第108話 後悔

黒の騎士の放った剣技を受けたネロが倒れると、会場に大歓声が沸き起こる。

攻撃を受けたネロが中々起き上がらず、勝負あったかと思われたが、その後ネロがゆっくりと立ち上がると、再び歓声が起こった。


「あの技を受けて立ち上がるか、やはりあいつも十分化け物だな。」

 

 ポールが立ち上がったネロに驚きの声を上げた。


審判がネロの様子を確認し、続行可能と判断すると、試合が再開される。

再開されると、観客たちは先ほどのような戦いを期待していたが、そんな期待とは裏腹に、試合は黒の騎士の一方的な展開となっていった。


「そんな……あのネロが押されている?」


先ほどまでの激しい攻防とは打って変わり黒の騎士の目にも止まらぬ剣撃をネロがひたすら受け続けている。


「あの人……本当に強いです。」

「あぁ……確かにマルスの奴が徐々に力を発揮し始めているのも事実。だが……」

「それだけじゃない、ネロの様子がおかしい!」


戦いを見ているピエトロとポールがネロの異変にいち早く気付く。

先ほどまで避けていた攻撃を受けていることもそうだが、それ以前に防御すらしていないことに二人は何かしらの異変を感じていた。


「先ほどの剣技には麻痺効果があるんですか?」

「いや、そんな効果はないしマルスの奴がそんな武器やアイテムを使ってるなんて聞いたことがない。それに、あれは麻痺というよりも……」

「放心状態、心そこにあらずって感じですね。」

「ネロ……」


 まるで訓練用の人形のように黒に騎士からの攻撃を受け続けるネロを、エレナが心配そうに見つめていた。


――

 黒の騎士から繰り出される攻撃を、ネロは防ぐことも避けることもせず、ただひたすら受けていた。

黒の騎士の正体がかつて前世で出会ったマルス・ベルセインであり、そして自分がきっかけで変わり果てた姿になったことに気づくと、ネロは体の動かすことすら考えられないほど酷く動揺していた。


――俺が……壊したのか?こいつを?


 ネロもかつてのマルスのことを覚えていた。

 今から二十年近く前、まだカイルが騎士団学校に入る前に戦った当時最強の剣士とまで謳われていた男だ。

 英雄ベルセインの血を引き継いだその男はその名にふさわしい凛々しさがあり、自信に満ち溢れた表情をしていた。

 ……だからこそ今の変わり様に衝撃を受けている。


――……俺のせいで?俺が言った一言が?


 マルスは由緒正しき家系ではあったが平民であった。

 平民嫌いであったカイルは、自分の力に自信を持つマルスを見下し、罵倒し、そして実力でマルスのプライドをズタズタに引き裂いた。

 そして、それがこの男の心を完全に壊してしまったのだ。

 ネロもまさかここまで変り果てるとは思ってもみなかった、ただショックを受け、落ち込むか悔しがればいい、その程度に思っていたのだ。


――どうすればいいんだよ!このまま死ぬまで殴られればいいのか?それとも土下座して謝ればいいのか?いや、そんなことしたって意味はない。だって……俺はもうカイル・モールズじゃないんだから!


 そう、この男を壊したのはあくまで前世のカイルであって今のネロではない。

 ネロがどれだけ謝ったところで意味がなのだ。マルス・ベルセインにとってネロは今日初めて出会った、大会の対戦相手の一人でしかない。


――ならば言ってみるか?俺の前世はカイル・モールズでしたって……バカかよ、そんなことしたって何になるんだ。


 そんなこと言ったところで誰も信じないし、誰にも罰することはできない。姿や名前を偽るのとは訳が違うのだ。


――なら、俺は……どうすればいい?


黒の騎士の攻撃に再びネロが倒れ込む、そして黒の騎士はすかさず追い打ちをかけた。


「ネロー!」

「⁉︎」


 突如聞こえたエレナの声に我にかえると、ネロは顔に目がけて振り下ろされた剣を当たる寸前で手で受け止める。そしてそのまま返してすぐさま距離を取った。


「ハァ……ハァ……そうだ、今の俺はネロなんだ、カイルじゃない……」


 ネロが自分に言い聞かすようにそう呟くと、冷静さを取り戻す。そして一度目を瞑る。


――そうだ、今の俺にカイルの過ちを正すことなんてできない……ならば俺はネロおれにしかできないやり方をするまでだ!


 ひとつの決意を固めると、ネロは勝負を決めるため、今一度拳に気を集中し始めた。

 マルスはそれに気づくと先ほど同じように剣を地面に向ける、しかしネロの攻撃は先ほど違っていた。


「コメットパンチ!」


 ネロが先ほどと同じように、拳を地面に突っ込むと、激しい地響きと共にリングに地割れが起る。

 意表を突かれたマルスは、その揺れに体勢を崩すも、剣を地面に突き刺し杖代わりにしてなんとか態勢を保つ。

 しかし、ふと周りを見ると、ネロの姿は消えていた。


「しまった、一体どこに?」


 マルスが慌てて周りを見渡す。するとマルスの後ろに再び気を拳に集めていたネロの姿があった。

「土竜拳!」

「しまっ――」 


 マルスが慌てて地面から剣を抜こうとするがすでに遅く、ネロの放った気弾が地面に突き刺していた剣を空中へと吹き飛ばした。そしてその剣はネロの元へと落ちてくる。


「……勝負あったな」


 ネロが落ちてきた剣を手に取りマルスの首に突き付けると、マルスはかつてカイルと戦ったの時の様に地面に膝をついて項垂れた。

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