177話 戦争開始

――時はネロ達が妖精界に到着する凡そ一か月前に遡る。


 かつての仲間も無事集い、迎撃態勢を順調に整えつつあった妖精の女王リリアナの下に交信草と呼ばれる花、ティンカーベルが人間界側からの交信をキャッチしたと言う報告が入る。


「……来ましたか。」


 玉座で報告受けたリリアナは、小さく息を吐く。

 交信を確認したティンカーベルが咲いている場所は、タイタン大陸にある幻のオアシスと呼ばれている泉で、そこがタイタン大陸で唯一の妖精界へつながる場所である。

 荒々しい気候が目立つタイタン大陸には、好奇心旺盛な妖精たちも滅多に近づかないため、その交信相手が一体誰なのかは容易に想像できた。

 

 リリアナはティンカーベルを繋げると同時に、会話の内容が皆に伝わるよう、妖精の国にいる全ての者の意識を自分の意識とリンクさせる。


 そして、ティンカーベルの花に魔力を送り蕾が開くと、中からはまるで壁の様なずっしりとした肉体と金色にも見える凛々しいたてがみを持つ大柄な獣人族が腕を組み仁王立ちしている姿が映し出された。

 互いにつながった事を確認すると、その獣人族の男はまるでこちらの状況を把握しているかのように、妖精界にいる者全員に向けての声明を告げる。


「妖精界に住む妖精及び、妖精の手助けをする者たちよ! 我が名はバオス・ガゼル!かつてタイタン大陸にあった今は亡き獣人族の国、ガゼル王国の王子でありそして新たなガゼル王国を建国すべく立ち上がった新生ガゼル王国軍の指導者である!我われは今より一ヶ月後、そなた達のいる国、妖精界を奪うためにそなた達の国へ侵攻を開始することを宣言する!そなた達に与えられた選択は二つ、早々と敗北を宣言し、その場所を我らに明け渡すか、武器を手に取りその小さな体で我らに立ち向かうか、共に共存していくという選択肢はない!食うか食われるか、早々と決断するがいい!」


 バオスは一方的に要件を告げると、一切会話を挟むことなく交信を遮断した。


 この声明を聞いていた妖精の反応は様々だった。

 怒りで激しく士気が上がる者、素直に渡して新しい大地を探そうと穏便に考える者、そもそもこの世界までたどり着けるわけがないと楽観的に考える者。

 ただ、この話は元々リリアナの予言として妖精たちに伝えられていたのでほとんどの妖精は立ち向かう覚悟と準備は出来ていた。


――


「……成程、今のが獣王バオスか」


 今の声明を仲間四人で集まって聞いていた、レオパルドが神妙な顔つきで呟く。


「中々威厳のある声色だったな、それに一ヶ月も猶予を持たすとは中々律儀なところもあるようだ。」

「ああ、いくら国同士の戦争とはいえ、こんな誰も知らないような小規模な争いでそこまでするとは、侵攻準備ならとっくに終わってるだろうに。」


 普通ならば、例え泉にたどり着いたところで妖精以外の者がゲートを開くことはできないが、妖精の魔力で反応するティンカーベルを使っているという事は向こうはもうその対策もできているのだろう。


「でも、その分準備もしやすいじゃあない?。」

「ええ、と言ってもこちらも既に準備は整いつつあるみたいだけどぉ?」


 そう言ってテオとミトラは妖精の城がある方向とは反対方向の広がる大地に目を向ける。


「幻術の結界か……」

「僕たちは中にいるからわからないけど、結界の外からはこの国は見えないんだよねぇ。」


 今妖精の城周辺には、リリアナの最大級の幻術による結界で、外からは見えないようになっている。

 元々妖精達は戦争どころか戦闘すらもしたことがない。

 そんな外敵に傷つけるすべを一切持たない妖精たちが唯一敵からの対抗手段として使っていたのが幻術と補助魔法だ。

 

 幻術は傷をつけることは一切ないが、幻による足止めやトラウマを見せる精神攻撃など相手の動きを止めるのに優れた魔法である。 

 そして此度の戦いでもそれが主流となっている。


 結界の外にある森は一度入ると出ることはできない迷いの森と化し、何もない平地には幻術の霧を発生させ、中に入る者にトラウマを見せて足止めする。


 妖精たち総動員で行われる魔法だけにその魔法は恐ろしく強力で、魔法にあまり適さない獣人族がそれを乗り越えるのは簡単ではないだろう、国の場所も分からずひたすら迷い、精神攻撃を受けて弱りきったところで協力者である四人に戦ってもらう、これがリリアナの考えていた計画だった。


 数でも力でも劣る弱者が考えた強者への戦い方、遥か昔妖精たちが人間界で生き延びてきた戦い方である。

 そしてこの宣言から言葉通り一か月後、交渉の決裂した二つの種族は争いを始める。

 それは、ネロ達が到着するちょうど四日前の事である。


――そして、現在に戻り開戦から四日が経過した今……妖精達は防戦一方の不利な状況に陥っていた。


――


「陛下!獣人族の軍が迷いの森を抜け続々とこちらに進行しています!」

「何故、こんなにも早く……」


 兵士からの報告にリリアナは戸惑いを隠せずにいた。

 向こうにも幻術の対策を持つ者がいることは考えていた、だがそれでもここまでま早く突破するなどとは思っても観なかった。


――しかし、一体どうやって?


「陛下、ご指示を!」

「……わかりました。仕方ありませんが皆さんには少し早いですが打って出てもらいます。」


 乱れた思考を必死に落ち着かせると、リリアナは冷静な態度で対応する。

 そして指示を出した後、自分しかいない玉座で古代魔法を唱え始める。


――


 リリアナからの言葉を兵士から受けると外で待機していた四人が一斉に立ち上がる。


「フフッやっと出番か、腕が鳴るわ。」

「ああ、ずっと外で待機するのは退屈じゃったからのお。」

「テオ、肩慣らしの時みたいにあちこちを壊しちゃだめよぉ?」

「ミトラこそ、敵を回復させちゃ駄目だよ?」


 四人それぞれ意気込みながらが結界の外へと足を進める。


「あ、ちょっと待ってください。」


 と、そこで突如後ろから声が聞こえたかと思い振り向くと、後ろにはテレポで移動してきたリリアナが立っていた。


「やあ、リリアナ。どうかしたのかい?」

「ええ、皆さんに少し頼みごとをしようと思いまして。」


 そう言うと、リリアナは険しい顔つきで用件を伝える。


「……実はどうやらこの戦い、獣人族の方も同様に協力者がいるようなのです。」

「協力者じゃとぉ?」

「ええ、しかも普通じゃない。得体も知れない何かが……皆さんにはその正体を突き止めてほしいのです。」


 妖精総動員の魔法を短期間で解いてしまった背後には何かがいる、そう感じ取ったリリアナは四人に正体を探ることを依頼すると全員が快諾した。


「わかったわあ、それじゃあ何かわかったら連絡するね。」

「はい。あ、あとそれともう一つ。」


 そういうと、リリアナは四人に補助魔法を唱える。


「この魔法は……」

「懐かしいわあ。昔旅してた時に使っていた魔法ね」

「ええ、そしてあれから三〇〇年経ち魔力が上がった今は、あの頃よりもよりステータスが強化されることでしょう。」


 その効果を実感しているのかトルクやレオパルドが上機嫌に体を動かす。


「おお、大分若返ったみたいじゃ。これなら獣人族などおそるるに足らん。」

「なんじゃあ?お前さんビビっとったんか。」

「ち、違うわ、今のは言葉の綾で――」


 こんな状況でもいつも通りに振る舞う二人にリリアナは状況を忘れて楽しそうに……そして儚げに笑って見せた。


「報告によれば向こうの数はおよそ一五〇〇、こちらは戦えるものが五〇〇と圧倒的な不利な状況ではありますが、他の妖精たちのサポートもありますので、必ず生きて帰ってきてください。」

「よし、任せろ!」


 代表して、トルクが返事をすると四人は結界を潜り、外へと打って出た。


「……のお、聞いたか?今のリリアナの言葉」

「ああ……『皆さんは』と言っておったな。」


 別れ際に行ったリリアナの言葉、その言葉の意図をに気づいた二人は必ず生きて生還することを決意する。

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