第141話 決戦前の酒場
「……ここは?」
突然引かれた手に思わず身を任せてしまったネロは、気がつけば近くの酒場のカウンターの席に座らされていた。
まだ開店前なのか、店には客は誰もいず、いるのは自分を連れてきた店の主人らしき男だけだった。
「ここは俺の店だよ。」
そう言って男がカウンターの裏に置かれているボトルを一本開けるとグラスに注ぎネロの前に置く。
「ワイン?」
「んなわけあるか、ブドウジュースだよ。」
ワインが飲めるのかと少し期待していたネロはムッとしながらもグラスに手をつける。
――甘い。
「どうだ、美味いか?」
「喉が渇いてる時に飲んだらなんでも美味いよ。」
「根も葉もねえこと言いやがって。」
内心とは違う感想を口にしてネロは出されたジュースを飲み干す。
そして、一息つくと改めて尋ねる。
「で、あんたは?」
「俺はリオル。さっきおまえさんが守ってくれた酒を商人に頼んでいた者だよ。」
そう言ってリオルと名乗った男は、先ほどの酒瓶を片手に持ち見せびらかしてくる。
「何で俺をここに?」
「あの場にいたらお前さんが危ないと思ってな。」
「危ない?」
「ああ、お前さんが奴等を全滅させかけたことで向こうも衛兵長を呼びに行っていたからな。お前さんも腕は立つ様だが奴らの親玉である兵士長のグレゴリーは少し分が悪い。あのままいたら、お前さん、捕まって今頃闘技場で貴族共の見世物にされてたぞ。」
――いや、それで良かったんだが。
計画を阻まれる形になったが、善意からの行いという事あって文句も言うことができず、ネロは不本意ながらも仕方がないと渋々自分に言い聞かせる。
「ま、とにかく、そういう事だからしばらくはここで待機しているといい。」
――そう言われてもねぇ
恐らく、ピエトロ達は今頃準備をしているだろう、そう考えるとあんまりのんびりしていられない。
と言っても闘技場の場所は未だ分からないままだ。
――こいつに聞いてみるか?しかし教えてくれるか?
闘技場に連れていかれないように匿ってるのに、わざわざ闘技場の場所を教える馬鹿はいないだろう。
ネロは方法を模索しつつ、リオルを観察する。そしてふと酒瓶に目がいく。
「そういや、その酒って結局のところなんなんだ?」
「ん?ああ、この酒か?この酒は態々ヘクタスから取り入れた酒でな、値段もそうだが仕入れるのに時間がかかるんだ、だから守ってくれて感謝してるぜ。」
「誰かに頼まれた酒なのか?」
「いや、これは今日俺個人が飲むために仕入れた酒だ。」
そう言って、リオルはボトルを開けて同じようにグラスに注ぐ。
「なーんでー、守って損したぜ。」
「そんな事ないさ、俺はどうしても今日飲みたかったからな。」
「結局は私欲のためじゃねぇか。」
ネロが茶化すように言う、しかしリオルはその言葉に少し儚げな表情を見せる。
「……今日は親友の命日でな、毎年この日はこの酒を飲むって決めてるんだよ。」
その言葉にネロは言葉を詰まらせる、リオルはまるで乾杯するかのように天に向かってグラスを傾けると、そのまま酒を飲みほす。
「死んだのか?」
「ああ、殺された。誰にかは……わかるよな?」
リオルの言葉の言う通り、ネロはすぐに察した。
この街で殺されたとなれば理由は一つしかない。ブルーノがらみだろう。
「この酒場も元はその親友の店でな。元々俺達二人はヘクタスで冒険者をしてたんだ、こう見えてAランクパーティーだったんだぜ?
でもある日、そいつの親父さんが倒れたと言う知らせが入ってな、それを機にパーティーを解散して、俺はソロとして冒険者を続け、親友は故郷のベルトナに帰ったんだ。そして、ベルトナで親父さんのやっていた酒場を継いで数年後、親友がAランク冒険者だったと知るや否や、ありもしない罪を着せられ闘技場に連れていかれ、そしてそいつは
話し終えると空のグラスに酒を注ぎ、グラスを手に取る。
しかしそれを口に運ぶことはなく、リオルは水面を眺めるように揺らしながら酒を眺めていた。
「皮肉な話だよなあ?冒険者を続けてた俺よりも先に酒場を営んでたこいつが死ぬなんて。」
リオルが酒を一気に口に運ぶ、そして飲み干すと今度はネロの方に目を向けた。
「お前さん、武王だろ?」
「……知ってたのか?」
「いや、途中で気づいた。幾ら雑魚とはいえ、あれだけの数の兵士を相手に、立ち振る舞える子供なんて最近聞いたミディールの大会で話題になった武王くらいしか思い浮かばねえからな。」
あまり、言われなかったこともあって実感してこなかったが、やはり大会の事はかなり広まっているらしい。
「で、何しにきたんだ?」
「ピエトロに頼まれて、ブルーノをぶっ潰しに。」
「そうか、ピエトロ様が動いてくれていたのか。」
ネロの答えに、リオルは少し嬉しそうに笑う、しかしその後、真面目な顔つきで告げる。
「だが、せっかく連れてきてくれたピエトロ様には悪いがお前はこのまま街を出て行ったほうがいい。」
「理由は?」
「お前さんが行っても無駄死にするだけだ。」
その言葉にネロが不快に感じたのを察したか、リオルはすぐに補足を入れる。
「別にお前さんが弱いと行っているわけじゃない。あの強者ぞろいの大会で勝ち抜いたんだ、相当強いんだろう、しかし戦力に差がありすぎるんだ。ブルーノの戦力はレベル一〇〇を超えるキメラが数千体。
そして、その中でもレベル五〇〇を超えるブルーノ最高傑作と呼ぶモンスターが十体いる。
とてもじゃないが一人でどうにかなるようなもんじゃない。」
リオルがプライドを傷つけないようにネロの実力を認めたうえで説明したが、ネロはその話を聞いてますます眉を顰める。
「あのさあ?俺のことバカにすんのもいい加減にしろよ?」
「なに?」
「たかだがレベル数百の雑魚が千体いるからってどうなるんだ?」
「た、たがだかって、お前――」
舐めたような言い草に流石のリオルもきつい口調で反論しようとする。
しかし突如、二人の会話を遮るように複数の足音共に、勢いよく扉が開かれる。
そして店の中に複数の兵士達が入ってくると、その後から一人遅れ兵士長の証である白い羽を帽子につけた男がゆっくりと入ってくる。
その男を見た瞬間、リオルの顔は険しい表情に変わる。
「グレゴリー……」
リオルが男の名前をつぶやく。
「相変わらず汚い店だな、リオル・リーバス。」
兵士長である男も、リオルの名前を呟く。
「誰だ?」
「さっき話した、衛兵長のグレゴリーだ。お前さんはそのまま客のふりをしていろ。」
ネロにそう言うと、リオルはネロを庇うようにカウンターから出てきてグレゴリーの正面に立つ。
「なんのようだ?言っておくが衛兵を倒した獣人族については知らんぜ?」
「ん?ああ、その話ならもういい。……闘技場には代わりにお前に出てもらう事にしたからな。」
その言葉と共に他の兵士達がリオルの周りを囲む。
「ふん、本当はお前らにそんな権限ないくせに。」
「確かに、我らに闘技場の相手を決める権限はない、だがお前なら話は別だ。帝国ギルド所属Aランク冒険者リオル・リーバス。貴様にレゴール様から反逆罪の罪状が出ている!」
グレゴリーがリオルに罪状の書かれた紙を見せつける。
「たった二人のパーティーでAランクまで上がったとはなかなか優秀ではないか。これなら十分レゴール様も満足してくださるだろう。喜べ、貴様もレゴール様の新たな魔物革命の礎になれるのだ。」
「ちっ、ふざけやがって!」
カウンターを飛び越え下に隠していた二つの剣を手にすると、そのままグレゴリーに斬りかかる。
「ふん!」
グレゴリーが手を前に突き出す、すると指の形状が突如槍のような形に変化するとそのままリオルまで伸び、体を突き刺す。
「ぐわぁ!」
リオルの腹部と両肩両足にそれぞれ突き刺さるとリオルはそのまま壁に拘束される。
「どうだ、?私はレゴール様の実験に参加しこの力と地位を手に入れた。
私の実力はこの体によって今やレベル百相当に値する。素晴らしい力と思わないか?」
「へ、ただの化けもんじゃねぇか」
「化け物のなにが悪い?貴様もすぐ私と同じようになるのだ。……まあ、貴様の場合は意識が保てないかもしれんがな。」
そう言って、ニンマリ笑うとグレゴリーはリオルを突き刺したまま指を戻し引っ張ってくる。
……が、その直前。グレゴリーの指を横から出てきた手が掴む。
「ふーん、なるほどね。」
「なんだ貴様は?」
指を掴むネロをグレゴリーが、不愉快そうに見る。
「あ、こいつ、先程連絡にあった露店前で暴れていたガキです!」
「ああ、我が部隊の全滅させた……悪いが今は貴様に用はないぞ?それともわざわざ殺されたいのか?」
グレゴリーはうっすら笑みを浮かべながら尋ねる、しかし。ネロは無視してリオルの方を見る。
「なあ?あんた、俺じゃあ、こいつを倒せないって言ったよな?ならこいつを何秒で殺せたらブルーノを潰せると信じる。」
「は?」
痛みで思考が回らないリオルはその質問を理解するのにもたつく。
「ブワハッハッハ!こいつは面白いガキだ。多少実力はあるのだろうがこの私を倒すどころかブルーノを潰す?笑わせるなクソガキ!」
「うっせーな!ちょっと黙ってろ」
ネロがグレゴリーの指を握り潰す。
「ぐわぁぁぁぁ!きっ貴様……!」
「で?どうなんだ?」
痛みに苦痛の表情を浮かべるグレゴリーを無視して尋ねる。
「……逆に、何秒でこいつを倒せるつもりだよ?」
「二秒あれば」
二人の会話を聞いたグレゴリーは鬼の形相を浮かべると、潰れた指を再生して今度は指を剣のような形状に変える。
「ふざけおって、ならばわしが貴様を秒速で殺してや――」
……しかし、それとほぼ同時にグレゴリーの顔が吹き飛ぶ。
「あ、すまん。一秒かかんなかったわ。」
血まみれの手を拭くネロを前に、その場にいた全員がなにが起こったかわからないまま呆然としている。
そして、首がなくなり肉塊となった体が崩れ落ちるとその音に全員が一斉に我に帰る。
「ひ、ひぃ!化け物だぁ!」
兵士達はそのまま情けない悲鳴をあげながら酒場から逃げていった。
「……化け物はテメェらの上司だろう。」
ネロは逃げていく背中にポツリと零す。
リオルは未だに状況を理解できずに目をパチクリさせている。
「お前……一体……」
「だから、武王だよ。あんたも知ってるだろ?そして俺はブルーノを潰しに来た」
「だが……しかし……」
目の前で起こった出来事をリオルまだ信じられずにいる。
しかし少しずつ理解し始めるにつれ胸の中に眠っていた感情がマグマのように込み上がってくる。
「お前さんは……本当にブルーノを潰してくれるのか?」
「闘技場の場所を教えてくれたらな。」
「……本当に、本当にあのブルーノを潰せると言うのか?」
「潰せない理由が見当たらねえな。」
ネロがなんの躊躇いもなく断言すると、リオルの中の感情が一気に掻き乱れる。先ほどまであれほど守ろうと考えていた少年の姿が今では誰よりも頼もしく思える。
リオルの呼吸が興奮により荒くなる。心の隅で、諦めたくても諦めきれなかった長年の悲願が今、本当に叶ってしまうのではないのだろうかと、心の中ぐちゃぐちゃになる、そして、リオルはそのぐちゃぐちゃになったままの感情を少年にぶつけた。
「だったら……俺の親友の……いや、今まで苦しめられ、殺されてきた者達の仇をとってくれぇ!」
「……ああ。任された。」
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