第4話 自分勝手

 教室を出て玄関に向かおうとした時、突然背中を強い衝撃が襲ってきた。


 そのまま顔から廊下にたたきつけられる。

 痛みに涙目になりながら顔をあげると僕の召喚獣は目の前に転がっていてきつく目を閉じて痛みをこらえているようだ。


 その時、突如僕の召喚獣が誰かにわしづかまれた。

 召喚獣はその手から逃れようと暴れるがその手はびくともしない。

 召喚獣をわしづかんだ手はゆっくりと上がっていきその手の持ち主の顔の前で止まる。

 ベリーショートの茶髪にオリーブ色の瞳の少年だった。見覚えがあった。確か、クラスメイトだ。

 男子生徒は目つきがするどく口はつりあがっていて、悪い顔の見本のようだ。


 怖い、誰か助けて。


「ほんとこいつ弱そうな召喚獣だな。おまえみたいな雑魚にはぴったりだな」

 僕は自分も召喚獣もけなされているというのに怖くて震えるしかなかった。

「こいつの体どうなっているんだ?解剖してみるか」

 全身から血の気が下がっていく。今、コノヒトハナニヲイッタ?

 理解できなかった。いや、理解したくない。

 だって、すごい楽しそうに言っていた。そうだ、こういう事をする人間はどんなひどい事も笑いながら行うんだった。

「まずはこの羽根を抜いてみるか」

 彼は思いっきり羽根をつかんで引っ張った。

 召喚獣は悲鳴をあげている。

「う……ああぁ……」

 僕の、召喚獣が、僕に必死に助けを求めているというのに、体が、動かない。

 やめろと叫ぶ事もできず、ただ、見ている事しかできないのだろうか、僕は。




 助けを求めているのが天に伝わったのだろうか。

「あなた、何をしているのかしら?」

 凛とした高い声が聞こえてきた。

 助けがきた。

 声のした方を見るとそこにいたのは、はちみつのような色の髪を編み込んでハーフアップにしており、 気の強そうなつり目の瞳は綺麗なエメラルドグリーンの少女だった。

 その少女は入学式で新入生を代表して舞台に登壇した人だった。

「弱いものいじめをするなんてずいぶんと腐った性根の持ち主なのね。子爵といえど、きちんと貴族としての振る舞いをしていただけるかしら」

 彼女はすごく冷たい目で男子生徒を見ていた。この男子生徒は貴族だったんだ…。

 貴族にはあまり良いイメージはない。僕の故郷の身近な貴族は市民を見下していて横暴だった。

 こんな事をするのに納得した。だって貴族だ。嫌なやつしかいないんだ。まあ、一般人にもそういう人はいるのだけど。

「ほら、その小さな召喚獣を離しなさいな。早くしないと、わたくしが相手するわよ 」

「グルルルル」

 アーディ・アガートの後ろには10メートルほどはあるだろうか。赤いドラゴンが控えていた。

 さすがに分が悪いと思ったのだろうか、男子生徒は舌打ちをして召喚獣を放り投げた。

 その時になって僕はやっと動けるようになって召喚獣を受け止めて抱きかかえた。


 あの男子生徒はいつの間にかさっさと去っていった。

 アーディ・アガートもこちらを少しも見ることもなく玄関に向かって歩いていた。

 それが心に突き刺さった。彼女はあの男子生徒の行動が許せなかっただけであって、僕に関心がなかったんだ。

 僕は勝手に彼女を理想のヒーロー像に当てはめようとしていた。なんとも情けない話しだが、彼女がヒーローのように優しく声をかけてくれるんじゃないかと思ってしまっていたのだ。

 落ち込んで下を向くと抱えた召喚獣は震えていた。そうだ、あんな目にあったんだ。僕よりずっと怖かったし痛かっただろう。

 そんな当たり前の事に気づくより自分の事ばかりだった。

 助けを求めた人に助けてもらえずとても傷ついた事だろう。

「ごめん……ごめんね……」

 繰り返し謝罪の言葉を口にする。召喚獣と仲良くしたいと思っていたのに自分が裏切ってしまった。

 許してもらえるとは思っていないが、もう仲良くなるという夢はずっと叶わない事だろう。

 その日、寮に帰ったのはもう闇につつまれそうな遅い時間だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る