第131話 協力者

――数日前


「エレナを使い帝国を戦いに巻き込む。それがもう一つの作戦さ。」

「どういうことだ?」

「簡単な話さ、帝国とゲルマでエレナの奪い合いしてもらうんだよ。」

「わ、私を、奪い合い?」


 ピエトロの考えたもう一つの作戦に驚くエレナの声が裏返る。


「わ、私、そんな奪い合いされるような人間じゃないよ?」

「何言ってるの、最近のエレナは身も心も女らしくなってきてるんだから王の一人や二人くらい篭絡させるくらい朝飯前よ、流石ピエトロ、わかってるじゃない!あー、羨ましいなあー、こんなかわいい子を許嫁にできる人がいるなんて、あー羨ましいー。」


 エーテルがわざとらしくネロに聞こえるように騒ぐが、ネロは無視して話を進めた。


「で、実際のところどうなんだ?」

「まあ、ゲルマの方はそんな感じの理由だけど、ベリアルの方が興味があるのは主にエレナの血筋さ」

「私の血筋?」

「そ、君に流れる血はかの有名な英雄カーミナルの血、以前話したベリアルの行っている計画の話は覚えているかい?」


 そう言われると三人が過去にした帝国の話を振り返る、するとエレナがポツリと答えた。


「英雄育成計画……」


 その言葉にピエトロが頷いた。


「正解、エレナに英雄の血が流れていると知れば、ベリアルは必ずエレナを狙いに来るだろう。それを利用してゲルマと争ってもらうんだよ。」

「私の血筋……」


 ピエトロに言われるとエレナはそっと自分の胸に手を当てる。

 自分に流れる英雄の血、そんな片りんも見ることもなく、あるのは先祖から伝わるモンスター図鑑のみで今まで特に気にすることもなかったが、エレナはピエトロの作戦を聞いて改めて英雄の子孫であることを実感し始める。


「具体的にどうするんだ?」

「まずは、君たち二人にはベリアルに会って、エレナがカーミナルの血筋であることを明かし、ベリアルからの尾行を付けさせてほしい。出来れば信憑性の上げる嘘もつけるならついてね、そして次に二人を僕が捕まえゲルマの元へ連れて行く。その後、エレナとエーテルはゲルマに、ネロは僕と一緒にブルーノの屋敷のあるベルトナへ向かってもらう。」

「え?それってつまり、ネロと別れるって事?」

「そう言うことになるね。」


 その言葉にネロが少し顔をしかめる。


「そしてそうなれば、その事を知ったベリアルがゲルマにエレナの引き渡しの交渉をしてくるはずだ、だがゲルマはもう十分なほどの富と力を手に入れているからそれを拒むだろう、そうなれば帝国もそのまま引き下がらず衝突は免れない、これが今回の作戦だ。」


 ピエトロが作戦の詳細を伝え終えるとすぐにネロ、エーテルと続けざまに質問を投げつける。


「ちょっと待て、もしそれで万が一ゲルマが交渉に応じたらどうするんだ?」

「それに何よりエレナの安全性よ!帝国が動くまでにエレナが汚されちゃったらどうするの?ゲルマってのはヤバい奴なんでしょう?」

「もちろん、その可能性も十二分にある、そこで協力者の存在さ。」

「協力者?」

「ああ、さっきも言ったけど、ゲルマの屋敷には僕たちへ協力してくれる人がいる。その相手にエレナを匿ってもらうんだ。そして更に帝国が確実に動くようにエレナを殺すように仕向けてもらう。」

「そんな奴がいるのか?」


 その言葉にネロが疑問をもつ。

 話で聞く限りのゲルマは、自分の思い通りに行動する男で人の言うことを聞くような相手ではない。

だが、ピエトロの話ではその協力者はゲルマから捕まえたエレナを匿え、更に殺すように仕向けるほどの事ができる。


「いるよ、一人だけね。」


 ピエトロはそれだけ言うと、その相手については何も話すことはなかった。


「確かにこの作戦は一つでも計画が逸れれば、エレナに危険が及ぶかもしれない危ない作戦だ、しかし成功すれば捕まった人達の救出が早まるだけでなく。ゲルマとブルーノ、そして帝国にも打撃が与えられる。」


 ピエトロの話を聞いた全員が黙り込む。

 そして、暫く沈黙が続いた後、ネロが反対の声をあげた。


――


――この人が、ピエトロの言っていた協力者?


 エレナは薔薇と血の香りを漂わせる少女の登場に戸惑いを見せる。

タイミングからすれば自分を助けるようにあらわれた少女だが、とても味方である人間とは思えない、そして何より……


「あの、お取り込み中でしたか?お父様。」


 彼女はゲルマを父と呼んでいた。


「い、いや、別になんでもないぞ。ところで何かようかね、メリル?」

「あ、はい、実は……」


 メリルと呼ばれた少女が、用件を聞かれると、言いにくそうに少しもじもじする。

そして……


「実は、もう、血を切らしてしまいました。」


 顔を少し紅潮させ、恥ずかしそうにしながら引きずる死体を見せた。


「おお、そうか、では新しいのを手配しよう。」


まるで人の死体を消耗品のように話す二人の会話にエレナは只々恐怖する。


「ところでそちらの者は。」


エレナが不意に自分に矛先を向けられると、思わずビクッと体を反応させる。


「ん?ああ、いや、こやつは近々売る予定の新しい奴隷なのだ。」

「ふーん、奴隷ですか。」


 そう言ってメリルはエレナをじっと見つめる。

 エレナはその彼女から漂う匂いと、獲物を狙うような眼に不意に顔を逸らす。

メリルはそんなエレナのを見つめると、ニタッと微笑み――


「私、これがいいです。」


と言ってエレナを指さした。


「お父様、私にこれを下さい。」

「な、何⁉そ、それは……」

「綺麗な金髪の髪に、顔立ちも悪くない、これの血で湯浴みをすればまた綺麗になれますわ。」


メリルが無邪気な笑顔を見せる一方、ゲルマは困惑する。


「ねえ、本当にこの子なの?ピエトロの言ってた協力者って」


二人が話しに夢中になる中、透明化してるエーテルが小声で話しかけてくる。

今回の作戦はゲルマの討伐が目的である、もし彼女が協力者というのなら実の父の討伐に手を貸すこととなる。二人の中が悪いと思いきやそんな様子も見当たらない、エレナはまだ迷っていた。


「むむ、しかし。」

「駄目ですか?お父様……」


 メリルが上目遣いで祈るように懇願する。


「……わ、わかった、こやつは好きにするといい」


 ゲルマが名残惜しそうにエレナを見ながらそう言うと、メリルの顔には無邪気な笑顔がパッと咲いた。


「ありがとうございます、お父様!」


 メリルがゲルマに抱き着くとゲルマはでれでれな顔を見せる。


「では、これを部屋に連れて行きますね、三日後・・・辺りから使い始めると思いますので」


――⁉


「やっぱり、怪しい。ここは一度幻術で――」

「待ってエーテル、ここは素直に従いましょう。」

「え?でも――」

「大丈夫、この人が協力者よ。」


 エレナが小声でそう伝えると、会話をやめメリルの方に視線を戻す。

 メリルはエレナと目が合うと父親と同様、獲物を見つけたように舌をなめずり回すと、エレナの髪を乱暴につかみ、そのまま部屋へと引っ張っていった。

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