第2話 王女は侍女と語らう

 王都グリオードの王族が住む城。

「…何度も言っているけど、私に騎士は必要ないわ」

「ですが…!」

 少女――第二王女セフィアの言葉に反論しようとする従者。しかし、その反論を遮ってセフィアは責めるように言う。

「そんなことに騎士を使うぐらいなら、各地方に出現している魔物を退治させるべきよ」

 そして、追い討ちをかけるように振り向いて従者に言葉を容赦なく叩きつける。

「民があってこその国よ。違うのかしら?」

 反論の余地も無い王女の言い分に、従者は絶句してしまった。

 その様子を見たセフィアは、絶対零度の視線を従者に向けてため息をつく。

「もういいわ…、下がって」

 従者は彼女の命令に従い、渋々といった様子で部屋を出て行った――途端、

「本当に、何で騎士に護衛されなくちゃいけないのかしら……。想像しただけで息苦しくなるわ」

 セフィアは年相応の拗ねた表情になり、愚痴をこぼしながらベッドに倒れこんだ。

「しきたりだからですよ。王族は国の要、民の心の支えを守るための象徴ですから」

 側に控えていた侍女が苦笑しつつ、宥めようとする。

 この侍女は、セフィアが子供の頃から付き添っている幼なじみだ。姉妹のように育った友人でもあり、彼女の目の前では他の誰にも見せない素の自分を見せることが出来る。

「でも、無駄なことはやめるべきよ。王都は結界で守られているし、その中にいる限りは安全だわ」

「それを言うなら、王都の外に出る時には護衛が必要です。そんな時、信頼できる騎士に守られた方が心強いとは思いませんか?」

 セフィアの言い分に穴を目ざとく見つけ、そこを躊躇無くついてきた。うぐっ、と王族らしくない言葉の詰まり方をする。

 それを見たメイドは、何がおかしいのかクスクスと笑って追い討ちをかけた。

「王だけでなく、きっと天上にいらっしゃるレイラ様も心配されていると思いますよ」

 今は亡き母の名前を出され、セフィアの表情が翳った。よく見てみると、メイドの方も苦しげな表情をしている。

「……わかったわよ。…でも、私の騎士になるとしたら――」

「アルバート様、でしょうね」

 メイドが名前を口にした瞬間、ベッドに横になったままセフィアは顔を引きつらせた。

「…私、あの人だけは嫌。絶対に嫌」

 子供の様に駄々をこねる姫に、メイドは微笑みながら近づいていった。そして、不意に両手で頬をつまむ。

「ふぁ、ふぁひふるほよ!」

「いえ、あまりにも駄々をこねるので、つい」

 答えながら、ふにふにとセフィアの頬を弄ぶ。そして、何を思ったのか名残惜しそうな顔をした。

「…もし騎士様が来たら、こんなこともできませんね。……騎士様が来る前に、あんなことやこんなことをして――」

 自分を見つめる熱に浮かされたような瞳、次第に荒くなっていく息。身の危険を感じ、背筋を何かが這い登る。

「ひっ!」

 悲鳴を上げたのを見て、クスクスと侍女は楽しそうに笑った。

「冗談です。驚きました?」

「冗談に聞こえなかったわよ!」

 おどける彼女に対し、王族らしからぬ悲鳴に似たツッコミを入れた。

「それは、申し訳ありませんでした。お許しください」

 打って変わって真面目な態度に変わる侍女に、長年の付き合いであるセフィアは困惑してしまう。

「いったい、どうしたというの。さっきから変よ?」

 その質問に、侍女は何かを考え込むように目を閉じた。そして、逡巡するように口を開く。

「…セフィア様、失礼ながら申し上げたいことがあります」

「……いいわ。言ってみなさい」

 侍女の様子に戸惑いながらも、セフィアは王女らしく促す。

「たとえ嫌だとしても、騎士を受け入れた方が国民のためになります。国民の心の安寧のため、どうか…」

 真に迫る口調と言葉、それを呼吸することも忘れ去りそうになった。最後まで彼女の話を聞いたセフィアは、何も言うことなく頷く。

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