第5話 エルフと言えば弓

「......馬鹿にしているのか?」


「あぁ、大人気無いかなってさ」


 まるでやる気を感じられないウェンに腹を煮やし、烈火の表情でレイナルドは襲い掛かった。


 レイナルドの猛攻を涼しい顔でいなす。

 父親に習った剣技は、荒々しいながらも基本を捉え、忠実に再現されていた。


 まるで教科書のような、綺麗な剣だった。


「にしても、リリアノ遅いな」


「っ! ふざけ--」


 鍔迫り合いの中でウェンが発言し、弾かれて互いに距離を置く。

 再び攻撃に移ろうとレイナルドが駆けた瞬間、ウェンの前蹴りが腹に命中し、金髪を揺らした。


 カウンターで入った蹴りに耐え切れず、レイナルドは膝をついた。


「ガッ......蹴り......だと......」


「頭に血が上ってるから見えねぇんだよ。あんな簡単な蹴りでさえ、な」


「まだ、負けてない......!」


 目の炎は消えていない。立ち上がるレイナルド。

 ウェンは心なしか楽しそうだ。

 負けてもマイナスなどは無い。むしろ、負けてあげた方が若者の恋路を邪魔せずに済むのではないか、そう頭に過ぎっていたが、関門を設けた方が燃えるだろうと結論を出した。


 弱ったものの、勇猛果敢に前進したレイナルドが持つ木剣の根元を強打し、強引に手元から引き離す。


 あっ、と口を開けたレイナルドは反射的に飛んだ木剣を目で追い、ウェンの追撃に対応出来なかった。


 胴に入った斬撃に今一度膝をつき、患部を押さえて蹲る。

 深い咳き込みと、苦しそうな呻き声が聞こえる。


「おい大丈夫か?」


 充分に手加減はした、殆ど力を込めず、文字通り振るっただけ。それでも効いたのだろう。


「くっ、大人気、無いぞ......!」


「思ったより差があったみたいだな。実戦じゃなくて良かったな」


 真っ二つだったぜ、と冗談混じりに笑うと、木剣を捨てた。


「くそ、次は必ず勝つ......!」


 未だ痛みが収まらないのか、よろよろと懐を押さえて立ち上がると、ウェンを睨み付けた。


 その威嚇に対し、興味無さげに返すと、視界の端で両手に大量の荷物を抱え、千鳥足で歩くリリアノを見つけた。


 ウェンはリリアノに近付き、その荷物を持つと、


「リリアノ、アイツがお前に用があるんだってさ、適当に相手してやれ」


 ウェンが指差すと、レイナルドは痛み等忘れた風に動揺し、羞恥で茹でダコのように赤面した後、


「ぼっ、ぼ、僕は、その。えーっと、あれだ、......この借りは必ず返してやるからな!」


 高飛車な態度が急変し、挙動不審に手を振り回し、捨て台詞を吐いてその場を去って行った。


「何だったんだ......?」


 リリアノと共に怪訝な顔をし、逃げたレイナルドの背中を見送った。


 一息ついた後、リリアノが時間を掛けて持って来た矢と大小様々な的を取り出す。


「何だこりゃ、ボロボロじゃねぇか」


 見るからに古く、かなりの劣化が見られる的が並ぶ。

 消耗品の矢はまだマシだが、練習台の的は使い物にならない。


「自警団の連中はホントに訓練してんのか......?」


 時間を掛けて持って来た物が燃えるゴミだとは皮肉なものだ。


「ま、いいさ。最初は的に当たらないだろうからな。目の前の木でも狙えば。取り敢えず胸当て......は、必要無さそうだな」


 テキパキと準備を始め、矢筒に数本矢を入れ、リリアノに渡した。


「基本さえ掴めれば、他はどうでもいい。当たりさえすればな」


 ウェンはリリアノに自分が覚えている、最低限矢を飛ばせるだけの知識と技術を教えた。


 軽くて扱い易い初心者用の弓だ、大きな心配は無いだろう。


 後は練度。反復練習が物を言う。

 相変わらずの無表情で、彼女は手にある弓矢を見つめ、そこそこ距離のある、外しても人がいなさそうな木の方向へ構えた。


「最悪、当たらなくても、前に飛ばせればそれでいい。弓を撃てる奴がいるって事を相手に知らせる事が出来れば、足止め程度にはなる」


 リリアノは一つ頷くと、ゆっくりと弦を引く。

 ウェンは腕を組んで、妙に似合うその光景を見守った。


 指を離すと、矢は軽い放物線を描いて風切り音と共に走り、着弾。


「おぉ!」


 見ていたウェンも、撃った本人も驚いている。

 矢は真ん中とは行かないが、木の幹に深々と突き刺さった。


「初めてにしては上出来だ。こっちのが向いてるらしいな、やっぱエルフと言えば弓か」


 笑顔で褒める。

 リリアノは桃色の髪に視線を隠して俯く。

 表情は分からないが、嫌な顔はしていないらしい。


「よし、どんどん行くか」


 もう一度リリアノは頷く。

 その横顔はまるで遊びを覚えた子供のように無邪気で、純粋に楽しんでいるように見えた。


----


「手、痛くないか?」


 心配された張本人の少女は、フルフルと首を横に振った。


 あれからかなりの時間が経ち、太陽も傾き始めた。

 丁度空腹にもなり、現在は片付けをして街へ降りている。


 本当はもっと早く止めようかと思っていたのだが、彼女の楽しそうな顔を見ていると、そんな気は吹っ飛んでしまった。


「......楽しかったか?」


 行き道と違い、少し離れつつも隣を歩いてくれるリリアノに、ウェンは出来る限りの優しさを込めて聞いた。


 キョトンとウェンの顔を見上げて、視線を下に落とすと、遅れて恥ずかしそうに頷いた。


「......そりゃ良かった」


 そこから無言の空間は続いたが、不思議と気まずさは無かった。


 心地好い夕暮れの中、明後日の出発まで、次は何をしようかと、今まで考えた事も無い予定を立てる。


 ウェンにとって、こんなに気楽な悩みは今まで無かった。

 彼女の心を開き、変えてやりたいと思うにつれ、自分も変わっていっている事に気付くのは、もう少し先の話になる。

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