赤から銀へ

愛知川香良洲/えちから

赤から銀へ

 二〇一四年四月、私の地元、名鉄瀬戸線で使用されている車両の全編成が新型の四〇〇〇系に更新されるそうです。この「Striking Anew」の発行から、四ヶ月後の話です。四〇〇〇系は銀色の、ステンレス製の車両。名鉄のスカーレット・レッドに塗装された車両が、名鉄瀬戸線からは消えることになります。もちろんまだ本線系には、六〇〇〇系に代表される「赤い電車」が残っているわけで、「名鉄=赤い電車」というイメージはまだ残り続けます。それに新しい四〇〇〇系にも赤いラインが使われているので、名鉄のシンボルカラーとしての「赤」は残り続けるのでしょうが。

 そういう訳で、せっかくなので自分が書いた小説の中で「赤い電車」が使われているシーンを見ていきましょうか。なお、「Striking Anew」で公開していない作品も含まれますが、ご了承下さい。



 俺達は北側のホーム、すなわち東へ向かう電車に乗るつもりだ。七分くらい待っていると、

『間もなく、一番線に豊本田ゆきの急行がまいります。足元の白線まで下がってお待ち願います』

 係員用のマイクを通じたらしい、音質の悪い男の声が響く。警笛を鳴らして入ってきた電車を見るなり、

「あ、懐かしい」

 安江さんは言った。懐かしい?

「何か思い出でもあるのか?」

「わたしの故郷、八白市を走る路線なんだけど、小さい頃こんな、赤い電車に乗ったなって。今はもう、ステンレスの車両に置き変わっちゃったけどね」

 確かに、今来た電車は真っ赤な塗装を施されている。その電車に乗っても、安江さんの話は続く。

「この街ってやっぱり、わたしの故郷と似てる。ただ電車が赤いとか、そういうことじゃない。空気が、そう、雰囲気が似ているの」



 「Striking Anew vol.128」収録、CP2の第一回連載部分より。ここでヒロインである安江 香奈は、赤い電車について思い出を語ります。ここで取り上げたことで、気付く人もいるのではないでしょうか。そうです、八白市のモデルは名古屋市の東に位置する尾張旭市だったりします。蛯尾浜市もまた尾張旭市をモデルにしている部分があり、桜町駅などはまさに尾張旭駅だったりするんですが。

 実はこの部分、尾張旭市を八白市へ置き換える過程で大幅に文章を書き換えています。特別に、高校時代に書いた原文をお見せします。修正などをあえて反映しないので、一部おかしい所がありますが。



 俺達は南側のホーム、つまり東に向かう電車に乗る。十分くらい待っていると

『まもなく、一番線に大根おおね行き急行が参ります。足元の白線まで下がってお待ち願います』

 係員用のマイクを通じたらしい、音質の悪い男の声が響く。警笛を鳴らして入って来た電車を見るなり、

「あ! せとでんと同じ!」

そう安江さんは叫んだ。「せとでん」という聞き慣れない言葉とともに。

「せとでんって、何だ?」

「名古屋鉄道瀬戸線、って言っても分からないか。わたしの故郷を走る路線。小さい頃乗ったのが赤い電車だったから!」

 確かに今来た電車は真っ赤な塗色を施されている。その電車にのっても安江さんの話は続く。

「この街って、わたしの故郷と似てる。ただ電車が赤いとか、そういう事じゃない。空気が、そう雰囲気が似ているの。」



 因みに「せとでん」とは名鉄瀬戸線のこと。名鉄の他の路線と繋がっていないので、戦前の「瀬戸電気鉄道」時代から続く呼び方が残っていると聞いたことがあります。

 カナの地元愛がより鮮明に出てくる、そんな場面でしたが、それが薄まってしまっている気がしますね。残念ではありますが、仕方ない部分でもあります。CP2の設定は二〇一七年ということもあって、「尾張旭」のままでも書き換えなければなりませんでしたし。

 「赤い電車」は判りやすく、想像しやすいアイテムです。それが「銀色のステンレス車両」となると、何か物足りない気がします。


 では、次の作品について見てみましょう。名鉄瀬戸線がモデルの部分を引用するのでかなり長くなりますよ。ちなみに最初の駅は地下鉄栄駅(名鉄栄町駅)です。



 彼女が立ったのは、乗ってから八番目の駅。デパートをはじめとした大型商業施設が多く立地する、繁華街の駅だ。一旦改札を出た後、地上には上がらず別の改札へ。会社は違うが、ICカードの定期券なので改札にタッチするだけで通り抜けることが出来た。階段を降りて、停まっていた赤い色の電車に乗る。

 電車はしばらく地下を走った後やがて地上へ、高架へと上がり、窓の景色は真っ暗なコンクリートから、右から左へと流れる住宅の明かり達へと代わる。

「そうだ、こんな話、知ってるか?」

 無言の支配から抜け出すため、僕は口を開いた。

「……ん、何?」

 少し間を置き彼女が反応したので、僕は話し始める。

「とある高校での噂らしい。そこは男女共学の、一般的な公立学校だったそうだ。でもある時、そこに不思議な組織が出来た」

 二層に重なった高速道路の下をくぐり、地上に出て初めての駅。といっても高架上に設けられた駅だが。

「不思議な組織って?」

 予告音代わりの笛の音が聞こえた後扉が閉まり、再び電車は動き出す。

「机の上に書かれた詩を集めて評価する、二人だけの同好会。しかも学校非公認の」

 線路は少し左へと曲がり、すぐ次の駅へ。その駅を出ると右に曲がって進行方向を戻し、しばらく直線の区間が続く。

「けどそれ、いいかも。ロマンスがあって」

「同好会じゃなくて、変わったカップルだったって説もある」

「あ、男女のペアだったんだ。……私達みたいに」

 彼女は微笑む。その笑顔が、可愛い。

 電車は先程よりもキツいカーブ。体が座席へと押し付けられる。小さなターミナル駅へのアプローチ。ここまで来て、自分も過去この路線を使ったことがあると思い出した。確か、ずっと先の終点で催される有名な祭りに行った時。

 電車はそして、駅へと停まる。ここでたくさんの人が乗り込んできた。乗り換えの手間さえ考えなければ彼女もここから乗る方が安いはずだが、気軽に繁華街へ遊びに行けるというのもあって彼女の定期は路線の始発駅を通しているのだろう。

「私も人の記憶に残る、そんなことができるのかな。記憶ってのは儚く消えちゃうけど、自分が生きた何倍もの期間、残り続けたらうれしいよね」

 駅を出ると大きくカーブし、地上へと降りていく。小さな駅を経由し、低速で急カーブを曲がり、川を渡る。堤防上には通過を待つ自動車が、列を成していた。

「まあ、難しいだろうな。今だと八十ぐらいまで生きる人が多いから、となると百年以上話が語り告げられなければならない」

「……そうだね。でもさ、三十年ぐらいならどうにかなりそう」

 すぐに、僕はそれが示す裏の意味に気付いてしまった。やはり彼女は、自分が死ぬことに確信を持っているのだ。何となく彼女から目を逸らす。

 川を渡った赤い電車は右へ曲がり、住宅地の中へ入っていく。ふと、目の前が銀色で遮られた。ボロくて赤い電車と、ステンレス製の新型車両の邂逅。世代交代の途中の路線らしい光景だ。

 駅名に「自衛隊前」と付く駅。その駅を出発すると彼女は僕の肩を叩いた。

「あともう少しだよ。次の、次の、次の、次の駅」

 まだまだある気がしたが、気にしないことにする。



 インターネット上で公開した「Cm(シーマイナー)」という小説の第二章より(Striking Anew読者には不親切ですが)。ちなみに二人の乗った電車は六七五〇系、鉄道マニア的には「平成生まれの釣り掛け駆動車」として有名ですね。どこにも書いていませんが、そういう設定です。二〇一一年二月に引退した車両なのですが。前面の顔が大好きで、出来れば残って欲しかった車両です。「ステンレス製の新型車両」はもちろん、四〇〇〇系です。

 この作品の発表は二〇一一年八月ということで、この頃にはもう六七五〇系及び六六五〇系は引退しており、残る六〇〇〇系と六六〇〇系も置き換えられることが決定されていました。こういった小説の中でも、名鉄瀬戸線に「赤い電車」が残っていてほしい。そんな思いで書いたような覚えがあります。

 そういえば名古屋市営地下鉄の初期車両は「黄電」と呼ばれ、文字通り黄色に塗られた車両でした。その車両もだいぶ前に銀色の、ステンレスの車両に置き換えられてしまいました。現在その車両は香川県やアルゼンチンなどで使われています。ああ、去年の合宿は香川県でした。もしかしたら名古屋で使われていた車両に、乗っていたかもしれませんよ(自分は乗ってはいませんが、留置中の車両を写真に撮っています)。


 鶴舞線でも使われている名鉄一〇〇系は足回りを取り替え今後も使用していくそうなので、名鉄から赤い電車が消えるのはまだまだ先なのでしょう。しかし地元の、瀬戸線から赤い電車が消える。それは自分にとって、大きな出来事です。さて、私の中の「瀬戸線の電車」のイメージはいつ、赤から銀に移り変わるのでしょうね。


P.S.

 ちなみに今回取り上げた作品はインターネット上でも公開していますので、参考までに。

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