第3話 エルフ、人間の食事を知る

「おう、お待たせ」


 ウェンはヒラヒラと手を振るが、彼女からの返事は無い。

 彼女、リリアノは情報屋トレイルを出て少し歩いた場所にある原っぱで、小鳥を手に乗せて微笑んでいた。


 しまった、とウェンが思った時には既に遅く、小鳥は無情にもリリアノの手から姿を消していた。


 飛び去った小鳥を名残惜しく見て、ウェンの事を見付けると、軽く会釈をする。

 リリアノの目には未だ彼に対する不信感と、他人に対する恐怖心が在る。


 が、先程の佇まいを見るに、人間以外の動物には心を開くようだ。


「あー......済まなかった」


 リリアノは顔を横に振ると、以前筆談用にと渡した紙に文字を書く。


『何をすれば?』


 リリアノの機械的な問いに、ウェンはぎこち無い笑顔を作った。


「とりあえず、飯行くか飯。腹減ったろ」


 トレイルのアドバイスに頼り、とある方向を指さして歩き出す。

 拍子抜けしてキョトンとした顔のリリアノは、ウェンの背後一メートル程度距離を開け、着いて歩く。


「......何だ?」


 数歩歩いた後、何か視線を感じて立ち止まる。

 辺りの木々か、何処かから一瞬だけ敵意に近い気配を感じ、ウェンは腰の剣に手を翳す。


 帝国群で研ぎ澄まされた感覚は、まるで猛獣のように鋭く、過敏だ。

 それを見たリリアノはつられて辺りをキョロキョロと見渡す。


「......気のせいか?」


 この街は大陸の中でもかなり平和な街だ。

 そこそこ大きく、街を守る自警団もあり、魔物も姿を見せない。

 賊でも入ろうものなら警備が気付く。

 ウェンは警戒を解き、再び歩き出した。


 この街にたどり着いて半年程度の彼が知っている飯屋は多くない。

 二、三件のみの記憶の中から、行きつけの店に行こうと道筋を辿る。


 草木の生い茂る原っぱから下り、この街特有の赤レンガの家屋が並ぶ居住区まで下りる。


 ここまで来ると街は賑わいを見せ、遊ぶ子供や井戸端会議をする婦人、仕事中の男などが目に映る。


 人嫌いだったりするのか、トレイルの家は街の中でも辺鄙な場所に位置しており、とても客業を行っているようには思えない。


 そこから居住区に降りる度、ウェンはそう考えてしまっていた。


「仕事の事だけどな、明後日にちょっとばかし遠い所まで行く事になった」


 ウェンが振り向きざまにそう言うと、リリアノは居心地が悪そうに自身の体を抱いている。

 心なしか顔色は悪く、挙動不審に目を動かしている。


 どうした、と聞く前にウェンは気付いた。

 「しまった」と思った時にはもう遅い。


 尖った耳、絵画のように美しく、明らかに人間とは違う顔付き。

 人々の好奇の目が彼女を襲っている。


「......話は着いてからにしようか」


 問題が山積みだ。ウェンはまた一つ、解決するべき問題を認識した。


----


「よう、やってっか?」


 あれから少しだけ歩いた先にある、行きつけの飲み屋の戸を開いた。

 少し老朽した扉を開いて、薄暗い店内に足を踏み入れる。


 店内は狭く、テーブル席三つと、カウンター。どうやら他の客は居ないようだ。

 カウンターの奥には酒が所狭しと並べられている。

 趣味でやっているのかと言われれば納得出来る程の間取り。


 ウェンが入店早々声を掛けたカウンター奥にいる男は、入口を見る。


「久し振りだな、帰って来てたのか」


 低く、ドスの聞いた乾いた声で二人を迎えるその男は、スキンヘッドに大きな傷、ウェンを遥か上回る大男。

 その迫力からリリアノはついウェンの後ろに隠れた。


 背後で震えるのリリアノと共にカウンター席に座ると、男はグラスを置き、リリアノを見た。

 鋭い眼光に当てられ、青い顔で目を逸らすと、男は順番にウェンを見た。


「恐がらせるなよ、グラム」


「いや、そんなつもりは......」


 その男、グラムは申し訳ない、と目を伏せ謝ると、再びリリアノを見た。


「......エルフか。噂になってるぞ」


 ビクリを肩を震わせたリリアノは目線をテーブルへ向ける。

 膝の上に置いた両拳を握り締めたのを見て、ウェンは話を切り替えようと思考する。


「そんな事より飯だ飯。なんかあるだろ」


「何かって、適当にならあるが......」


 グラムはチラリと奥にある厨房を見る。

 適当に、とは本当に適当な物だ。昨日の残りだったり、即席で作った料理だったり。

 味には自信はあるが、客に出すほどの代物ではない。そんな料理をウェンにはある程度の値段を付けて出している。


 そもそも、ここは酒を飲む場所であり、ウェンの言っていた『飯屋』と言う存在では無い。


「それ持って来い」


「......金はあるんだろうな」


 眉間にシワを寄せ、謎に得意気なウェンを上目で見る。

 ウェンはニヤリと笑うと、


「情報屋トレイルにツケといてくれ」


 と、悪びれる様子もなく口走る。


「お前、その内刺されるぞ......」


 情報屋トレイルへのツケはこれが初めてではない。

  この事も含め、彼の言葉も納得出来る程、過去、ウェンはトレイルに数々の迷惑を掛けている。


 急かすウェンに押されて、グラムは渋々厨房へ向かった。


 一部始終を見ていたリリアノは軽蔑の眼差しをウェンへ向ける。

 それに気付かず、鼻歌を歌いながら今か今かと料理を待つ。

 十分程度だろうか、鼻をくすぐるいい匂いと共に、皿に盛られた川魚の煮込み料理とスープにパンが二人分、カウンターへ並べられる。


 お世辞にも客に出せるような盛り付けではない、グラムの言ったと通り、適当な物である事は明確だ。


「ほらよ、味は保証しねぇが」


「いいって事よ、もうちょっと色気が欲しいとこだがな」


 ウェンの軽口に「黙って食え」と舌打ちすると、再び目線はグラスへ向かった。


 ウェンがフォークを手に取ると、リリアノも真似してフォークを握り、料理を嗅いだ。


 頭の上にハテナマークを浮かべながら、料理を舐めるように見るリリアノに、ウェンは口に運ぼうとした料理を寸で止め、彼女を見た。


「どうした?」


 彼の言葉にリリアノは料理とウェンを交互に見て、眉間にシワを寄せた。

 顎に手を当て考えると、答えは自ずと見えてきた。


「こういう料理、馴染み無かったか?」


 言わば『人間食』とでも言おうか。リリアノにとって人間の食べ物は自身の知っていた物と離れていたらしい。

 仕方が無いといえば仕方ない。エルフ族の食文化は大体どんな人間でも詳しくは無いだろう。


「こうやって、骨は取って食べる。後は見たまんま適当に」


 うんうんと、ウェンの手付きを見様見真似でナイフを使って魚を切り、一口食べる。

 まるで親子だ、と鼻で笑うグラムの矢先で、数回咀嚼して、飲み込む。


 すると、先程までの大人しさが嘘のように目の色が変わり、慣れない手つきではあるが料理を夢中で頬張り続ける。


 微笑ましく二人が見ているのを忘れる程に。


 リリアノを見ていて食が進んでいないウェンに気付くと、彼女は隣のウェンの顔を見て手を止めた。


 そして、少し恥ずかしそうに俯きながら尖った耳を端まで赤く染めた。


「いやぁ、いい子じゃないか。お前と違って文句も言わん」


「味は良いって言ってるだろ。後あれだ、店主の態度が悪い」


 お互いに貶し合うが、険悪な空気は流れていない。

 それどころか笑いあって食事をしており、仲の良さを確信させる。


「ほら、好きなだけ食っていいぞ。どうせツケだ」


 ウェンに勧められて、リリアノは置いた食器を再び手に取る。


「何言ってんだ、運び屋ウェンにツケとくぜ。早く払いに来いよ」


「何だと? 出世払いで宜しく」


 いつの間にか半分ほど食べ進めているウェンはフォークを行儀悪くグラムに向け、高々と宣言した。

 当の本人は至って真剣である。


「そりゃ、払えそうにねぇなぁ」


 馬鹿にして笑うグラムに、ムッとした表情のウェンは言い返すことなく食事を続けた。


 しがない街の狭い飲み屋で、昼下がりの少し遅い昼食は進む。

 ウェンはほんの少しばかり、隣の席のリリアノと言う少女が理解出来たような気がした。


 距離はまだまだ遠いだろうが、少しずつ縮めて行けばいいと、楽観的な思いを抱いていた。

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