第132話 危険人物
髪を引っ張られながらエレナは屋敷の中を歩く。
自慢の綺麗な金髪を強引に掴まれ連れて行かれる少女の姿に屋敷の使用人達から同情と嘲笑の声がひそひそと聞こえてくる。
行き先は分からないエレナは引っ張られすぎないようピタリとメリルの後について行く。
すると、彼女の足は一つの部屋の前で止まった。
部屋の扉には純金で出来たプレートにメリルの名が刻まれており、メリルはその扉を開け中に入ると、一度部屋全体を見渡し、誰もいないことを確認すると、扉を閉めた。
「……ここまでくれば大丈夫ね。」
メリルが、掴んでいたエレナの髪を放す。
エレナは乱れた髪を撫でるように、手櫛で整えていく。
「あ、あの、助けていただき有難うございます。」
「フフッ、礼はいらないわ、その代わり……」
メリルが顔が触れるほどの距離まで近づくとエレナ顎を持ち上げる。
「美しさと可愛らしさ備えたあなたの血を……頂戴……」
――ッ!
メリルが不気味な笑みを浮かべながら囁く。
エレナは恐怖に思わず息を詰まらせた。
「……なーんて、冗談よ。残念ながら貴方には手を出さないようにピエトロに言われてるからね。」
そう言ってメリルはクスクスと笑い、エレナを解放すると、そのまま部屋のある巨大なベットへと腰をかける。
「じゃ、じゃあ、やっぱり、貴方がピエトロの言っていた……協力者ですか?」
「ええそうよ、私はメリル、宜しくね。」
「エ、エレナ・カーミナルです、よろしくお願いします。」
未だに恐怖で体が硬直していながらも、メリルの簡単な挨拶にエレナは自然と反応しペコリと頭を下げる。
エレナのそんな姿にメリルはまたクスクスと小さく笑った。
「あ、あの、一つ聞いていいですか?」
「なにかしら?」
「どうして私達に協力して下さるんですか?」
その質問に対しメリルは首を傾げながら答えた。
「ん?何故って、そんなの決まってるじゃない利害が一致したからよ。私には前から欲しいものがあって、ピエトロに協力する条件でそれをもらう、それだけよ。」
「そ、それだけで実の父を裏切るんですか?」
険悪な関係のブルーノ親子とは違い、ゲルマ親子の仲は悪くない、むしろ溺愛されているようにも見えた。
しかしその質問に対しメリルは顔を顰める。
「それっておかしい事かしら?親でも他人でも人は人でしょ、裏切らない理由にはならないわ。」
そう言ってメリルが立ち上がるとその場で服を脱ぎ始める。
「はっきり言って、父様の事なんてどうでもいいわ、醜い顔つきだし、死のうが生きようが、まあ、あの私を女として見てくる視線はちょっと気持ち悪いから死んでくれた方が良いかもねー。」
服を一枚一枚脱ぎながら淡々と言うメリルをエレナは呆然と見ていた。
「さて、私はそろそろ湯浴みをするけど貴方はどうする?」
今度はメリルに尋ねられるとエレナは言葉を詰まらせる。
確かこの後はしばらく屋敷の中でメリルに匿われることになっているが、
今のやり取りで恐怖を感じているエレナは、出来れば離れたいと考えていた。
「ねぇ、今のうちに捕まってるって言う貴族の人に会って見たら?」
エーテルが耳元で囁く、エレナもその考えに同意するとそのままメリルに伝えた。
「あの、こちらに捕らわれているというエリック様にお会いしたいのですが……」
「エリック?ああ、最近捕まえたミディールの王族の奴ね、確かお父様が次の奴隷市場の目玉商品として売り出すからってこの部屋の近くにある地下牢に閉じ込めていたはずだわ。」
――てことは、やっぱり……
王族とわかっていながら捕らえたということは、最早ゲルマの中では帝国やミディールとの関係はどうでもよくなってきているということになる。それは帝国から独立しているで事を表し、それと同時に帝国に引けを取らないほどの力を持っていると言う事にもなる。
「場所は近くだけど、一緒に行きましょうか?」
「あ、い、いえ、大丈夫です。」
もう既に服を脱ぎ、美しい裸体を露わにしているメリルをみてエレナは断りを入れる。
「あら、ずいぶん警戒されてるわね、まあいいわ。じゃあ精々見つからないように気をつけてね。」
エレナの断りを間違った解釈で受けるたメリルは不気味な笑みを浮かべ、浴室へと入って行った。
――
「大丈夫、誰もいないわ」。
メリルの部屋から出た後、エレナはエーテルに先導されながら地下牢へと向かう。
「それにしてもあの女、相当危険だわ。」
「うん。」
エーテルの言葉にエレナも頷く。
エレナも旅の中で今まで色んな人達と出会ってきたが、あれほどの恐怖を感じた相手と対面して話したのは初めてであり、部屋を出た後もエレナは先程の恐怖で手が小さく震えていた。
「でもエレナはよくあれが協力者ってわかったわね。」
「だってあの人、私を連れていく時にわざわざ殺す事を日にちを告げていたじゃない?あれはきっと近くに潜んでいた帝国の間者に知らせるためだと思ったから。」
「あ、なるほど、日にちを指定すれば帝国側はその日までにエレナをどうにかしようと動き出すもんね。しかし、ピエトロはあんな女とどう言う条件で接触したんだろう?」
「それはわからない……メリルが欲しいものをあげるって話だけど……」
しかしメリルほどの人物なら大抵のものは手に入る気がする、そんなメリルが父親を裏切ってまで手に入れようとしている物にエレナは嫌な予感を感じていた。
――
地下へと続く階段を降り、二人が地下牢の入り口に入ると、そこには複数の兵士が警備していた。
透明化したエーテルが兵士に近づき魔法で次々と眠らせて行くと、エレナはそのまま奥へと進んでいく。
地下牢には様々な人達が捕らわれていた。
牢屋の外で自由にしているエレナを見て何人もの囚われた人達が助けを求めてくるが、エレナはその声の方にただ頭を下げ、通りすぎる。
そして、その地下牢で一つだけ他の牢屋から切り離された一際頑丈な作りで出来た牢屋を見つける。
エレナが恐る恐る中を覗くとそこには高貴な服を見にまとった薄汚れた青年が壁にもたれかかり俯いていた。
――きっとこの人だわ。
そう確信したエレナは、先程眠らせた兵士からくすねた鍵束を使い扉を開け青年に近づき呼びかける。
「あなたがエリック様ですか?」
名前を呼ばれた青年は、弱りながらも反応し顔を上げる。
「……ああ、そうだが君は?」
「初めまして、エレナ・カーミナルと申します。あなたを筆頭に捕まった方々を助けに来ました。」
エレナがそう言うと、エリックはそうか、と元気なく呟き牢屋の天井を見上げた
「……とうとう助けが来たのか。ならば僕より先に他の者達を助けてやってくれないか?」
「安心してください、みんな助けますよ。」
「……いや、僕の事はいい。」
「え?」
「僕は情けない……あれだけ周囲の反対を押し切ってここまで来たのに結局僕は皆に迷惑をかけただけだった、そんな僕が一体どの面下げて帰るというんだ」
悔しさに声を震わせながら、話すエリック。
エレナはそんなエリックの手をとった。
「……確かに結果的には捕まってしまいましたが、民を思ってとった行動は誇れるものであって決して情けない事ではありませんよ」
「し、しかし……」
「私もよく後先考えず飛び出してよく周りに迷惑をかけてしまいます、そして、いつも連れに怒られるんです。でもその連れはいつも文句を言いながら助けてくれるんです。ミディール王だってそうです、今回のあなたの危険を顧みない行動に呆れることはあっても責めることは決してありませんでした、ですから、もし迷惑をかけたと思うのならお叱りを受けるために一緒に帰りましょう。なんなら私も一緒に叱られてあげますから。」
そう言ってエレナがニッコリと微笑む、そんなエレナにエリックが思わず声を漏らす。
「……天使だ。」
「へ?」
「い、いや、なんでもない……そうだな、ここに来て少し弱気になっていたみたいだ。すまない、で、これからどうすればいい?」
「はい、今、私の仲間が色々と動いてくれています。私達は状況が動くまで待機ということになっていますのでもう少しご辛抱を。」
「わかった。」
「では、一度私は戻ります。」
エレナが握っていた手を放し立ち上がる、そして牢屋から出ようと背を向けたところでエリックが呼び止める。
「あ、待ってくれ!君の……いや、貴方の名前をもう一度教えてくれないか。」
「ガガ島に領主、カーミナル伯爵家令嬢のエレナ・カーミナルです。」
「エレナ嬢ですね、是非覚えておきます。」
エリックの言葉にエレナがニコリと微笑み、牢屋を後にした。
――
――あらあら、なかなか予想外の展開になってきたわね。
二人のやり取りを息を潜めて見ていたエーテルが、心の中で呟いた。
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