164話 侵攻宣言

 ――時は少し遡る。

 

 ミディールで行われていた武王決定戦が盛り上がりを見せていた頃、バオスは連れの者と共に、王都テトラの最寄りの港の近くにある見晴らしのいい崖を訪れていた。


 その崖は、時折吹く強風により落ちる危険性があるため、港の者から立ち入り禁止にされているが、そこから見る景色は絶景であった。


 そして崖から見える海の先の方向にはバオスの故郷であるガゼル王国があったタイタン大陸が存在していた。


「……ここら辺が良さそうだな。」


 立ち入り禁止の場所なので人気もない、バオスは海を見渡しながら満足そうに二度ほど頷いてみせると、そこに予め作っておいた木で出来た十字架を地面に突き立て、その上から小さなペンダントをかける。

 そしてバオスは十字架の中心に自ら刻んだ言葉を確認する様に口にする。


「ガゼル獣侍軍元四番隊隊長ヘルン・ミーア、ここに眠る……か」


 自分で刻んでおきながらバオスはその言葉に疑問を感じていた。

 そこは墓の主であるミーアの死に場所でもなければ、遺体が埋まっているわけでもない。

 そして何よりミーアの死んだ姿を見ていないので、いまいち実感が湧いていなかった。


 武王決定戦を供のマーレと共に楽しんでいたところに突如受けた連絡、それは王国時代の友人でありマーレの兄であるヘルン・ミーアの死を知らせるものだった。


「戦争が終わったというのに、何故戦いをやめぬのだ。愚か者め……」


 バオスが悔しそうに呟く、だがその後、バオスはすぐにその言葉に訂正を入れる。


――いや、違うか。奴は世界中に散らばった獣人族のために動いていたのだ。それは王国の兵士としては正しい事だ、間違っているのは我の方かもしれないな……


 ガゼル王国が滅び、故郷を失った者達はそれぞれ別の人種の住む国で生活している。

 バオスもその一人で、本人は楽しく世界を旅しているが、皆が皆、そんな生活を送れているわけではない。


 獣人族と言う事で差別や酷い扱いを受けている者も少なくなく、中には奴隷として働かされている者達もいる。

 

 そんな者達の為に数年前立ち上がったのが、ガゼル王国の隊長達を中心にできた残党軍であり、ミーアもその一人であった。


 バオスは胸に手を当て目を瞑り、一分間の黙とうを行う。


「………………」


 そして眼を開けると、墓に背を向け、側に控えていた連れである白銀の髪をした狐の獣人族の女性に目を向ける。


 彼女の名はギンベルグ・フォルシー。

 王国の王子であったバオスに幼い頃から仕えている側近であり、バオスが兵を率いるようになってからは王国精鋭部隊、ガゼル獣侍軍の三番隊隊長を任されていた。


「では、我は一度王都に戻る。」

「わかりしました。」


 ギンベルグは無表情のまま、バオスに向かってお辞儀をする。

 バオスは王都に戻るために、彼女の前を通り過ぎようとしたところで一度足を止めた。


「……ギンよ、ミディールで行われている大会が終わり次第、我を奴らの元へ案内しろ」

「え?」


 その言葉に、無表情を保っていたギンの表情に若干の曇りが見える。


「ですが、あなたは彼らの誘いは一度断わりを入れたのでは?」

「……少し状況が変わってな。」


 バオスがここに来るまでの間にギンベルグから聞いていたミーアの死の詳細では、ミーアを殺したのは彼らが追っていた妖精族に雇われたと思われる白髪の褐色肌の少年の可能性が高いとのこと。

 そして、ちょうどバオスの最近知り合った相手にその情報と全く同じ格好の相手がいた。


――格好だけならいいんだがな。


 だが、バオスは薄々気づいていた。

 その相手が自分の知り合いである少年という事を、ミーアほどの相手を倒せる子供など他にはいないと思ったからだ。


 その後、王都に戻ったバオスは闘技場の医療室でその少年と一緒にいる妖精の姿を見つけると、その予想を確信に変えた。

 そして一つの決意を胸に、バオスは大会が終わった後、マーレを預け、ギンベルグと共に王国再起を図っている元ガゼル王国軍が集まる森へと向かった。


――


 ギンベルグが持つスキルで手懐けた怪鳥のモンスターが、その森の入り口に着陸すると、背中に乗っていたバオスは彼女に案内される形で森へと入って行く。


「……何やら騒々しいな。」


 奥に進んでいくと、前方からなにやら揉めているような声が聞こえてくる。

 その声にバオスは眉を顰めながらも、そのまま奥へと足を進める。

 するとその進んだ先には広く空いた場所があり、そこにガゼル王国の紋章の入った防具を付けた獣人族の兵士たちが集まっていた。

 そして、その中心には揉めている幹部の者達がいた。


「いい加減にしないか!ライガー!」

「そこをどけ!ガビス!俺が一人でケリをつけて来てやるっつってんだよ!」


 揉めているのは王国の一番隊隊長のガビスと五番隊隊長のライガーであった。

 仲違いというよりは、ガビスが出て行こうとするライガーを止めているように見え、他の兵士たちは二人の言い争いを止められず、ただあたふたしながら見ているだけであった。


「……呆れた。」


 言い争いに熱中して、王子であるバオスの存在に気付かない兵士達をギンベルグが冷めた目で見る。

 ギンベルグが二人の言い争いに止めに入ろうと、一歩前に出たところでバオスが手でそれを遮る。

 バオスはその場で大きく息を吸い込んだ。

 そして……


「ガオオオオオオオォォォォォォォ!」


 獅子の獣人族らしい、あらゆるものを身震いさせるほどの咆哮を発すると、その場にいる全員が口を閉じて一斉にその声の方に注目する。


「王子……」

「王子だ……」

「まさか、王子が……何故?」


バオスの登場に下の兵士達が動揺を見せている中、幹部の者達は揉め事の元凶であるライガーを除いた全員が一斉にその場で平伏した。


「王子、ご無沙汰しております。」


 幹部を代表する様にガビスが挨拶をする。


「ああ、最後に出会ったのはお前たちの誘いを受けた時だからおよそ二年程前だったな。それより、この騒ぎはどう言うことだ?」

「はい、実は我々は以前に話しました妖精界への侵攻の準備が整い、まもなく侵攻を開始しようとしているのですが、その前にライガーがどうしてもミーアの敵討ちを行うと言っておりまして、今はそれを止めているところなのです。」


 ガビスがした経緯の説明に対し、幹部である二番隊隊長のノートンと参謀を務めていたメビウスも口を挟まない事から間違いがない事を確認すると、バオスは次に苛立ちを見せているライガーを見る。


「ライガーよ、それはどう言うことだ?」

「へ、誇りを捨てたあんたには関係ないでしょう。」

「どう言うことかと聞いている!」


 森中に響き渡るようなバオスの怒鳴り声に、兵士たちが思わず竦みあがる。

 ライガーも少し圧倒されると、ぽつぽつと話し始める。


「……言葉の通りですよ、俺はミーアを殺った奴をこのままにしておけない、敵を討ちたいんです。」

「……そうか、では聞こう、ライガーよ。貴様は一体何者だ?」

「は?」

「何者かと聞いている。」


 唐突な問いの意図がわからず、ライガーはただ自分の名前を答える。


「……ライガー・ハグ」

「そうだ、そなたはガゼル王国精鋭部隊、ガゼル獣侍軍の五番隊隊長ライガー・ハグだ。気性は荒いが誰よりも仲間思いでガゼル王国の、そして我の誇りである!」

「王子……」

「そんな、お前に問おう、我らが友、ヘルン・ミーアは敵討ちなぞを望んでいると思うか?」

「それは……」

「ヘルンが望んでいたのは、ガゼル王国の再興と獣人族たちの安息の地を手に入れる事。それを目指すために自らの命を懸けてまで動いていたはずだ、それをお前ほどの男が何故わからんのだ!」

「っ⁉︎」


 その言葉にライガーは言葉をたちまち反論の言葉を無くす、それどころか今まで燃えていたライガーの中の復讐の炎が瞬く間に小さくなっていった。


「私情を捨てよとは言わん、だが今は一度それを心の隅にしまいこみ、ただ自分の役目を果たせ。」

「……はっ!」


 ライガーは先ほどの無礼な態度とは打って変わりバオスの前に膝をついて頭を下げた。

 

「やれやれ、王子には敵わんな。」

「ああ、全くだ。」


 先程まで荒れ果てていたライガーをあっという間に静めたバオスにガビスとメビウスが改めて感服した。


「それより、王子が何故ここに?」


 今の話に一区切りがつくと、ガビスが改めて尋ねてくる。


「うむ、ヘルンの奴の死を聞いて少しお前たちの事が気になってな、先程の話を聞けば計画は順調のようだが。」

「ええ、少し遠回りもしましたが、無事準備は整いました、間もなく妖精界への侵攻を開始する予定です。」

「そうか。で、その準備とはどういうものなのだ?」

「それは……」


 バオスが尋ねるとガビスは答えにくそうに言葉を濁す。


「かまわん、お前たちがガゼルの民の事を思って考えた作戦だ、どのような内容でも否定などせぬから申してみよ。」


 バオスの言葉にガビスが一度考える。が、すぐに観念すると、その内容について話し始める。


「……わかりました。実は我々は、以前から妖精界へ行くために妖精族を一人探しておりました。」

「妖精界に通ずる道は妖精達により開閉される次元の扉で普通の人間では開くのはほぼ不可能、なので開かせるために妖精が一人必要だったのです。」


 ガビスの言葉の後に、付け足す様にメビウスが補足を入れる。


「成程な、そしてそれが手に入ったと、しかし妖精達は転生論を信じており死への躊躇いを全く持たないと言われている。幻術や洗脳の類にも強い妖精をどうやって従わせるのだ?」

「はい、確かに生きている妖精を従わせるのは不可能でしょう……生きているのなら、ですが。」

「そういう事か……」


 その言葉だけでバオスはガビスの意図を察する、そして再度メビウスが詳細について語り始める。


「はい、私のスキルを使うのです。私の種族である山羊種は遥か昔から悪魔の使いと呼ばれており、その所以たるものがこのスキル『闇魔術』私はこのスキルによって死体を操るネクロマンシーという力と、生贄を捧げることで魔界から悪魔を呼び寄せる力があるのです。」

「なるほど、それがお前らの言う準備という訳か……」

「ええ。」

「では、向こうにいる大勢の人間は何に使うのだ?」

「⁉」


 バオスが森の奥に感じた無数の人間の気配について尋ねるとガビスは再び沈黙する。


「ガビスよ、我は言ったはずだ、どのような内容でも否定せぬと。全て隠さず申せ。」

「……はい、実は……」


 ガビスが隠そうとしていた作戦についても話し出す。


「……成程、そこまでがそなたらの作戦であるか……。」

「はい。この様な作戦、王子なら非難される事でしょう、ですがそれも承知の上です。」

「何度も言わせるな、否定などせぬ……だが、それに一つ物申すと言うのなら、その作戦に、願わくば我も加えてほしい。」

「な⁉」


 その言葉に冷静に対応していたガビスが思わず声を荒げる。


「何を申されるか王子!あなたは他種族の国への侵攻にあなたは反対し、そして今の生活にも満足しているはず。だからこそ、この作戦を止めようとはせずとも我々の誘いを断ったのでは?」

「うむ、確かに今でもこの作戦に乗り気はしない。」

「だったら……」

「だが今の話を聞いて我はそなたらの決意と覚悟を知った……そして、それだけの重荷をそなたらにだけ背負わせるほど我は愚かではない!」


 そう言うと、バオスは他の兵士達に向かって大声で語りかける。


「聞けい、ガゼルの誇り高し戦士たちよ!我が名はバオス!誇り高きガゼルの民にして今は亡きガゼル王国の王子である!しかし、今ここにガゼル王国の新たなる王になる事を宣言しよう!我が王となる事不服と申すものは遠慮なく申したてよ!」


 バオスの言葉に対し、不服を申し立てるものなど誰一人としていなかった。

 それどころか今の言葉により、兵士達からは一切の迷いが消えていた。


 それは口にはしないでいたが、誰もが待ち望んでいた言葉であった。全員が足並みを揃えてバオスに向かって敬礼する。


「……よし、ならばこれよりの行動は我が王として命ずる!妖精界への侵攻を開始し、妖精界を制圧せよ!」

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