第139話 最終目標地点
ピエトロがネロを引き連れダルタリアンを離れてから今日で四日目。
日の出と共に走らせた馬は現在ゲルマの領土の境界線を超え、ブルーノ領へと入った。
この様子ならばすぐにでもベルトナが見えてくるだろう。
ピエトロ達がベルトナへと向かっているこの四日間の間、ダルタリアンでは様々な動きがあった。
まず、一番大きな動きとしてあったのはゲルマと帝国の衝突だ。
ピエトロの作戦は無事成功し、エレナを巡っての帝国とが確執を起こした。
これにより、帝国はエレナ強奪のために兵を動かし、ゲルマも警戒して、警備を固め始めている。
これから数日間の間に両者との間で小競り合いが起こり、そこから大きな戦いに発展するであろう。
そして次にメリルの事だ。メリルが自分が魔物化していことに気づき、対策法を協力の条件として提示してきた。
これもピエトロの予定通りだ。
以前エレナから図鑑を見せてもらった際にメドゥーサの詳細が書かれていたことは把握していたので、エレナなら必ずどうにかメリルの行動を止めようと、血の湯浴みの詳細を調べ上げこの答えに行きつくと考えていた。
もし仮にこれに気付かなかったとしても、いずれメリルは魔物化し、自分が奴隷になると言う考えはしていなかった。
今考えると随分酷い考えだ。エレナが気づいてくれてよかったと心から思う。
そしてここまでは全て予定通りだ。
だがそれと同時にピエトロは一つ、拭えない違和感を感じていた、それは作戦があまりに順調すぎることだ。
別に順調な事に関しては疑問に思ってはいない、計画が一〇〇%予定通りに進むことなどピエトロならよくある話だ。
だが、今回の作戦は一二〇%上手くいっていた。
その一番の原因はスカイレスの不在だ。
ピエトロ自身今回の作戦で最も心配だったのがスカイレスであった。
本来ピエトロの予定では帝国は交渉が決裂次第、エレナ奪還にはスカイレスを動かすと考えていた。
そしてゲルマ側もスカイレスが来ると考え、全兵力を兵を町の外に集め迎撃すると想定していた。
しかし、その中で不安だったのがスカイレスが強すぎることだ。
実力はネロの試合を見た事で把握しており、その強さはネロの時と同様、計算以上で、下手すればスカイレス一人でゲルマ側を全滅させエレナを奪われるのではないかと思うほどだ。
そうなれば戦力を削る計画は失敗し、エレナも捕まる。
作戦は失敗となる。
そして、本来それは三日以内に起きると考え、それを踏まえてピエトロはメリルに指示を出し、スカイレスとゲルマ軍が争い始めた隙にメリルとエレナで捕らえられた者達を救出し、二人をそのままベルトナに向かわせて現地で合流する、ここまでがピエトロの予定であった。
しかし、帝国側からスカイレスは来なかった。
帝国が送り込んできたのはアルカナで作られたゴーレムと現状帝国の駒となっているSランクパーティーのナイツオブアーク。
戦力としてはかなり強力だがスカイレスほどではない。
それにより、戦力は均衡になり、いい具合に戦力の削り合いになるだろう。
もし計算外があるとすれば、帝国からの刺客は三日以内こず、期間を先延ばしにすることになった事くらいだ。
しかしピエトロには一つだけ、腑に落ちないことがあった、それは何故スカイレスが出てこなかったか。
理由を考えるとするなれば恐らく、別の要件ができたという事だろう、それも英雄の子孫であるエレナを捕えるよりも大事な事……
――ゼロの巫女か。
以前から帝国がずっと探し続けていたゼロの巫女と呼ばれる者の存在。
しかし、どうしてこのタイミングで見つけ出したのか。
――誰かが情報をリークした?まさかオーマ卿?いや、彼らは里を抜けたとはいえ、あくまでオーマ族だ、彼らがゼロの巫女の情報を伝えるとは考えにくい。
そもそも、帝国とゲルマの確執自体こちらが仕向けた事だ。だが、ネロに尋ねたところによれば、三人が城に訪れた時にはすでにスカイレスの姿はなかったという。
もしゲルマ側が情報をリークしたとするなら、こっちの思惑を知っていない限り行動に移すのは難しい。
ならばやはり、偶然か?
しかしそれならばゲルマ側はスカイレスが来ると判断し、もっと戦力を集めていたはずだ。
しかし、現在のダルタリアンは少し屋敷の警備が厳しくなった程度、とてもスカイレスを迎え撃つ態勢ではない。
となると、あらかじめスカイレスが来ない事を分かっていたことになる。
間者からの情報かもしれないが、それでも、スカイレスの不在のタイミングが些か都合が良すぎる。
ここだけがずっと引っかかっていた。
「お?そろそろ見えてきたんじゃねーか?」
ネロが窓の外を見ながら言う。
ピエトロも窓をのぞいてみるが走っているのは世界最速の馬、デイホース。
ピエトロでは目では高速で過ぎる光景を確認できない。
しかし、走った時間からして着いてもおかしくはない。
――……とりあえず、メリットはあってもデメリットはない。このまま作戦通りだな。
そう結論すると、ピエトロは到着までの少ない時間の間、ベルトナ内での計画を脳内でシミュレートし始めた。
――
馬車の窓から見える街 、といっても正確に言えば見えているのは巨大な壁だった。
何かから守るためか、もしくは中のものを逃さないためか、ベルトナはヘクタスと同様に、巨大な外壁が囲んでいた。
そしてそんな外壁からも突き抜ける巨大な屋敷が街の奥地にそびえ立つのが見える、それはまさに城のごとく。
――あれがピエトロの実家か。
馬車は徐々にベルトナの入り口となる街門付近まで近づく。
するとピエトロが馬車の馭者を呼び掛け、馬車を止める。
「ここからは徒歩で行きます。」
「あれ?このまま街には入らないのか?」
正面から入ると存在がバレちゃうからね。僕たちはあくまで侵入だよ。
ピエトロの指示に従い二人は馬車を降りる。
はい、これ、チップ。
こ、こんなにですか!?
ピエトロが差し出したのは金貨の入った袋丸ごとだった。
「ああ、そのかわり、もうダルタリアンには戻らない方がいい。」
「ええ、ええ、あんな所おさらば出来るならすぐにでもしますよ。」
馭者はお金をもらうと何度も頭を下げた後、遠くへと去っていった。
「……で、侵入ってどうするんだ?忍べそうなところなんてあったか?」
地図によれば、街の入り口は一箇所のみ。地下水道もあるみたいだが、そこは門前に続いてるので忍び込むのは難しい。
「大丈夫、ちゃんと手立ては整っているよ。」
そう言うとピエトロに連れられ外壁の西側へと迂回する。
しかしそちらにもあるのは分厚い壁だけで侵入できそうな場所はない。
ただ、そこにはネロの見知った顔の者が三人待機していた。
「あ、来たよ!おーい、こっちだよ!こっちー!」
ネロ達を見つけるやいなや、赤髪の女性が一人、こちらに大きく手を振っている。
――なるほど、こいつらか。
ネロ達はダイヤモンドダストの面子と合流した。
――
「やあ、ミディール以来だね。」
「ああ、もう元気になったみたいだな。」
「いやぁ、前回はホント、見苦しいところをお見せしました……」
リグレットは公の場で悲鳴をあげ、激しい動揺を見せた事を思い出し苦笑いを見せる。
「街で何か変わったことはあったかい?」
「特に何も、あ、でもロールが衛兵に捕まりそうになったから返り討ちにしたけど大丈夫だった?」
「問題ないよ、街中で威張り散らしてる奴らはブルーノの名前を使って好き放題してるだけだからね。父はその程度じゃ動かないよ。」
「なーんだ。なら逃げずに全滅させればよかった。」
「……もう全滅してたと思う。」
残念そうな顔をするロールに、リンスがポツリとツッコミを入れる。
「で?俺はこれからどうすればいい?」
馬車の中で話した通り、闘技場に入って大暴れして父さんの注意を引きつけて欲しい。そういうのは得意でしょ?
「得意じゃない、大得意だ。」
そう言ってネロが悪そうな笑みを浮かべる。
「で、街に入る方法だけど、リグレット、」
「了解!」
リグレットが壁に手を触れると、そのまま溶け込み、壁には瞬く間に人が通れるサイズの穴ができる。
「それじゃあ。2名様、ごあんな〜い。」
リグレットの先導の元、五人は穴の中へと消えていった。
――
「……これでよしっと」
全員が無事ベルトナに侵入すると潜り抜けた穴を何もなかったようにただの壁に戻す。
穴を潜り抜けた先は、人気のない路地裏へと続いていた。
「さて。じゃあここからは別行動だね。僕達はこのまま屋敷に侵入して、研究室へと潜り込む。ネロは闘技場に入ったら連絡して。君に合わせて僕らも動き出すから。」
「おう!了解、あまり無理するなよ。」
「フフ、君と違ってちゃんとわきまえてるよ。」
二人が顔を見合わせながら二人そろって小さく微笑み合う。
「……僕にとってはこの作戦こそが最終目標地点だった。そして君のおかげで等々ここまでこれた、どうか最後まで付き合ってほしい。」
「ああ」
ネロとピエトロは拳を作り互いの拳とぶつけ合う。
「じゃあ、行くよ、今日ここで二大貴族の野望及び、……ブルーノ公爵家を叩き潰す!」
「「「「おう」」」」」
四人がピエトロの号令に大きく返事をすると、それぞれの目的ため、人混みの中へと消えていく。
そして勢いよく走り出したネロは、しばらくしてふと立ち止まる。
「あれ?闘技場はどこから向かえばいいんだ?」
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