175話 ダブルヒロイン

 ネロがモールズ邸を訪れていた頃、エレナはエーテルと共に森の奥へと進んでいた。

 エーテルの話では進んだ先に一人の人間の気配があるようで、その人物が森に先ほどの魔法罠を仕掛けた人物だと思われる。


 ネロがいないことに少々の不安を覚えるが、今までの旅の経験で度胸を身に付けたエレナは、その人物の事を突き止めようと、奥へ足を進める。


 木々達が光を遮り少し薄暗くなった森の中でエレナは慎重に足を運ぶ。

 相変わらず生き物の気配はしないが、森の中を吹き抜ける風にエレナは時々身体をビクつかせる。


 そしてそんな森の中を進んでいくと、少し広い場所へと出る。

 そこは進んできた道とは違い、木々との間が離れているため、隙間ができてほんのりと明るくなっている。

 その中央にはまるで日の光をスッポトライトを当てられているかのように浴びる墓石が一つポツーンと立っており、その墓石の前には一人の美しい赤色の髪をした女性が膝をつき祈りを捧げていた。


「綺麗な人……」


 ――この人がさっきの罠を仕掛けた人?


 その姿はまるで神にでも祈りを捧げているようで、その祈る女性にエレナは同性ながら見惚れてしまう。

 ……しかし


「誰⁉︎」


 女性がエレナの存在に気づくとすぐさま振り向き、いつ抜いたのかすら分からないほどの速さで剣を手に取りエレナに剣先を向けた。


「ご、御免なさい。」


 エレナが反射的に両手を挙げ謝罪すると、女性はエレナの格好に注目する。


「あなた、その格好……貴族ね?どこのもの?」

「あ、はい、ミディール王国のカーミナル家令嬢のエレナ・カーミナルと申します。」


 エレナが辿々しくも自分の名を告げ、貴族の挨拶をすると、女性は向けていた剣を鞘に収め、頭を下げる。


「……他国の貴族の方でしたが、これは失礼しました、無礼をお詫びします。」

「い、いえ……」


 女性の礼儀正しい言葉にエレナが少し安心を見せる。

 ただ……


――やっぱり貴族が強調されてるなぁ。


 貴族の服を着ていて良かったと改めて実感した。


「ところで、何故、このようなところに?」

「え、えーと、その、モールズ公爵様が亡くなったと聞いて、フィ……連れと共に屋敷に花でも供えようかと思って来たのですがその道中、連れが魔法罠によって消えてしまったので探しに……」


 流石に妖精の話はできないと思ったエレナは、道中に聞いたモールズ家の話を思い出し事実に混えながらネロとは真逆の経緯を説明する。


「そうでしたか、恐らくそれは私が仕掛けた魔法罠のようですね、失礼なことをしてしまいました。ゴミ屑共にこの場を荒らされたくなく、発動してしまったようです。申し訳ありません。」

「い、いえ、そんな、大丈夫だと思いますので。ただ、あの、ゴミ屑というのは……」

「無論、家畜の下民及び反乱軍のことです。」

「そ、そうですか。」


 女性の自分に対する礼儀と平民の話をする際の言葉遣いのギャップにエレナは苦笑する。


「そ、そういえば、そちらにあるのは墓石でしょうか?」


 話を変えるためにエレナが女性が祈りを捧げていた石に注目する。


「ええ……」

「どなたかお知り合いの方が亡くなられたのでしょうか?」

「はい、もう十年以上前になりますが……ここには私と兄の最も大切な方が眠っておられるのです」

「大切な方……ですか」

「ええ、我々兄妹はこの方が亡くなった今も遺志を継ぎ行動していますから。本当に素晴らしい方でした……」


 女性は墓石の方を見ると、その墓石に対し敬意の様な眼差しを送りながら語る。


「……好きだったんですか?その人の事。」


 そんな女性の様子に少し乙女心が動いたエレナが尋ねる、しかし……


「いえ、この方は国の礎となりうる方でしたから……あたしのような者がそんな感情は持つことさえおこがましかったのです。」


 と、少し距離を置いたような言葉で否定した。


「私が持ってるのはあの方への敬意と絶対的な忠誠のみ。だからあの方の亡き今、我らが先導してが意思を引き継ぎ示していくのです。」

「……それは平民の差別化の事ですか?」


 エレナがこの女性との会話で感じたのはこの墓の主への敬意と反乱軍および平民への蔑み、もしこの女性が墓石主から何か影響を受けたとするならば、この平民への思想だろうと感じた。

 そしてもし、この予想が当たっていたとなれば、この墓の主にエレナは心当たりがあった。


「ええ、それがあの方が共に過ごした三年間ので我らに示した道、きっとあの方もそれを望んでいるでしょう。」


 ――やっぱり……


 今の女性の言葉でエレナの予想が確信に変わる。


「……果たしてそれが正しいのでしょうか?」

「……と言うと?」


 その言葉に女性がエレナの方へ顔を向ける。


「実は、私の連れも以前は強く平民を差別していたんです。直接的ではなかったですが、平民を見下し会話することすら嫌がるくらいで、まるでいない者のように扱っていました。」

「それは、なかなか気が合いそうな方ですね。」

「ですが、その人は旅の途中で起きたある一件の出来事で平民と触れ合う機会があって、それがきっかけでは平民を差別することをやめたのです。ですので、もし、さんも生きていたのなら、どこかでちょっとした出会いがあり変わっていたかもしれませんよ?」


 あえて口に出さなかった墓の人物の名前を口にしたエレナに、今まで表情を変えることのなかった彼女がほんの一瞬驚きを見せ目を見開くが、すぐに元の表情に戻る。


「そうですね……確かにそういう未来もあったかもしれません。ですが、あの方はもういない、分からない事を考えるよりもわかっていることに尽力を尽くすのみです。」


 今一度女性は墓の方に振り返り、無言で見つめたあと、そのまま墓石に背を向けた。


「では、私はこれで、他国の貴族の方の貴重な意見が聞けて良かったです。良き旅を……」


 エレナにそう告げて軽く頭を下げると、エレナは立ち去る彼女を無言で見送った。


「なんか、不思議な人だったわねぇ、話をしているだけなら凄く礼儀正しくていい人そうなのに、平民はしっかり見下してる、ルイン王国の貴族はあんな人ばかりなのかしら?」


 女性が立ち去った後に姿を現したエーテルの言葉にエレナは同意しつつも、彼女がただの貴族でない事には薄々勘付いていた。


――恐らくあの人がきっと……


……その後、エレナ達が不機嫌なネロと合流したのは、この出会いからおよそ三十分後の事だった

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