第135話 日常報告

――ヘクタス宮殿


「クソッあのジジイ!どこまでもつけあがりおってからにぃ!」


ベリアルの怒鳴り声が玉座の間に響き渡る。


「一貴族の分際でこの私と対等だと?高々数万の雑兵と資金しか持たないくせに!」


 まるで壊すつもりと言わんばかりに怒り任せに玉座の肘掛を何度も叩く。

このベリアルの怒りの原因はつい先日の出来事へと遡る。


 ゲルマがネロ達を捕まえたという情報を得たベリアルは、ネロの付き添いでいた英雄の子孫であるエレナ・カーミナルの身柄の引き渡しの要求を行った。

 勿論無償で渡してもらえるなどとは思っておらず、ベリアルはある程度足元を見られる覚悟で交渉を行った。

しかし……


「では、玉座をもらいましょうか?」


 ゲルマの言ったその一言で交渉は決裂に終わった。

 それどころかその言葉は、皇帝である自分への宣戦布告とも捉えられる言葉で、今まで持ちつ持たれつの関係で一定の距離を保っていた帝国とゲルマとの間に亀裂が生じることとなった。


「ここ数年の富国強兵により今や、我が軍は帝国にも劣りはしない兵力と財力を手に入れた。もはや、我々は対等の立場であることを知ってもらいたい。」


 上から目線でそう言い放ち、強気な姿勢をみせるゲルマに怒り狂ったベリアルは、即座に交渉を取りやめ、エレナを奪うという形に切り替えると、そのまま戦闘の準備を始めた。


――クソッ!思い出しただけでまた腹が立ってくる。

「おい!ナイツオブアーク達はまだついてないのか⁉」

「は、はい。最近の連絡ではもう少しかかるとの事です」

「チッ、とろい奴らめ!」


 苛立ちの募ったベリアルが八つ当たりで怒鳴りながら指示を出す。

 ここからダルタリアンまでは飛竜を使って行くのが最短であり、ベリアルは交渉決裂後、すぐにナイツオブアークの面々を飛龍隊と共にダルタリアンへと向かわせた。

しかし、それから三日が経とうとしているが未だ到着していないらしい。


話に出ていたゲルマの娘がエレナを殺すと宣言した期日は三日後、時間は刻々と迫っている。


「間者たちからの報告は?」

「はい、最近の連絡によればエレナ嬢はゲルマ公爵の一人娘、メリル嬢の部屋に監禁されているとの事、しかしメリル嬢の部屋には強力な魔法結界が張られており間者達は迂闊に近づけず、生死について確認はできていません。ただ、時折父、オープス・ゲルマとする会話では一応まだ健在とのこと、しかし、そろそろ血の湯浴みの準備を進めているとの事です。」


――血の湯浴みか、流石はゲルマの娘だ。

「わかった、もし、期日までにナイツオブアークが到着しなければ、最悪今いる間者で対処せよ。」

「はっ!」


指示を出し終えるとベリアルは普段、スカイレスが控えている場所に目を向ける。

その場所には今は誰もいない。


――やはり、あやつを呼び戻すべきか?……いや、それはならん、あいつにはようやく見つけたあの女を捕えるという大事な役目がある。ここはやはり今いる戦力で対処せねば――


頭の中で自問自答を繰り返し頭の中を整理すると、ベリアルは椅子にもたれかかり、不機嫌な表情で動く兵士達を眺めていた。


――


メリルは父オープスの自室へと続く屋敷の長い廊下を歩いていた。


エレナを匿ってから二日目、今はピエトロの指示により行っている父への日常の報告へ向かっている。

自分の部屋は、過保護な父の作らせた強力な結界により間者は入れなくなっている。


そのため、現在屋敷内に潜んでいると思われる帝国の間者にエレナの現状を報告をするために、父と会話をし、その話の中にエレナの現状を混じえて知らせるのである。


この行動は急に初めては不自然なため、エレナを匿う前から行なっており、メリル自身は面倒になりつつあるが、毎日たわいもない話をしにくるメリルに対し父のオープスは上機嫌になり、口が以前より軽くなっている。


もしここまで考えての指示としたら流石ピエトロと言ったところだろう。


メリルはオープスの部屋に着くといつもの様にノックをする。


「お父様、メリルです。入ってもよろしいでしょうか?」


中から許可の声が聞こえるとメリルはいつもの様にあざとく少し扉をあけて顔だけを覗かせる、すると部屋の中はいつもと少し違っていた。父の部屋の中には、父本人と護衛の兵士の他、五人の見知らぬ姿の者達がいた。


全員、白装束の様な服装で顔には骸の仮面を身につけており性別や年齢はわからない、その異様な姿はまるで異国での死者を彷彿させ不気味である。


「あ、お取込み中でしたか?」

「いえいえお構いなく、我々ももう帰るところなので」


恐る恐る尋ねるメリルに対し白装束のリーダーと思われる一人が、その姿には似合わない紳士な態度で答える。


「では、ゲルマ様。一度私達はこれで」

「うむ、では、また後日な」


 リーダーと思われる一人がメリルに会釈をすると、そのまま五人は足音も立てずにスッと部屋から出て行った。


「……あの、今の方たちは?」

「あやつらはオーマ卿といってな、これから起こる帝国との戦いのため呼んだギルドのパーティーだ。」


――オーマ卿……


 ギルドに関して疎いメリルには聞きなれぬ名前であり興味もわかない。それよりもその後の言葉の方が重要である。


「お父様、その国との戦いというのは?」

「ああ、奴らがメリルの気に入っっているエレナ?とか言う女子おなごを引き渡たせといってきてな、断ったら少々諍いが起ってしまったのだ。」

「そんな……私のせいで……」


――ピエトロの計画通りみたいね。


内心とは裏腹にメリルがわざとらしく悲壮な表情を浮かべる、


「言ってもらえれば、あの程度の者など我慢しましたのに」

「なあに、お前が我慢することはない。元々あ奴とはそろそろ対立しようと考えていたからな、お前は気にせず美しくなることだけを考えていればいいんだ。」


そう言いながらオープスがニヤッとした表情を浮かべながらメリルのその綺麗な髪に手を絡める。


「……そうですね、しかしそうなると念のため、血の湯浴みは『一週間ほど』延長した方がいいですね。」


メリルが潜んでいる間者に伝わりやすいように日にちの部分を誇張して言う。


「まあお前は好きにするといい。」


メリルはとりあえず伝えたい要件を話した後、簡単な雑談をして部屋を後にする。

自室への帰り道、メリルは父に触られた自分の髪を少し気にしていた。


「あの男、本当に醜いし汚いわ。」


肉親とはいえ美しくない人間に自分の髪を触れられ、少し不機嫌になりながら部屋に戻る。

しかしメリルは部屋の扉を開けたところでふと立ち止まる。


「あら?どうしたの?」


部屋の中には何かの決意をあらわにしたエレナが部屋の中央にあるソファーの前に立ってメリルを待っていた。


「メリルさん、私と少しお話をしませんか?」


エレナが真剣な表情で尋ねると、メリルはそんなエレナの姿を見て、今までの不機嫌さが一瞬にして吹き飛んでいた。

陽の光が反射し輝く部屋の中、その中心に立つエレナはとても美しかった。



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