165話 集結
――妖精界 妖精の城
「お母さま、外界からお呼びしていた方々が全員到着しました。」
「わかりました、では私達も向かいましょう。」
自室にあるドレッサーで身だしなみを整えていた妖精の女王リリアナは、娘のフローラからの連絡を受けると、最後に髪の乱れを簡単に確認をし、フローラとともに外界から駆けつけてくれた四人との顔合わせのために外へと向かう。
本来なら城の中にある部屋に集まりたいところだが、生憎他の種族では妖精達の城には入ることはできないので、妖精たちの住む場所から少し離れた地に集まってもらっていた。
「あの……女王陛下。」
「なんですか?」
「本当に私なんかが同席してよろしいのでしょうか?」
城の正門へと続く外廊の途中、顔を曇らせたフローラがリリアナに尋ねる。
妖精界から出たことのないフローラからしてみれば初めて別種族との顔合わせになる。
生真面目な彼女が緊張や不安に感じるのも無理はない。
「勿論です、是非皆んなにあなたの事も紹介しておきたいですから。」
だが四人の事を熟知しているリリアナは、そんな仲間に対し不安を見せる娘の顔を見てクスリと笑った。
城の正門を出て、切り株でできた家が並ぶ城下町を通り抜けると、二人は草原の中を飛んでいく。
その草原は普通の人間からしてもく広大で、体が小さな妖精の二人には途方もない広さだった。
滅多に外に出ることのないフローラには少し新鮮な景色で、辺りを見渡しながら進んでいく。
すると、少し離れた場所に巨大な人影らしきものが四人地面に座り込んでるのを見つける。
「あれが……例の……」
フローラが初めて見る別の種族の姿に顔を強張らせる。
「では、行きましょう」
その大きさに圧倒され、その場で止まる娘の肩を軽く叩くと、リリアナはフローラとは逆に、足取りなる羽取りを軽くしながら四人へと近づいていく。
「おう、あん時の生意気な若造がえらく老けたのう。」
「当たり前だ、あれから何年経ってると思ってんだ、こっちはとうに竜人族の平均寿命を超えとるんだ。逆にお前は変わらねぇな、炎上筋肉ダルマ。相変わらず身体的にも熱苦しい姿しやがって」
「なにおう!」
近づくと巨大な亜種族の老人と、それよりさらに大きな赤い肌をした筋肉質の男で何やら言い争いをしている声が聞こえてくる。
もしかして仲たがいでもしているのかとフローラは不安を募らせたが、それを横で見ているリリアナはなにやら嬉しそうに笑っていた。
「フフ、あの二人は相変わらずの様ね。」
リリアナはそう呟くと四人の輪の中に入って行く。
「皆さん、お久しぶりですね。」
「おお、リリアナじゃないかぁ~三百年ぶりだねぇ、僕のこと覚えてるー?」
「やだなぁ、覚えてなければ呼んだりしないわよー。」
「あはは、それもそうかぁ。」
リリアナが声をかけると、気づいた二人の長耳の男女が能天気な声で答える。
そして口論していた男達も気づくと、二人はまるで何もなかったように喧嘩をピタリと止め、リリアナの方に眼を向ける。
「おう、リリアナ!久しぶりじゃねえか」
「フフッ……皆さん三百年経っても相変わらずのようですね。」
「そう言うお前は随分変わったな、リリアナ。あのギャーギャーうるさかった妖精はどこに行ったのやら……。」
「それはそうですよ、当時はまだ若くてまだ王女だだった私も、今では女王になり二人の子を持つ母ですからね。」
そう言ってリリアナはフローラを近くに呼び寄せ、慌てて飛んできたフローラを皆に紹介する。
「その子がお前さんの娘か。」
「ええ、次女のフローラよ。」
「だ、第二王女のフローラと申します、皆様方、宜しくお願いします。」
母に紹介されるとフローラは、巨人たちに注目され、緊張するもしっかりとした挨拶をする。
「ほほう、よくできた娘さんじゃないか。」
「俺としては少し固いがな」
「でもリリアナとは顔や性格は似つかないね~」
「やだわぁ、顔はそっくりじゃない」
礼儀正しい彼女の挨拶に四人がそれぞれ違った反応を見せる。
そして今度はフローラにそれぞれが自己紹介する。
「わしの名はトルク、お主は初めて見ると思うが
「俺はレオパルド、外の世界にあるエレメンタルランドという特殊な大陸にある火の国と呼ばれる国の
「僕はエルフのテオ、そしてこっちは妻のミトラだよ。」
「フフッよろしくね〜」
四人が簡単な挨拶を終えると、フローラは改めて頭を下げる。
共に自己紹介を終えたからか、先程までのフローラの強張った表情から硬さが少し取れていた。
リリアナは横から仲間と娘のやり取りを微笑みながら見守っていた。
自慢の仲間たちに愛すべき子供達を紹介する、それは彼女が二人を産んでからずっと夢見ていた事でもあったからだ。
……だがそれと同時にその人数に少し物足りなさを感じていた。
この場にもう一人の愛娘がいないと言うのもあるが、他にも足りない人たちがいた。
「これで……全員なのですね。」
「ああ、全員だ。」
寂しげな声にトルクが返事をする。
リリアナが、娘に紹介したかった仲間は全員で七人、そして特に紹介したかった人物もここには来ていない。
「三百年だもんな……そりゃ、全員一緒……とはいかないわな。」
トルクに続くようにレオパルドも呟くと、ずっと和やかな表情を見せていたテオとミトラも少し眉を吊り下げる。
残りの三人は断られたわけではない、彼らは寿命が百年も続かない人族であり、三人とももうすでにこの世にはいないのだ。
その場に少ししんみりした空気が流れる。
「あ、あの、お母さま。時に皆さまとは一体どう言う関係なんでしょうか?」
五人の間に流れる湿っぽい空気を嫌ったのか、フローラが間に入り込むように大きめの声でリリアナに尋ねた。
尋ねられたリリアナはその意図に気づくと、少し笑い、そして自慢げに語り始める。
「この四人はね、私がかつて外の世界を旅していたころにパーティーを組んでた仲間達よ。」
「え?お母さまが、旅を?」
「ええ、ちょっとした家出ってやつかしら?」
「お母様が、家出……」
今のリリアナからは想像もできない言葉にフローラが噛みしめるように復唱する。
「今思えば王女の私が家出なんて随分大それたことをしたと思うわ。でも、そのおかげで色々と貴重な経験できたわ。仲間と出会って共に過ごして、そして……魔王と戦って……」
「え、魔王?」
フローラが最後に出てきた言葉に食いつくと、リリアナも、それをあらかじめ予想し、流れるように説明する。
「ええ、この
「じゃ、じゃあ、残りの三人と言うのは……」
「物語の主人公のエドワード・エルロンとその仲間、セナス・カーミナルとあと、物語には記されていないオーマ族の仲間のマグナ・アルバーナ。私達はこの八人で決戦の地ヴァルバラで魔王ベルグを倒したの。」
リリアナの言葉にフローラが驚愕のあまりに呆然としている。
三英雄物語は幼い頃から何度も読んだ作品だが、その話にはそんな真実は一言も書かれていなかったからだ。
「ま、物語は普通種の人が書いた話だからな、当時は種族差別が激しかった頃に書かれたもんだから俺らの存在は抹消されているんだよな。」
「まあ、俺たちも出会った頃はお互いいがみ合ってたからな。それに、ついて物申す権利もあるまい。」
トルクとレオパルドが懐かしそうに語る。
「と言うことは、お母様も英雄の一人……」
「まあ、私はあまり活躍できませんでしたけどね。」
「そんなことないさ、君の補助魔法のサポートがあったからこそ僕たちはあの戦いに勝つことができたんじゃないか。」
「そうそう、リリアナの補助魔法で強化してもらったエドとトルクとレオの三人がいつも前線で競いながら暴れて、それをテオとマグナが後ろから魔法で援護して……」
「そして出すぎて傷だらけで戻ってくるワシら三人をよくミトラに回復してもらってたのお。」
「セナスの奴は、隙あらば何か調査ばっかしておったがな。だが、あ奴の知識には何度も助けられたわ。」
「本当にいいチームだったわ。」
「懐かしい話だな。」
「ああ、全くだ。」
思い出話で盛り上がる五人に少し置いてけぼりのフローラは無言で全員を見つめる。
そこに倦怠感のようなものはなさそうだが、話に入れないフローラを見てトルクが話を切り上げ本題について尋ねる。
「さて、ではそろそろ話を本題に戻そうかリリアナ。我々を呼んだのは思い出話をするためではないだろ?」
「ええ、実はあなた達に力を貸して欲しいのです。」
そう言うとリリアナは今の現状を四人に説明する。
「……なるほど。ガゼル王国の残党である獣人族の侵攻か……」
「竜人族であるワシとしては耳の痛い話だな。」
話を聞いたトルクが顔をしかめる。
「そもそも、どうして争っていたんだい?僕たちが旅をしていたころは、そこまで険悪ではなかったはずだよ。」
「そうだな。確かにワシらは昔から色んなしがらみにより仲は悪かったが、互いに牽制し合いながらも一定の距離を保っていた。しかし、今から十一年程前にその関係に亀裂が入る出来事が起きてのお。」
「亀裂?」
「ああ、タイタン大陸は元々気候の激しい大陸だったんじゃが、当時長期間にわたる日照りにより起きた干ばつの影響で、ワシ等竜人族の国は水不足と食糧難の危機に陥ってな。ワシ等と違って農業等のスキルを持つ獣人族たちは蓄えも多く持っていたようで問題ではなかったようじゃが、そこにワシらの王は目を付けたようでな……竜人族は弱肉強食の思考が強く、当時もガゼル王国に頼るのではなく奪う事を選択したのじゃ。」
「そんな……」
その言葉に一同全員が険しい表情を見せる。
「じゃが、そなたらと共に旅をしていたワシにはそんな考えは持てず、だからと言って同じ竜人族としてはその考えを否定することもできなかった、じゃからワシはそれを機に王国を一人離れ旅に出た、そして、戦争終結後に戻ると、後は知っての通りガゼル王国は滅亡していた。……種族が違えば考えも違う、そう思いワシは国の考えを反対することはしなかったが、今思えばそれは間違えだったのかもしれぬな」
「トルク……」
トルクは過去の選択を悔いているのか、虚ろな目をしながら七色の空を見上げる。
「……ま、終わった事は仕方がねえ、それよりトルク、お前さんから見てガゼル王国の力はどれほどだったんだ?」
「ワシも戦争に参加しておらんから詳しくはわからんが弱くはないのは確かだ、何せ戦争には勝ったが、こちらの損害も大きく、当時最強でありワシの一番弟子でもあった竜人王が向こうの王子に討ち取られておる。」
「おいおい、マジかよ……。」
「竜人王を討ち取るって……」
「まあ、少し自信過剰なところもあり、だからこそ自ら率いて戦場に立っていたんじゃろうが、それでも実力だけは確かじゃった、それを越えるとなると正直今の年老いたワシでは太刀打ちできんかもしれん。」
昔はどんな状況でも決して弱気な事は言わなかったトルクがそんな発言をすることにリリアナが少し驚きを見せる。それは歳をとり衰えたからか、もしくはそれほど相手が脅威からなのかリリアナにはわからなかった。
……ただ。
「ですが、相手がどれだけ脅威であろうと負けるとは思っていません、私は信じていますから、このメンバーが最高のパーティーであると言うことを!」
そんなトルクの発言にリリアナがキッパリといってのけると、自分の弱気な発言にトルクは自嘲気味に笑い出す。
「フフフ、ああ、勿論だとも!」
「負けないわよ、ねえ?」
「そうそう、負けない負けない。」
「久々に腕が鳴るぜ!」
リリアナの言葉を境に四人が立ち上がった。
――
……そんな五人をフローラは只々眺めていた。
五人のその中には、自分は決して入ることはできない、それを強く感じていたが不思議と嫌な気にはならなかった。
五人を見たフローラにあるのはただ二つ、頼もしいと言う思いと羨ましいと言う感情だけだった。
――以前、お母様がなぜそこまで姉様の仲間を信用しようとしていたのか疑問に思っていたけど、今ならわかる気がする、それはきっと、この方々がいたからなんだ。
これを機に、少し外の世界に興味を持ち始めたフローラだった。
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