第134話 エレナの存在

エレナ達と別れてから数時間。

ネロは連行という形でピエトロの故郷でブルーノ公爵が治める街、ベルトナへと向かっていた。


ダルタリアンからベルトナまではアムタリア最速の馬、デイホースを走らせておよそ三日、その間の道のりにある速度の出せない山道や、モンスターとの遭遇、そして休憩を挟むことを踏まえると四日はかかる。

ネロとピエトロは到着までの間、ベルトナでのそれぞれの動きに関して確認し合っていた。


「これがベルトナの地図だよ。」


 ピエトロから街の中が簡易に描かれた地図を渡されるとネロはそのまま目を通す。


「街事態の大きさや構造は基本他の街と変わりはないよ、ダルタリアンみたいに治安も悪くはない。自分で言うのもなんだけど領主としては割と真っ当だと思うよ、ま、表向きだけだけどね……」


 ピエトロの補足を聞きつつ地図を見て行く。

するとネロは地図を見るにあたって嫌でも目につく地図の中心に描かれた巨大な建物に興味を示す。


「これは決闘場コロシアムか?」

「ああ、でもただの決闘場じゃないよ、なにせブルーノ家が治める街の決闘場だからね。そこでは毎日の様に決闘が行われているけど戦うのは罪人じゃない、父や兄が作った合成獣キメラと、その実力を測るために連れられてきた冒険者や他国の兵士といった罪なき戦士達さ。……そして大体は一方的な殺戮ショーになるんだけどね。」


ピエトロは添えるように最後の一言を呟くと表情を曇らせる。

自分の故郷という事もあって内部事情を把握しているピエトロは先程から街の説明をするたびに少し暗い表情を見せる。


「で、これからの予定なんだけど、まずベルトナに着いたら僕達は街には潜入という形で入ろうと思う。

ゲルマと接触した事は恐らく父さんにも知られていると思うし、街に戻ってきたとなると色々警戒されるからね。で、街に入ってからなんだけど、君にはそこに行ってもらいたいんだ。」

「決闘場にか、そこで何をすればいい?」

「ベルトナで君に任せたいのは殲滅と陽動だ、ブルーノ家の戦力はここ近年合成獣が主体となっていて、闘技場にはその戦力の殆どが集められている。君には闘技場でひと暴れして、闘技場内の合成獣の殲滅とその場にいるはずの父の注意を引きつけていてほしい。」

「お前ははどうするんだ?」

「君が騒ぎを起こしてる間に僕はダイヤモンドダストと一緒に研究室の破壊と白龍の卵を回収する。」

「白龍の卵?」


 その名前を聞いたネロは思わず聞き返す。

 それはネロ達がピエトロと知り合うきっかけとなった物だ。


「ああ、白龍の卵はバルオルグスの復活に必要なアイテムだ。今、ゲルマとブルーノの家にそれぞれ復活と制御に要する素材が揃っている。このまま放っておけば、いずれは復活させてしまうかもしれないからね。一番貴重で替えの効かない白龍の卵を回収しておきたい。」

「おい、なら急いだ方が良いんじゃねえのか?」


――いや、むしろ壊すべきじゃないのか?


素材が全て揃っていると言うことは、つまり、いつバルオルグスを復活させてもおかしくないと言うことだ。

 バルオルグスは伝説の中で大国を一夜にして滅ぼしたモンスター、いくら自分に自信があるネロでも倒すのは簡単とは言えない。

 そんなのが復活し、更にゲルマとブルーノという悪徳二大貴族が制御できるとなればこれほど危険な事はない。

ピエトロはその件について説明していく。


「大丈夫。確かにのんびりもしていられないけど、肝心のバルオルグス封印場所がまだ特定されていないから焦る必要はないさ。父さんは今、ゲルマの兵力を使って色々と情報を集めているみたいだけど、あの様子じゃまだまだ先になるよ。」

「ん?ピエトロは場所を知ってるのか?」


 今の口ぶりからそういう風に聞こえた。


「勿論、ちゃんと古代文書に書いてあったからね。でも父さんや、レクサス兄さんはそっち系の知識に関しては疎くて古代文字が読めないからね。その事に気付いていないんだよ。だからこそ、素材に関しては本当の事を伝えたんだけどね。」

「そうか、なら問題はないか……」


 他に気になるところがないとネロは一度、話に区切りをつけてふと窓から外の景色を見る。

 デイホースの走る馬車から見る景色は、瞬時に切り替わっていき、あまり面白みがなかった。

……ただ、いつもなら隣からこんな景色でもはしゃぐ声が聞こえていた。


「……そういえば、エレナの方は上手くやっているのか。」


ネロがふと思い出したようにポツリと呟いた。


「心配ないよ、先ほど協力者から連絡があって無事、エレナを保護したってさ。」

「そうか……」


ピエトロからの報告を聞いても、ネロは素っ気なく返事をする。


「……ふむ、やっぱりエレナが側にいないと落ち着かないかい?」


ピエトロが呟くよう尋ねると、それに対してネロはわかりやすいほど激しく動揺してみせた。


「な!?べ、別に、そんなんじゃねーよ、ただ、あいつが向こうでヘマとかしてねーかなと思っただけだ、それにベリアルの方はともかく、ゲルマの野郎がエレナに色目使うとは限らねえしな。」


ネロが早口で言い訳じみた答弁をすると、ピエトロが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「そっちの方は心配しなくていいよ、彼女は君が考えているより魅力的だからね。」

「そ、そうか?」

「そうだよ、特にこの数ヶ月間でずいぶん心も体も成長してきたし、家柄、人柄共々悪くない、趣味は少し好みがわかれるけど、それも魅力の一つだね。今でもそうだけど後数年もすればきっと周りの男が放っては置かないよ。」


ピエトロがネロに対しエレナの魅力について語る。

エレナの事を楽し気に語るピエトロを見て、ふとネロが問いかけた。


「……なあ、お前もしかしてエレナに気があるのか?」


その一言に今度はピエトロが言葉を止め、キョトンとした表情を見せる。

そして一瞬の硬直の後、またクスクスと笑い始めた。


「な、なんだよ?」

「フフ……いや、そう解釈されるとはちょっと予想外だったからついね。君にエレナの魅力知ってもらうために語ったんだけど、そうか、そう捉えるか……でも安心して、生憎僕自身にはその気は無いよ。」


 ピエトロはそのまま暫く小刻みに笑い続け、笑われるネロも少し顔を赤くしてムッとした表情を見せる。

そしてピエトロは笑い終えた後、少し真剣な口調で問いかけた。


「……でも、僕になくても、この先エレナに気を持つ男性はたくさん出てくると思うよ、ネロはそれでいいの?」

「……どう言う意味だ?」


ネロが眉を顰めて尋ねる。


「二人は婚約者と言っても両者の同意があってでしょ?エレナはそれなりに好意を見せているけど、ネロの方はその事について一切触れたことがない、きっとエレナは不安なんじゃないかな?そしてそんな中で、この先いろんな相手がエレナにアプローチを仕掛けてきたら、エレナも心変わりしてしまう可能性だってある、ネロはそれでもいいの?……」


 その問いにネロは黙り込む、そのままピエトロは更に追求してきた。


「……君はエレナが好きなのかい?」

――……


 やはりネロは答えを返さない、正確には返せないでいた。


 今までネロにとってエレナは妹のような存在であった、記憶を持ったままの二度目の転生をして気が付けばいつもそばにいた。

 不幸を乗り越えることだけを一番に考えてきたネロにとってエレナはそれ以上の存在になる事はなかった。

……はずだった。

しかし、この数か月、一緒に旅をしてきた中で成長していくエレナの姿と、精一杯のアプローチを受けてきたことでネロの中で少しずつ変化が訪れていた。

 ただ、ネロはその事に対し向き合わず、考えないようにしてきたが、こうして真正面から問いつめられると、ネロもエレナとの関係に対し真剣に考え込む。


「俺は……」


 ネロが自分の思いを口にしようとした。

 ……しかしその瞬間、一つの出来事が頭をよぎり言葉を止めた。


「……別に、いいだろ?」


 そう言うと、ネロはその話を拒むように、ピエトロから視線を逸らし馬車の窓を眺めた。


「……やれやれ、ま、でも少しは前進したかな?」


 ピエトロはそんなネロに対し呆れながらも、少し嬉しそうだった。


「そんなことより、お前はこの作戦が終わった後どうするんだよ?」

「露骨に話を変えてきたね、そうだなあ……まあ、どんな生活になろうが肉親が人を苦しめなければ幸せだと思うよ。」


 ピエトロはそう言っては笑って見せた。



――


「……」


 メリルに匿われてから二日が過ぎた。

エレナはメリルの部屋のソファーに座りながらボーっと、天井を眺めていた。

 先日、メリルの口から出た言葉が未だに頭から離れないでいる。


『私はこの作戦が終わり次第、ピエトロかれ自身をもらうの……最も美しい奴隷としてね』


 そう宣言されたエレナの心境は複雑だった。

エレナも今まで何度も奴隷を見たことがあり扱われ方も知っている。

 鞭で叩かれる者もいれば、死ぬまでこき使われる者もいる、ネロの両親の様に奴隷を使用人のような扱いをする人は稀である。そしてメリルはその類ではない。


だからと言ってどうこうできるわけでもない、あの話はピエトロ達本人の間だ行われた約束であり、自分が口を出す権利はない。

現にメリルはしっかりエレナを匿ってくれていて今も状況把握するためにゲルマのところに出向いている。

もしこれでピエトロを奴隷にするのはやめてほしいなんて言えばそれは単なるわがままになる。


血の湯浴みとピエトロの奴隷化、その二つがエレナはずっと気がかりであった。


 エレナは部屋を見渡す。

メリルの部屋の中のあらゆる物に宝石の細工がされてあった。それは装飾品から始まり、家具や壁等、更に普段あまり目にすることの少ない湯船や、天井にすらしっかりと施されている。

そして注目するところは部屋の物の配置だ。

この部屋の窓から太陽の光りが入ると、その光が部屋中の宝石に反射しキラキラと日が明るい時間でも部屋を輝かせた。


――美の女神……か。


こうして、部屋を見渡すだけでいかに彼女が美に対して貪欲なのかがわかる。

初めて出会った時は、恐怖と憤怒が沸き上がっていたが、時間が経つにつれ彼女のことを理解し始めるとそんな気持ちは薄らいでいった。


彼女は危険人物でもなければ恐怖の対象でもない、ただ美への追求心が異常なのだ。

自分が美しくなるために血で湯浴みをし、美しい奴隷を手に入れるために父親さえも裏切る。

その気持ちに善も悪も情も何もない。


――メリルは美のためだけに人を殺し親も殺す、でも、逆に言えばそれが無ければ人も奴隷も殺さない……だったら――


心の中で自問自答を繰り返していくと、一つの案が思い浮かぶ。


「そうよ……そうだわ!」


興奮のあまり、声を上げて立ち上がったエレナに隣で寝ていたエーテルが慌てて飛び起きる。


「ふぇ!なになに!?どうしたの?」

「私!分かったわ!」

「な、なにを?なにが?」


何もわからないエーテルは唯々混乱する。


「メリルを止める方法よ!」

「ど、どう言うこと?」

「それはね……これよ!」


そう言って自慢げに見せた物にエーテルは再び混乱する。

エレナが見せた物……それはエレナの宝物であるカーミナル家に伝わるモンスター図鑑であった。


「このことを話せばきっとメリルも考えを変えてくれるかも!」


訳の分からず、黙り込むエーテルを他所にエレナは自信満々に言うと、穴が空くほど見てきた図鑑に改めて目を通し始めた。

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