第109話 上書き

マルスは物心ついた時から剣を振っていた。

体に流れる英雄ベルセインの血は、自分に剣を振れと言わんばかりに剣をとらせ、幼いマルスの手にはいつも剣が握られていた


英雄の血を引く父と、女性ながら東の国で剣豪と呼ばれた母を持つマルスへの周囲の期待は大きかった。

 自分の剣の師である父の鍛錬は人一倍に厳しく、兄弟子達も幼いマルスを大人と同等の様に扱っていた。


そんな環境の中で育ったマルスだが、その周囲の期待に応えるように目覚ましい速度で成長し、十歳になる頃には周りに両親以外相手になる者はいなかった。


 やがてマルスは十五と言う若さでベルセインの最終奥義を習得し免許皆伝となると、さらなる高みを目指し旅に出た。


戦う相手は剣士に限らず魔術師や他種族の戦士、魔獣など、強いと言われた相手なら誰これ構わず戦いを挑んだ。


若さ故に時には苦戦し、時には死線を彷徨ったこともあった。だがマルスはそれを乗り越え成長した。

そしておよそ十年の旅の中で、マルスは奥義『天翔絶風』を編み出した。


人に教わったのではなく自らが編み出したベルセイン流の最終奥義を超える奥義。

その技こそマルスの努力と才能の結晶だった。


自分に流れる英雄の血、それにふさわしい才能と実力、そして今まで戦ってきた猛者たちへの勝利、その全てがマルスにとっての自信であり誇りだった。

 

 ……しかし、そんなマルスの誇りは粉々に打ち砕かれた、一人の少年の手によって。


 ――


 ルイン王国に滞在中だったマルスの元にある日、一人の男がやってきた。

 男はグランという名の老人で、ルイン王国の大貴族、モールズ公爵の執事をやっている者であった。

 グランはマルスに対し非常に礼儀正しい態度で対応するが、マルスの眼にはどこか自分を見下しているようにも見えた。


 グランがマルスのもとを訪れた理由、それはモールズ公爵の長男カイルへの剣術指南の依頼であった。 

 報酬は非常に魅力的であったが、モールズ公爵といえば悪名高くとても相手をする気にはなれない。

 マルスは丁重に断りを入れた。


「非常に魅力的な話ですが、私はまだ修行中の身、人に指南できるものではない。」


 気を悪くさせないようにマルスは丁重に断わりを入れる。しかしグランからは意外な言葉が返って来た。


「別に指南などしなくても構いませぬ。」


 その言葉にマルスは眉をひそめた。


「どういうことです?。」

「簡単な事です、あなたにはただカイル様と全力で戦ってくれるだけでいいのです。」


 その言葉にマルスは耳を疑った。


――この俺に全力で戦えだと?


 向こうはこちらの実力を知っているからこそ依頼をしてきたのだろう。

 そう考えると、相手の意図が分からない。マルスの心境を表情から読み取ったのか、グランがその話についての詳細を話し始める。


「実は言うと、剣術指南と言うのは只の口実で、旦那様の本当の目的は息子であるカイル様を潰すことです。」

「息子を潰すだと?」

「はい、我が主人のレイン様とその息子であるカイル様は非常に仲が悪い、しかしカイル様はお強く、してやられる一方なのです。ですからあなたほどの剣士にこうして依頼をしているのです。」


グランの説明で話は理解した、しかし……


「あんたはそれでいいのか?」


 仮にも自分が仕える家の子供だぞ?

 そう思いマルスが尋ねるとグランは少し黙り込む。そして


「ええ、構いませんよ。」


 と承諾した。 

 そう言われるとマルスは少し考える。


 確かにカイル・モールズの名前は旅をしてきて耳にしていた、。しかしそれは決していい噂ではない。指導した者が逆に稽古で徹底的にやられて、再起不能ににされたという話も聞く。

 ただ、その強さだけは本物だという事であった。


「……わかりました、受けましょう」


 マルスはその話を思い出しカイルの実力に興味が沸くと、その依頼を引き受けた。


「ありがとうございます」

「その代わり、どうなっても知りませんよ?」


 マルスが忠告するとグランは深く頭を下げた。

 そのニヤけた不気味な笑みを隠すように……


――

 そしてグランの依頼から数日後、マルスは依頼のため、モールズ侯爵邸訪れた。

貴族らしい巨大な庭の真ん中で待っていたのは非常に美しい顔立ちの少年だった。


――息子ってまだ子供かよ……


 こんな子供に対してあのような依頼を出すとは、と少し依頼に躊躇いがでる。

とりあえずマルスは声をかけた。


「君がカイル・モールズ君か?話は聞いているとは思うが私は君の剣術指南を任されたマルス・ベルセインというものだ、今日はよろしく頼む。」


マルスが簡単に挨拶をする、するとカイルはまるでゴミでも見るかのような軽蔑の眼を向けた。


「……煩い。」

「え?」

「家畜がベラベラと話しかけるな、お前は黙って言われたことだけをしろ。」

「な……」


 カイルの言葉に腹をたてるが、相手はまだ子供だからとマルスはぐっと堪えて対応した。


「剣を振るうにはまず礼儀から始まる。指導者に対してその口の利き方はどうかと思うぞ?」


マルスが諭すように言うがカイルはそんなマルスの言葉を鼻で笑った。


「ハッ家畜の分際で一丁前に剣を語るのか。お前も家畜の分際でその口の利き方はなってねえんじゃねえのか?」


――クッ……このガキは……これだから貴族は嫌いなんだ。


「お前が平民をどう思うのかは勝手だが、俺は一人の剣士として様々な相手と戦い勝利してきた。剣を語るほどの実力は十分あるはずだ。」


 マルスが誇らしげに言う、自分には剣を語れるほどの実力は十分あるはずだと自覚しているからだ。

しかし、カイルはそんなマルスの言葉を真っ向から否定した。


「これだからバカな家畜は困る、雑魚ばっかに勝ったところでそんなデカい顔を出来るんだからお笑いだな」


プチッ


――あいつらが、雑魚だと?


 今まで戦ってきた強敵たちを雑魚呼ばわりしたカイルのその一言に、マルスの中の何かが切れる音がするとマルスはゆっくりと剣を抜いた。


「……随分と舐められたもんだな。いくら依頼とはいえこんな子供を潰すというのは気が引けたが、どうやら一度痛い目を見たほうがいいようだな。」


 そう言ってマルスが剣を構えると、カイルはマルスの言葉にニヤリと笑った。


「なんだ?まだ自分が強いと思ってるのか?ならば来い、現実を教えてやる。」


 カイルが手招きをしてマルスを挑発する。

 マルスはその挑発に乗るように即座に飛び込み一閃を入れる。……しかしそれはいとも簡単に受け止められる。


「な⁉」


マルスは、そのまま剣を弾かれるとすぐさま距離を取る。


――……成る程、確かに強いな。ならばこちらも遠慮なく行かせてもらう。


 マルスはカイルを強者だと認めると、先程のやり取りを忘れ、一人の剣士として戦いを挑んだ。


 マルスが再び飛び込むと今度は続けざまにベルセイン流の剣技を打ちまくる。

……しかし、その攻撃がカイルに当たることは一度もなかった。


「バ、バカな……攻撃が、一つも当たらないだと⁉︎」

「なんだ?随分でかい口を叩くからどれほどのものかと思ったが大した事ないな。」


 カイルが呟き、失笑する。


――クソ!


 マルスが歯ぎしりをする。

 もしここで負けてしまえば自分の実力だけでなく、今まで戦ってきた相手の強さすら否定されることになる。それだけは許せなかった。


「……ならば俺の本気を見せてやる、天翔絶風!」


 マルスが精一杯の力を込めて奥義を放つ。


「へえ……」


 自分へと襲い掛かる爆風を前にカイルが関心の声をあげる。

そして見てニヤリと笑った後


フンっと気合を入れて縦に一振りすると、その爆風を真っ二つに切り裂いた。


「……で?これで終わりか?」

「バ、バカな」


 あまりの衝撃にマルスが膝を落とす。


「そ、そんな馬鹿な、俺の奥義が……十年かけて編み出した奥義が……たったひと振りで……」


マルスの青ざめながら呟いた言葉を聞くとカイルはクスクスと笑い始めた。


「これで十年か……フフっ」

「な、何が可笑しい⁉」


笑うカイルをマルスが睨み付ける。しかしその眼にはもう先ほどまでの力強さはなくまるで子犬のような弱弱しい眼をしていた。

そんなマルスを見てカイルはまたフフッと笑うと、剣を構える。


「まずは硬化からだな、こんな感じか?」


カイルが気を注ぎ地面を叩く。すると硬化した剣に叩かれた地面はまるでハンマーで叩いたように吹き飛ぶ。

「な⁉」

「次に気砲一閃」

「ちょ、ちょっと待て……」

「剣斬烈風」

――そ、それは……

「円帝、凱旋気格子」

――それらは俺が毎日鍛錬して身に付けた……

マルスの表情がどんどん青ざめる。

「龍気波動閃、突起陣」

――やめろ、やめてくれ……

そして……

「天翔絶風……」


マルスの目の前でとてつもない爆発が起こった。


――そ、そんな……俺が十年かけて編み出した技が……たった一瞬で……


 マルスはその光景に絶句する。


そして絶望しているマルスに追い打ちをかけるような一言がカイルから放たれた。


「ふむ、悪くない技だ、流石はベルセイン流と言ったところだが、まだいろいろと改良できそうだな。」


――っ⁉


最早マルスは言葉が出なかった、そして、用の終わったカイルはマルスを残して立っていく去っていく。


マルスをどん底へと落ち込む言葉を言い残して……


「は、はは……俺は……弱かったんだ……」


――


……あの日から十八年の時が過ぎた。

マルスは未だにあの言葉に憑りつかれていた。

 どれだけ勝利を重ねようが、どれだけ周りから褒められようが目を瞑るとあの少年の言葉が蘇り、自分の心を折りに来る。

 そしてそれは間違いじゃなかった。


今、見上げると自分の前には自分の剣を持った少年が立っていた。

この光景は丁度十八年前とあの時と同じ状況だ。


 だが今回は大丈夫、元々自分が弱い事はわかっていたから、何を言われても問題はない。

そんなことを思いながらマルスは目の前に立つ少年を弱弱しく見上げた。

すると、少年はしゃがみ込み、自分と同じ目線の高さに合わせて口を開いた。


「お前は、強い!」

「え?」

「聞き取れなかったのか?なら何度でも言ってやるお前は強い!」

――い、いきなり何を言って……


ネロからの唐突な言葉に思わず戸惑いを見せる、ネロは構わずに言葉を続けた。


「過去に何があっかは知らんがどうせ、ロクでもない奴にロクでもない事を言われたんだろ?そんな奴の言葉は気にすんな!」

「で、でも……」

「でもも糞もない、お前は強い、俺が保証する!」

「し、しかし……」

「あーもう、めんどくせえなぁ!だったらよく聞け……

たった十年・・・・・でこれほどの技を編み出したお前に才能がないわけがねぇだろぉぉぉぉぉぉ!」


――……


 大声で叫んだ少年の言葉にマルスはまるで時が止まったように固まった。

 何故この少年は年数の事を……いや、そんなことはどうでもいい。

 どうしてこの少年はあいつと真逆の言葉を言ったのだ……


――偶然だというのか?いや、偶然としか考えられない。そうだ、これは偶然なのだ。


 しかしその少年の言葉は、十八年間憑りついていたあの言葉を上書きするかのようにマルスの心に沁み込んでいった。


「あ……あぁ……」


気が付けば自分の眼からは涙が零れていた。


「もう一度言う、お前は強い……」


少年の優しく言ったその言葉に、マルスはゆっくりと頷いた。

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