第11話 闇に蠢く者
――時が経って日が沈み、夜の帳が下りる。
グランは自分の部屋へ戻って、ベッドに腰掛けて手に握った短剣を見つめていた。毎日欠かさず手入れをしているからか、その刀身には一点の曇りも無く磨かれている。
(……そろそろ見回りに行くか。厄介な連中も動いてるみたいだし、さっさと片付けた方がいいよな)
騎士服の上着を脱ぎ、窓を開け放って飛び出す。空に躍り出た瞬間、その体にうっすらと白銀の呪力を纏った。
「――伝令者の長靴を履き、我は風よりも疾く駆けん」
〈伝令者ヘルマ・の長靴ブッセ〉を発動して高く跳び、強化された視力で息を潜めている影を捉える。
(……五、六人か)
「――汝は鋼、冷たく堅牢な者。汝は剣、全てを切り裂く者なり」
人数を把握したと同時に呪力を高めて〈鋼王アウトラ・の剣ソーン〉を発動し、呪力を纏った短剣を構えて再び空を蹴った。流星の如き光の尾を引きながら一閃。
襲撃に気がついた相手は、呪力を纏って受け止める。
ガキンッ
「くっ……」
金属のぶつかり合う音と声が聞きながら地上に降り立ち、肩からぶつかるように突き飛ばす。その不意討ちに相手は城壁にぶつかって気絶した。
立ち止まることなく地を蹴り、近づいてきた相手の鳩尾に柄尻を打ち込んだ。
「かっ……」
くの字に体を折った相手を掴んで放り投げる。飛んで行った先は、また別の人影が近づいてきていた。
「ひっ……」
情けない悲鳴を上げて固まってしまい、結果として下敷きになってしまう。
(残り三人……)
地あるいは空を蹴りながら、次の相手へ向かった。決闘の時のような複雑な軌道ではなく、庭に繁茂している植物などの陰から陰へと移って行く。
そして、視線を完全に振り払った瞬間を狙って飛び出した。
二人一組のうち一人に足払いをかけ、もう一人を巻き込んで体勢を崩したところをまとめて蹴り飛ばす。
「「っ……」」
ザッ
息をつく間も無く奇襲で次々と撃破してきたグランだが、ここで初めて足を止めた。
「出てこいよ。あんたが首謀者だろ?」
ある一点に鋭い視線を向けた質問を投げかけると、答えるように茂みの陰から出てきた。
「……貴様、その身のこなしは騎士のものではないな。何者だ」
「グラン・スワード。〈剣姫〉の弟子だ」
指摘を受けるも、動揺せずに答えて呪力を燃え立たせる。その様子を挑発と受け取ったのか、相手は眉間にしわを寄せて剣を抜いた。
「ふん、語るつもりはないか。ならば、力づくで聞き出すまでだ」
呪力の輝きを放ち、彼が持つ剣が形を変えた。厚みのある刀身は斧のようで、人間が持つには巨大すぎる。
どうやら、魔術によって〈剣〉を偽装していたようだ。
「……こんな場所で〈剣〉を抜くなんて、指導が行き届いてないんじゃないか?」
「むろん、すぐに結界を張る。……やれ」
号令と共に、二人を囲みこむように四箇所で呪力が迸った。詠唱は聞こえなかったが、間違いなく〈聖輝セイント・の加護シェル〉だ。
「さあ、貴様を叩き潰す準備はできたぞ。小ざかしいハエめ!」
「とっ…」
突進しながら振り下ろされる剣を避け、距離を取ると二撃目が目の前に迫ってきた。
「っ……」
後へ倒れるようにして刀身を蹴り上げる。僅かに斬撃の軌道が変わり、前髪を何本か切断して通り過ぎていった。
動きを止めれば、次の一撃を喰らってしまう。瞬時の判断で体を起こし、短剣を相手に向かって投擲。
カツンッ
〈剣〉を召喚した相手は傷つくことはないが、本能によって動きを鈍らせる。その隙に上へと跳んだ。
―汝は誇り高き守護者―
空中で詠唱しながら、さらに高く跳ぶ。
―汝は神さえも殺める力。ゆえに、あらゆる障碍を打ち砕く―
包み込むように呪力が燃え上がって渦巻き、空中に恒星が顕現した。追撃しようと跳び上がってきた相手が、あまりの眩さに目を閉じてしまう。
―其の銘は、討滅英霊ウルス―
呪力の輝きが収束し、右手に黄金の刀身を持つ片刃剣へ現れる。
「砕け、〈迷宮闘牛ミノス〉!」
相手の声と共に呪力が何かを象り、それが〈剣〉を召喚したグランへ襲いかかった。
それに対処するべく、切っ先を下に向けてグランは呪文を早口で詠唱する。
「――主よ。輝ける者よ。御身の手で弱き我らを守護したまえ」
〈聖輝の加護〉が発動し、呪力が迸って円形の膜となった。
そこに何かがぶつかり、呪力の膜は火花を散らせて消滅してしまう。
勢いを殺しきれなかった何かが突撃してきて、それを手に持っている剣で受け止めた。そして、その正体をようやく視認する。
太い二本の角を持ち、その体躯は馬車ほどもある逞しい牛だった。
〈伝令者の長靴〉によって作られた足場で踏ん張っていなければ、間違いなく吹き飛ばされていた。しかし――、
(……馬力に差がありすぎるな)
徐々に押し込められ、牛が首を振って剣ごと弾き飛ばされた。
相手に協力している騎士たちの〈聖輝の加護〉に叩きつけられ、衝撃で体を動かせないままグランは落下する。
牛が空中で方向を変え、追撃をかけてきた。そして、それとは逆方向から剣を持った相手が襲いかかってくる。
―汝は神に……せし……者―
「? ……何だ?」
聞こえてきた声に首を傾げ、よく耳を澄ます。
―汝が背負うは永久の業。ゆえに、何者も恐れることはない―
「詠唱だと…? だが、これは……?」
太古の言語による詠唱だということはわかっても、その意味するところまでは理解することができない。
太古の言語によって行使する魔術は二種類ある。一つは〈剣〉を召喚する魔術で、もう一つは〈剣〉の能力を完全解放する魔術だ。
すでに〈剣〉は召喚されており、騎士が神に与えられるのは一本のみ。それらの理由から能力の完全解放であると判断するも、それらしき予兆は微塵も感じられない。
―其の銘は、簒奪偽王アダマ―
詠唱が終わった途端、為す術も無く落下するグランの剣が眩く輝いた。熱された飴細工のように刀身がグニャリと変形する。
「なっ…!?」
信じられないとばかりに口を開く相手を無視し、体を捻って〈剣〉を無理やり振った。
ジャラッ、ジャラジャラ
刀身が一気に伸びて二つに別れ、その切っ先が牛と相手をかすめて巻きついていく。あっという間に刀身は雁字搦めに縛りあげ、完全に身動きを封じてしまった。
強化された腕力により、地面へと叩きつけられる。
ドゴッ
呪力で強化された体は叩きつけられても衝撃が走るだけで、骨折や打撲などの損傷は受けない。体が硬化されているため、地面に人型のクレーターを作ってしまうのだ。
「くっ…、この程度で封じられる我ではないぞ! うおぉぉっ」
予想外の二本目に呆気にとられていた相手は起き上がり、雄たけびを上げて呪力を激しく燃え上がらせた。同じように牛も起き上がり、その体を燃え上がらせる。
「奪え、〈簒奪偽王〉」
繋がった小さな刀身の一つ一つに紋章が浮かび上がり、まるで生きているかのように脈動した。そして、それと同時に荒れ狂っていた呪力が鎮まっていく。
「くっ…、力が抜けていく。どういう、ことだ…!?」
体から無理やり力を抜き取られている感覚に、苦しみながらも驚きを隠せない。
ブモオォォ…ッ
断末魔のような声を響かせ、呪力の塊だった牛が消滅した。
捕らえる対象を失った刀身は輝きを放ち、もう一本の刀身に絡み付いて一本へ戻る。
その光景を見た相手は、危なげなく地面へ着陸したグランを睨みつける。
「貴様、何を、した…!?」
掻き消えそうなほどほどの声だったが、呪力によって強化された聴覚は捉えたらしい。
「〈簒奪偽王〉の能力は、刀身に触れた対象から奪い取ること。今、あんたから奪っているのは呪力だ」
グランから淡々と返ってくる答えを聞き、表情に驚愕の色が浮かび上がった。
呪力とは身体能力の強化や魔術行使を可能にするだけでなく、騎士の生命力と直結している力だ。つまり、奪われ続ければ死を迎える。
雁字搦めに縛られているため、どんなにもがいても逃れることはできない。
自分が叩き潰そうとした青年の背後に、大鎌を持った死神の幻想を見て青ざめる。
「安心しろ。騎士の誇りにかけて、命までは奪わない」
思考を読んだかのように告げられ、体の芯が恐怖で凍てついた。
「「「――汝は鋼、冷たく堅牢な者。汝は剣、全てを切り裂く者なり!」」」
いくつもの詠唱が響き、四方から呪力の波動がグランを襲う。
即座に反応して跳び上がり、拘束していた相手を解放して刀身を縮めた。解放された相手は、その場で気を失って倒れる。
目をすがめ、奇襲をかけてきた相手を確認した。
四人とも先ほど倒した騎士たちだ。〈聖輝の加護〉が消えていることから考えると、彼らはグランに倒されたふりをして潜伏していたらしい。
「斬り伏せろ」
聞こえてきた声に反応して上を向くと、そこにもう一人いた。白銀に輝く〈剣〉を振りかぶり、グランに向かって落下してくる。
「〈斬獲剣帝グラディン〉」
言葉に呼応して〈剣〉から呪力が迸り、刀身が巨大化した。
王城の一画を容易に薙ぎ払ってしまう刃が、地面へ向かって振り下ろされる。
―偽りの王よ。汝が簒奪せし権能を解き放て―
太古の言語による短い詠唱。襲い来る刃に切っ先を向ける。
〈簒奪偽王〉が輝きを放って魔法陣が現れ、その中心から牛を象った呪力が飛び出した。牛は空を力強く踏みしめ、巨大化した刀身に頭から突っ込む。
「砕け、〈迷宮闘牛〉」
本来の使い手と同じ言葉で命じると、牛は体を燃え上がらせて力強く蹴る。
勢いを増した突進に耐え切れず、刀身は粉々に砕け散った。
ガシャアァァン
〈剣〉を失った相手は牛の放つ呪力で吹き飛ばされて失神し、その勢いのあまり結界を突き破ってどこかへ落ちる。
牛は役割を果たしたからか、その姿はほどけて本来の使い手の元へ戻っていった。
「刈り取れ」「食い千切れ」「呑み込め」「押し潰せ」
罠を掻い潜られたと知ると、下にいた四人は自分たちの〈剣〉へと命じた。
―偽りの王よ。汝が簒奪せし力を解き放て―
再び太古の言語による短い詠唱。〈簒奪偽王〉が輝きを放って魔法陣が現れ、その中心から呪力が奔流となって解き放たれる。
それが不意討ちの形となり、四人のうち二人が呑み込まれた。〈剣〉の銘を呼ぶことができず、その能力の発動が遅れる。
「――汝は鋼、冷たく堅牢なる者。ゆえに、我を守る鉄壁の盾となれ」
呪文の詠唱。〈簒奪偽王〉の纏う呪力が燃え上がり、全身を隠す楕円形の盾がグランの目の前に現れた。
防護魔術、〈鋼王アウトラ・の防壁イージス〉。
どんな城壁よりも堅固な盾は、呪力が象る狼と蛇を受け止めた。狼と蛇は避けて通ろうとするが、それを盾が先回りして阻む。
〈鋼王の防壁〉に守られながら、グランは目を閉じて太古の言語による詠唱を行った。
―汝は誇り高き守護者―
―汝は神さえも殺める力。ゆえに、あらゆる障碍を打ち砕く―
―其の銘は、討滅英霊―
刀身が呪力の輝きを放ち、黄金の片刃へと変化する。それと同時に盾が消滅し、狼と蛇が跳びかかって来た。
「敵を討て、討滅英霊」
〈討滅英霊〉の刀身に文字が浮かび上がり、その能力を発動させて二匹を斬りつけて消滅させる。
「Ⅶ式・迅雷じんらい」
限界まで脚のバネを縮めて空を蹴り、呆気にとられる二人の騎士に向かって落下。黄金の閃光となり、稲妻が降り注ぐが如く地面を穿った。
直撃を受けた一人が倒れ、無事だった騎士は落下地点に向かって駆けながら〈剣〉へと命じる。
「呑み込め、〈大喰流蛇メティサ〉」
「宵鴉よいがらす」
呪力が象った蛇が現れた瞬間、それを貫いて黄金の刀身が騎士の体に突き刺さった。何が起こったのか理解できず、膝から崩れ落ちて意識を失う。
落下地点に何かを蹴った体勢で立つグランは、その様子を見て息を深く吐いた。
(…これで、全員だな)
ことの一部始終を傍観していた何者かは、後ずさるように音も無く暗闇に溶けるように消える。誰にも気づかれることなく、水面下で何かが動き出していた。
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