第140話 ベルトナの兵士

「……あれが闘技場だから、あれに向かって進めばいいんだよな?」


闘技場への行き方を知らないことに気づいたネロは、とりあえず闘技場が見える方向へと進むことにした。

周りに尋ねればすぐにわかるのだろうが、自分がまだ子供という年齢だけに、ネロの頭の中で迷子という言葉が邪魔をして、意地を張り聞こうとしない。


――まあ、適当に進めば着くだろう


ネロは深く考えず街歩いていく。


――


一時間後



「何故だ……」


先ほどまで闘技場に向かって歩いていたはずが気がつけば闘技場はどんどん遠ざかっていた。


――この街の通りがおかしいのか?


迷った理由を探すように、ネロは今いる街並を見渡す。

どうやらここは商業地区のようで、通りの端に露店や酒場が並ぶいたって普通の街の商業地区だ、特に目立つような作りの通りでもない。


人混みができるほど賑わいがある訳でもないが、寂れているというほど人気がない訳でもない。

ギルドが存在しないためか、冒険者の姿がないため、街を行く人たちは殆どが必要最低限なものを買いに来ている者達だった。


そしてピエトロの言う通り、街のあちこちには衛兵も滞在し、治安もしっかりと……


――……衛兵多くね?


よく見てみるとこの商業地区のあちこちに衛兵らしきもの達がいる。


――なんだ?今日が特別な日なのか?


しかし、それはすぐに違うと気づく。


「待ってください!」


ネロが歩く前方から弱々しい男の声が聞こえた。


「へへ、こりゃ、いい酒じゃねぇか。」


声の方に目を向けると、前方の少し離れたところにある露店の店主が数人の兵士絡まれていた。


「それは、酒屋の主人のリオルに頼まれて、わざわざヘクタスか取り寄せた酒で。売り物では……」

「ああ、それなら安心しろ。別に買うつもりはない。街の治安を守る兵士の英気を養うために献上してもらうだけだからな。」


 そう言って兵士のリーダー格の男が露店の主人から強引に酒を奪い取る。


「そ、そんな……」

「なんだ?文句があるのか?それならお前は公務執行妨害で逮捕して闘技場に出てもらうことになるかもな。」

「そ、それは……」


 兵士の脅し文句を聞くと店主は黙り込む。

 まわりの者たちも気にはしつつも見て見ぬ振りを決め込んでいた。


――なるほど、ピエトロの言う通り、外見だけは普通の街だな。


 表だけ見ればしっかり兵士が付いて暴漢や盗人はいない、しかしその裏は兵士が盗賊まがいの行為を行っていた。


――いや、待てよ?


 ふとネロが思いつく。


――こいつら、ボコったら、公務執行妨害で闘技場に行けるんじゃねえか?


 今の話ではそんな感じだ。


「よし!」


 ネロは思い立つとすぐ様、兵士達に近づいて行く。


「ん?なんだガキ?見世物じゃねぇぞ。」

「べっつに〜、ただ、なーんでこの町の兵士さんは金払わないのかなって思って、周りの人達も何も言わないって事は、物を買うのには金を払う、そんな当たり前の事をここの人達はみんな知らないの?」


ネロがわざと子供っぽく無邪気な口調で、周りに聞こえるほどの大きな声で尋ねる、周りの通行人たちも

少し後ろめたそうに顔を背ける。


「ああ?これは、街を守る兵士への感謝としてこのおじさんがくれたんだよ、なあ?」

「そ、それは……」

「ああん?」

「ひっ⁉」


 反論しようとした男に兵士が睨みを効かせる。

 それを見てネロが今度はバカにするように鼻で笑った。


「街を守る兵士?ハッ、そんな奴どこにいるんだ?目の前にいるのは街の治安を乱す盗賊しかいねぇじゃねえか。」

「ば、坊主!」


 ネロの挑発を流石はまずいと感じたのか、周りにいた一人が止めに入って来る。

 しかし、もう手遅れであった。


「ほう、ガキが我らブルーノ公爵家の兵士を盗賊扱いとは、ガキだからって容赦しねぇぞ!」


 リーダー格の兵士が剣を抜くと周囲からはどよめきと悲鳴が聞こえ始める。

 そんな光景にネロは更に楽しそうに挑発を続ける。


「バーカ、商品の買い方も知らんガキ以下の奴らに凄まれても全然怖くねーよ。」

「貴様……」


剣を兵士達が次々と剣を抜き、ネロに対して構えをとる。


「待ってください!わかりました、そのお酒は差し上げますのでどうか剣を収め――

「うるせぇ!」

「ひぃ!」


 止めようとする店の主人を突き飛ばし、兵士の一人がネロに剣を向ける。


「大人だろうか子供だろうか関係ねぇ、俺たちブルーノの兵士に楯突いたらどうなるか、その身に教えてやるよ!」


 兵士が剣を振り上げ容赦なく切りかかってくると、ネロは軽くかわし、顎を軽く小突く。


「ぐふっ!」


サイレンサーを付けているかのような静かな風切り音でネロの拳が顎に当たると、兵士はそのままパタリと倒れた。


「な!」

「貴様……」

 

 その一撃を見て他の衛兵達は先程までの余裕を隠しネロを取り囲んで剣を構える。


――手加減にもずいぶん慣れたもんだ。


 四方八方から次々と襲いかかってくる兵士をネロは楽しそうに潰していく。


「クソ、な、なんだこいつ!?ただの子供じゃねぇ!おい、お前らも手を貸せ!」


 街には沢山の兵士がたむろっていた事もあって直ぐにゾロゾロと兵士が集まってくる。


「こいつは、体術使いだ!避けるだけで、防ぐことはできない!魔法を使えるやつは遠方から、残りの奴らは一斉に剣で襲いかかるぞ!極力背後を狙っていけ!」

「へえ、いい連携じゃねえか。一応名ばかりの兵じゃないみたいだな。」


 ネロは一切気にすることなく魔法を手で弾き、斬りかかる兵士を流れ作業のように潰す。


「く、なんなんだこのガキは!我々では手に負えん、クソ!一旦撤退だ!」


 兵士達はそう言うと、そのまま撤退して行った。


――しまった、捕まるつもりがついやり過ぎてしまった。でも、まあいいか、どうせすぐに第二陣が来るだろうさら来た時はすぐに降参して――


予定通り、そう考えていると突如手を掴まれ引っ張られる。


「坊主、こっちだ!」

「え?」


唐突な出来事にネロは訳もわからないまま手を引かれると近くの酒場の中へと消えていった。

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