174話 見知らぬ関係

 「この屋敷は、反乱軍がモールズ公爵を殺害した際に見せしめとして取り壊したらしい。殺されたモールズ夫妻が見つかった時、その首は斬られ槍で刺されており、首より下は裸体にされて首と共にこの屋敷の前に飾られていたという話だ。全く、流石は低脳な家畜どもの集った反乱軍だ、残虐極まりない。」


 現れた青髪の男は壊れた屋敷を見ながら、聞いてもいない反乱軍の悪行を語る。

 その話には、どこか反乱軍を悪に仕立てようとする意図を感じざる得なかった。


「おっと、こんな話子供にする話じゃなかったね。」


 わざとらしくそう言うと、男はニッコリと胡散臭い笑みを浮かべる。


「あなた、誰ですか?」

「名乗るほどのものでもないよ。」


 その言葉にネロは少しムッとする。


「それは貴族の礼儀としていかがなものかと。」

「礼儀の話をするなら、人に名を尋ねる前にまず自分から名乗るべきだよ。」


 ネロの挑発を軽く受け流し、素性を言うことをかわす男に対しネロは先ほど感じた懐かしさなど忘れ、ただ嫌悪感を抱いていた。

 

「まあ、君も訳ありみたいだし、お互い知らない間柄でいようじゃないか。貴族の少年。」


 服装のせいか、それとも褐色の肌の色で気づいたのか、どうやら向こうはこちらの素性については気付いているらしい。それでも何も言わないのはやはり向こうも訳ありの人物であると言う事だろう。


「で、君はここには観光に来たのかな?」

「いえ、屋敷ここに来たのはついでで、本来の目的はこの屋敷の近くにある森に――」


 ネロは正直に答えようとする、別にあんな森に興味を示したところで怪しまれる理由がないと判断したからだ。

しかし……


「……森に?」


 その瞬間、男の雰囲気が、少し不穏なものに変わる。


「あそこの森には何もないはずだけど?」


 口調も表情も変わった様子はないが、男は返答次第では容赦なく襲ってきそうな、そんな物々しい雰囲気を発していた。

 そんな男に対しネロは動じることなく、ただ正直に事実を答えた。


「あの森は妖精界に繋がっている森で自分は連れと一緒に妖精界にいくために、ここに来ました。」

「……森が妖精界に通ずるなんて、そんな話は聞いたことないが……」

「あの森に生き物がいないのは妖精の結界の影響らしく、今日一緒に来た連れの中には妖精もいます。自分は妖精の言う森の中にある妖精の泉とやらを探す途中に一人、魔法罠に引っかかりこちら側の入り口に飛ばされてきました。」


 男は怪しみながらじっとこちらを睨みつけてくるが別に嘘はついていないネロは、ただ堂々と、その視線に向き合い睨み返す。


「……まあ、いいか。今、あそこにはあいつもいるし何かしようものならその時は……」


 そう男は何かぶつぶつ呟くと、話を信じたのか先ほどの雰囲気は無くなっていた。


「それはすまない事をした、恐らくそれは私の身内が仕掛けた魔法罠だ。」

「なんであんな森にそんな罠を?」

「あの森だけは、平民ウジ虫どもに踏み荒らされたくなかったのでな。」

「森に何かあるんですか?」

「別に、君の興味を引くようなもんはないさ。」

「そうですか。」


 そう言った男に対しネロは特に興味を示さなかった。

 先ほどの反応から見てトリンドルの森が妖精の森とは気づいていない、ならば自分に関わるものではないと考えた。

 それにネロには男の事で他に気になることがあった。


「ところで一つ聞きたいんですけど?」

「何かな?」

「モールズ公爵夫妻は、本当に反乱軍に殺されたのですか?」

「……さっきそう説明したはずだが?」

「その割にはここらへんの周囲の地に争った形跡は見られなかったので、殺されたのはここ最近だと聞いてます。ならば少しくらい反乱軍が来た形跡が残っていてもおかしくないなでは?」


 ネロは先ほどエーテル達と話していた疑問について尋ねてみる。

 この男の話では明らかに反乱軍が攻め込んできたような話だったので、どうも腑に落ちない。

そしてその話を聞いた男は顔を顰める。


「君は歳の割に中々目ざといね。」


 男は薄っすら笑みを浮かべると、あっさり白状し始める。


「そうだね、君の言う通りモールズ夫妻の殺害に関しては反乱軍の仕業ではない、正直に言えばあの二人は私が殺した。」

「な⁉あんた貴族だろ?どうして貴族が貴族を殺したんだ?」


 ネロの口調が自然と強くなる。

 確かに前世は父であるレインとは犬猿の仲であったし、義母に関しては命を狙いに刺客多くられたこともあった。

 当時なら死んでも大して思わなかっただろうが、しかしこの十年の年月の間にその感情は薄れ、肉親であった者の死には少なからず思うところもあった。


「簡単な話だ、あいつらはこの国に不要な者達だったという事だ。」


 続けて男はネロに問いかける。


「君はルイン王国ににある下貴族制度とはご存じかな?」


――下貴族⁉


 その言葉をネロは知っていた。

 下貴族制度……それは貴族でありながらその実力が見合ってない者達を下貴族という階級に落とし、平民と同等の扱いにするという、かつて前世で自分が騎士団学校で用いていた制度だ。

 当時はあくまで学校内だけの制度だったが十年以上たった今、それが国の法律に正式に取り入れられていることにネロは驚くばかりであった。


「あれは本来貴族の中にいる有能と無能な貴族を振り分けるために作られた制度だ。そして奴らは間違いなく後者だった。しかし身内が王となった事でその制度が適用されなかった。ならばせめて死んで反乱軍の悪評を広める肥やしになってくれた方がまだ役に立つと思ったのさ。」


 男はネロに衝撃の事実とも言える秘密の詳細を堂々語る。

ルイン王国民でないネロにとってその事実は全くもって意味をなさなかったからだ。

 ネロもその事をわかっているからか男にとやかく言うことはなかった。

ただ……



「わざわざそこまでして反乱軍の悪評を広める理由などあるのか?」


 ルイン王国の内乱について他の国が介入する事は特になくわざわざ広める必要はない。

 その問いに対し男は少し呆れ気味に答える。


「貴族側にも平民に肩入れするバカはいるからな、そんな奴らを奮い立たせるのも私の仕事の一つだからね。しかし、本当にバカな連中だと思うよ、家畜如きに変に肩入れしてるんだからな。同じ貴族として恥ずかしくて仕方がない。」


 男の溢した愚痴に気が付けばネロは苛立っていた。

 その考えはまさに前世での自分の思想そのもので、改めて他人から聞かされたその考えは、沢山の平民と関わってきた今のネロにとってはとても共感できない思想で、そんな考えを持っていた過去への自分への自己嫌悪の混じった怒りを見せていた。

 男はそんな感情が顔に出てるネロを見てフッと笑う。


「何故君が怒る?君には無縁の話だろ?」

「あんたの考え方が以前の俺に似ててムカつくんだよ。」

「フフッそうか、ならばもう少し早く会うべきだったね。」

「ああ。早くな」


 ネロのその言葉にも男は特に反応しなかった。

 というより男はネロに対し、さほどの興味を持っていなかった。


「さて、時間も経ったし、そろそろ私は行くよ。もう会うことはないだろうが、他国の貴族である君との会話はなかなかいい暇潰しにはなったよ。」


 そう言うと男は背を向け、その場を立ち去る。

 ネロもその去る背中を一度睨んで見せた後、エレナと合流するために来た道へと戻りはじめる。


 結局この日、二人は最後の最後まで互いの事を知ることなく別れる事となった……

 前世でだった二人は、見知らぬ関係となった現世で相容れぬ関係となり、その後も二人がその事に気づくことはなかった。



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