当の指令員がその事実だけを伝える。

「桜通線丸の内駅は全員ホームからの退避を完了。問題ありません」

 旅客担当が付け加えるように言う。

「引き込み線入線用に対向ホームの運転士を乗車させました。代替運転士を確保できていないのでまだ発車は出来ません」

 運用担当の報告。代替運転士は今池駅から東山線・鶴舞線経由で丸の内駅に向かっている。運転指令室としては、事件解決とともにダイヤの早期復旧も必須事項。本線を空けて速やかに取りかかりたいという思惑が見て取れる。

「警察さんは?」

 桜通線統括指令がふと、終始携帯電話らしきもので連絡を取っている愛知県警捜査員に聞く。

「我々とは別の交渉班が向かっているはずですが。あと、乗っている乗客を避難させることは出来るかと乗り合わせていた警察官から」

「駅員がギリギリなのでそちらの方には……」

 旅客担当が渋る。丸の内駅東改札閉鎖により乗客の苦情が押し寄せ、それが北改札にも波及し始めている。駅員だけで抑えられなくなることは容易に予想できた。

「他の駅も同じような状況が予想されるため動けません。集められる所から集められるようにしていますが、間に合うかどうかは……」

 中村区役所駅から徳重方面への発車は既に見合わせている。後続列車も順次抑止が掛かるため、桜通線全体への影響は避けられないものとなっている状況。今池駅の構造上、今池・徳重間の折り返し運転は避けたいという事情もある。

「私としても可能な限り当該列車を速やかに引き込み線に入れたいのです」

「しかし、乗客は? 被疑者が行動を起こす可能性も考えられます」

「それならそちらで特殊部隊なりを動かせばいいだろう!」

 桜通線統括指令の怒声。一体何を考えているのだろう、と捜査員達は訝しげな表情を見せる。

 桜通線統括指令としては、本線で事件を解決するのは避けてほしいというものがある。本線上で解決してしまうとその現場検証が行われることを意味し、運転再開がさらに遅れる。遅れるとそれだけ苦情も、二次関数のグラフのように急増する。乗客が他路線に流れることにより、遅延が広がる。特に東山線。桜通線建設の目的として東山線のバイパス・混雑緩和があるため、常時混雑する名古屋・栄間の影響は計り知れないものが予測された。

「しかし、地下空間となると訓練に時間が……」

 彼は愛知県警の特殊部隊、SATを管轄する警備部の人間ではないが、密接に関わる特殊犯捜査係(SIT)だからその大変さを聞いている。限られた空間で行動するためにはその感覚に慣れるのが必要で、そのために実物大模型を作ったりもする。設立目的である航空機ハイジャックについては同型機を借りての訓練で時間を節約出来る。実際SATの一班は徳重車庫に向かっており、同型車両を借りての訓練を予定していたが、それにはまだ時間がかかる。SATはまだ、動けない。

「県警としては被疑者との交渉を進めます。乗客の解放が可能なら実現させます。それには変わりありません」

「可能なら、な」

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