第133話 美の女神
「あら、お帰りなさい。」
エレナ達が地下牢から再び部屋に戻ると、湯浴みからあがった半裸のメリルが黄金細工の施された杯を片手にソファーでくつろいでいた。
杯の中には黒に近いほど濃度の濃い、赤色の液体が注がれており、メリルはそれを一気に飲み干すとペロリと舌を舐めずり、小さな笑みを浮かべた。
「例の貴族には会えたの?」
「あ、はい。」
「へぇ……じゃああの警備の兵達を本当に一人でどうにかしたんだ、見かけによらずなかなかやるわねえ。」
メリルが先ほど飲んでいた杯にボトルに入っている赤い液体を再び注ぐとエレナに渡す。
「お疲れの一杯、いる?」
「……なんですか、これ?」
エレナの問いかけにメリルはニヤニヤと笑うだけで応えない。
少し躊躇いを見せるが、飲まないのは失礼だと考えると、エレナは差し出された杯に入った液体を思い切って口に含む。
――なにこれ、美味しくない。
口に広がる、臭みと苦味により、なかなか喉に通らない。
「ちなみにそれ、血よ。」
「⁉」
その言葉に思わず吹き出しそうになるも、何とか手で口を抑え留まると、エレナは苦渋の表情を見せながらも飲み込んだ。
「あら?吹き出さなかったのね。」
「な、なんの血ですか?」
――ま、まさか⁉
エレナの中に先程のゲルマとの会話が頭によぎる。
「フフ、それはね……シードイルの血よ。」
――シードイル……
シードイルは海に生息する魚に近いモンスターの一種で、その血に含まれる成分には美容効果があると言われており、貴族の女性の中ではよく飲まれている飲物だ。
ただ、希少なので値段が非常に高く、また簡単には手に入らない代物でもある。
名前を聞いて安堵したエレナの表情を見てメリルは悪戯を成功させた子供の様に楽しそうに笑っていた。
「そういえば、お風呂空いたけど入る?」
「……普通のお風呂なら。」
その言い方にメリルはまたクスクスと笑う。
「さっきの会話がずいぶん気になってるみたいね、安心して。血を使った湯浴みは月に一回程度だから。」
メリルが笑みを浮かべてそう言うが、聞いたエレナの顔からは一切の表情がなくなった。
「それは、人間の血……何ですよね?」
その問いにエレナはわずかな期待を寄せる。
先程の話はゲルマと話を合わせるための嘘だった、実は先程の様にモンスターの血だった。
そんな答えを期待したが、出会った時メリルから漂っていた血の匂いと手に持っていた死体を見ているのでそれが事実であることは知っている。
エレナが無表情を崩さず尋ねると、そんなエレナにメリルは少しつまらなそうする
「血の湯浴み自体が不服って顔ね。」
「どうしてそんなことをするんですか?」
「美しくなるためよ。」
「……美しくなるため?」
エレナが言葉を復唱すると、メリルは頷き、そして語り始めた。
「そう、私の夢は世界で最も美しい存在……美の女神になる事。私はこの世の人間の中で最も美しくなり、そして周りにあるもの全てが美しいものでなければならない、血で湯浴みをする事はその一環の一つよ。あの行為は私を美しくしてくれる。」
「そ、そんな理由で……」
話を聞いたエレナは茫然とした、血の湯浴みする行為は古来の貴族の女性が行なっていた行為の一つとされているものだ。
しかしそれは所詮伝承に過ぎなく、美しくなる信憑性もないので、自然と薄れていった。
「あら?なにがいけないの?湯浴みに使っている血は街のオークションの正当な取引で買った女性の奴隷を使った物。ダメだと言われる理由はないわよ、それとも奴隷の扱いにまで難癖付けるつもり?」
「そ、それは……」
メリルの言葉に反論できずエレナは言葉を詰まらせる。
「なら、この話はこれでいいかしら?私は少し外に出てくるわ。」
メリルが立ち上がり服を着始める。
そして着替え終わり、扉に向かったところでエレナが呼び止める。
「あ、待ってください!」
「……なによ?」
「その、さっき言っていた協力の条件って…………」
今のメリルの話から一つの不安がエレナの頭をよぎった、自分の予想が外れていることを願い答えを待つ。
「ああ、その話?私はこの作戦が終わり次第、
……エレナの不安は的中していた。
――ヘクタス宮殿
「なに?二人が捕まっただと?」
ネロ達の報告を受けた、ベリアルが思わず聞き返す。
「は!話によれば内通していたと思われるブルーノ家三男ピエトロ・ブルーノからの裏切りにより、兵士に囲まれそのまま連行されたれたとの話です。」
経緯の詳細を聞いてもベリアルは納得のいかない。
子供とはいえ、仮にもあの猛者の集まった、大会で武王となった少年だ。兵士に囲まれた程度で捕まるとは考えにくい。
――そう言う作戦なのか?
そう考えたがそれと同時にもう一つの
考えが浮かんだ。
――もしかして、奴はそこまでの実力がないのか?
そんな考えが頭をよぎった。
そう考えるとベリアルはその仮説について考察し始める。
今思えばそもそも不自然な点は多々あった。
ミディールの王がなぜ急に武王決定戦などを始めたのか、そしてその優勝に対し国の名誉職である将軍の任を付けたのか。
もしかしてあの大会は元々この少年を披露するために行われた大会では無かったのだろうか?
調べさせたところによると、あの少年はミディールで英雄と謳われていた将軍バッカスの息子という話だ。
先代将軍のバルゴは元々空白を埋めるためだけに継いでおり、それがもう十年近く続いている、その事で民たちが不安が募っていたという話も聞いたことがある。
そこでミディールの王であるカラクは、英雄の息子のネロに目を付けた。
ネロはそれなりの実力があり将来は有望、そんな英雄の子供が若くして将軍に付けば、国は大いに盛り上がるだろう。
しかし、そんな中一つ誤算が生じた、それは出場者。
各国から集まった者達はあまりに強くネロが勝つのは難しくなった。
そこで、出てきたのが偽カイル・モールズ。
あの者はきっとカラクに雇われたどこかの名の知れた冒険者で、ネロが優勝するのに邪魔となる相手を潰させるのが役目だろう。
――そうだ、きっとそうに違いない。
ベリアルの中での考察が次々と繋がっていく。
あとは、トーナメント表を操作してネロが勝てるように工作する。
対戦相手を調べればきっとわかる、恐らくネロの対戦相手のほとんどが、名もなき相手かミディール出身のはずだ。
そして今の仮説を踏まえて先程の話を考えると、恐らくネロは実力はあるが、強いというほどではない。 ミディールは元々内通していたピエトロの手引きと、カーミナルの血を引く少女エレナの魔法、テレポを利用し、攫われた貴族を救出する予定だったがピエトロの裏切りにより現在窮地に追いやられている……そんなところだろう。
――なるほど、だから討伐ではなく救出のみを優先したのだな。あの二人を討伐するほどの力はないから。
全てが繋がったベリアルは、口を抑え嘲笑を堪える。
「それで今二人は今どうなっている?」
「間者の報告によると、エルドラゴ将軍の方はピエトロ・ブルーノと共にベルトナへ連行され、
少女の方はゲルマの方で捕らわれているとの事です。」
「フッそうか、ならば間者にはそのまま帝国の使者としてゲルマに接触しエレナ・カーミナルの身柄の引き渡しの交渉をせよ。」
「ハッ!」
――ククク、どうやら神は私に味方しているようだな。
指示を仰いだ兵士が玉座の間から退出し、部屋に一人になると、ベリアルは我慢していた笑い声を開放し高らかと笑った。
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