第107話 ネロVS黒の騎士

――Aブロック予選決勝戦


このAブロックで行われる試合も残り一戦。この試合に勝つと、王都にある本闘技場で行われる本戦へと出場することができる。


 現在、場内は試合開始前にも関わらず、すでに大勢の観客で埋め尽くされていた。

 全ての試合を一撃で倒してきたネロと黒の騎士。そんな二人が戦う今日はこの二人の全力が見られるかもしれない、そんな期待を持った観客たちがまだかまだかと試合を待ち焦がれていた。


他の観客と同様、ピエトロ達も既に席に座っており試合が始まるのを待っていた。

そして今日はいつものメンバーの中に、昨日知り合った『赤の騎士』ポール・ルッチの姿があった。


「流石、決勝戦とはいえ、凄い盛り上がりだね!」

「ここまで、まともに力を見せずに勝ち上がってきた二人が戦うんだから観客も楽しみにしてるんだろうね。」


 周りの熱気に影響されてか少し興奮気味のエレナにピエトロが小さく笑う。


「ねえ、ところでポチ。黒の騎士ってどんな人なの?」


エレナの肩に座っていた エーテルがポールに尋ねると、ポールはその呼び方に眉をしかめる。


「だからその名で呼ぶなって……お前らだって噂ぐらい聞いてるだろ?根暗で卑屈で自分に自信が持てない……そう言う奴だよ。」


 確かにその噂は聞いていた、Sランクパーティーであるナイツオブアークは有名であり、そしてそのメンバーたちも自然と有名になっていた。

 その答えに今度はマーレが小さな声で尋ねる。


「でも……お強いんですよね?」

「強いさ、実力さえしっかり出し切れば大会優勝だって狙えるだろう。」

「そ、そんなにですか?」

「当たり前だ……俺は最強の剣士は、今でもあいつだと思ってるんだからよ。」


 その言葉にピエトロは意外そうな表情をする。

 アドラー帝国に直属で働いてるポールがスカイレスの実力を知らないわけがない。スカイレスのあの人知を超えた強さを知っていながら、黒の騎士を最強と言い張るのだから、ポールが黒の騎士への肩入れは相当なものなのだろう。


「あいつは……俺の憧れなんだ……」

「憧れ……ですか?」


 エレナが聞き返すと、ポールが頷く。


「あぁ……俺はあいつと同じ流派の出身であいつは俺の兄弟子に当たるんだ。今でこそあんなんだが昔は自分の腕と血筋に誇りを持ち、どんなに強くなろうが慢心せずに常に高見だけを目指していた。そんなあいつに俺は強く憧れたんだ。そして俺はあいつと肩を並べられることを夢見て、修行しここまで強くなれた。だが……俺があいつの背中が見えた頃にはあいつは変わっちまってた……」


ポールは初めは懐かしそうに語っていたが、最後の一言には悲しげな表情に変わっていた。


「何があったんですか?」

「さあな、修行の旅に出るといって、帰ってきたらあのザマだ。何があったのかはわからないが、まるで自信というものを粉々に砕かれたように卑屈になっていやがった。実力は衰えていないが、どれだけ戦いに勝とうが偶々とか運が良かったとか言って絶対自分の実力を信じない。

今じゃずっと誇らしげにしてきた自分の血筋にさえ自分がその名を名乗るのはおこがましいと言って名乗るのを拒みやがる。だから俺はこの英傑が集うこの大会で自信を付けさせたかった。世界各国の猛者を相手にすれば流石に自信がつくだろうと思ってな。」


 ポールから聞いた話に一同はしばらく茫然としていた。黒の騎士はナイツオブアークの中でも浮いた存在と聞かされ、仲間との話なども全く聞かなかったので、まさか黒の騎士とリーダーである赤の騎士ポールがそんな関係にあったとは思ってもみなかった。

 そして話を聞き終えると、エレナがふと思い出したように質問した。

 

「あ、……ところでその黒の騎士さんの血筋って言うのは?」

「ああ、実はあいつの祖先は昔に活躍した英雄の一人でな名前は……」


――

ネロは誰もいない控え室で試合が始まるのを一人静かに待っていた。

 昨日の一件をまだ引きずり、治まらない気持ちをなんとか落ち着かせようと何度も深呼吸する。 

 カイルの亡霊に関しては昨日の話で偽物という結論で話は付いた。それに今日この試合に勝って、本戦出場を決めれば恐らく勝ち進むであろう偽カイルと対峙することができる。

 そのためにもまず勝たないといけない。


 「よしっ!」


 ネロは頰を両手で叩き気持ちを切り替える、そして今日の対戦相手を思い出す。


相手は、ナイツオブアークのメンバーの一人通称黒の騎士。

 今までは暗い雰囲気や、卑屈な性格から影の騎士とも呼ばれ、ナイツオブアークのメンバーという以外関心を持たれていなかったが、ここにきてその実力は、カイルと同じく一気に知れ渡っていた。


――まぁ、どんな相手だろうと俺には関係ない、偽カイルと戦うためにも負けられねえしな。


外の歓声の声が大きくなるとネロはもうすぐ試合が始まる事に気づき立ち上がる。

そして扉の前に立つと、まるで見計らったようにゆっくり扉が開かれた。


『さあ、皆さんお待たせしました、これよりAブロック決勝戦を始めたいと思います!まず東側から出てくるのはここまで全て一撃で相手を倒し、今や名前を知らないものはいなくなった、ミディールが生んだ最強の少年。ネロ・ティングス・エルドラゴ!」


 名前が呼ばれた瞬間、闘技場を揺らすほどの歓声が響き渡る。ネロはもう聞きなれた歓声を背にゆっくりとリングの中央へと歩いていく。


『そして対する西側から出てくるのは、同じく全ての相手をその剣で一撃で葬り、その頭角を現した影の男、黒の騎士です』


名前を呼ばれると同じくらいの歓声が黒の騎士を迎える。黒の騎士はそんな歓声の中を猫背になりながら歩いていく。そして互いに顔合わせをすると、ネロが黒の騎士に話しかけた。


「あんた、相当強いらしいな。」


 とりあえずネロは褒めてみた、すると黒の騎士は噂通りの返答をしてきた。


「冗談はよしてくれ……俺は強くなんかない、今回だって偶々運が重なっただけだよ。」

「運だけでここまで来れるかよ、それに運も実力のうちって言うだろ?」


ネロが黒の騎士を持ち上げる、しかしネロの言葉に黒の騎士は嘲笑気味にクククと笑った。


「……君もそう言う口かい?どうせ俺を褒めて持ち上げてといてその気にさせて、その後俺をボコボコにして一気に落とすんだろ?どうせ今も心の中では俺を弱いとバカにしてるんじゃないのか?もう騙されないぞ」


――思ったより重症だなあ


 ネロの言葉に全く耳を貸さない黒の騎士の予想以上の卑屈さにネロが呆れ顔を見せる。


「……消えないんだ……」

「え?」

「……消えないんだよ、脳裏からあいつのあの見下した笑みが……どれだけ勝とうが目を瞑れば奴が嘲笑うんだ……その程度の実力で自分を強いと思っているのか?と、あいつが俺の中で嘲笑うんだ」

「……」


 その叫びと同時に試合開始の合図が鳴る。

 ネロは開始と同時にすぐさま距離を取った。


――なんかいろいろと抱えているみたいだな、あいつって言うのは誰だか知らんが、まあ、俺には関係ねえ、いつものようにサクッと終わらせちまうか。


ネロが気を込めて拳を地面に突き刺す。


「土竜拳!」


すると言葉と同時に気が地面に放出され、黒の騎士の下の地面が盛り上がる


――よし、今日は成功だ。


ネロが小さくガッツポーズをする。しかし……


「フン!」


地面から気弾が出てこようとした瞬間、黒の騎士はその地面に剣を突き刺す。


「え?」


すると、ネロの放った気弾が逆流し、ネロの元へと帰ってくる。


「はぁ⁉そんなのあ――ゲフッ」


 そしてネロの腹にヒットした。


「ぐぉぉ!いってぇ……」


 手は抜いてるとはいえ、自分の放った気弾は腹に大きな衝撃を与え、ネロは思わず腹を抱えて蹲る

そんなネロを他所に黒の騎士は追撃の動きを見せる。


「……硬化。」


 黒の騎士が気を注ぐと剣に薄いオーラが纏わりつく。


「あれは……」


 見覚えのある技にネロは驚きながらも襲ってくる黒の騎士の剣をかわして行く。振り下ろした剣はそのまま地面に当たると地面はまるでハンマーにで殴ったかのように粉々に吹き飛ぶ。そして黒の騎士はそんな一撃を音速の速さで繰り出してくる。

 ネロはそれを難なくかわして行く。


――間違いねぇ、これはベルセイン流だ!


ベルセイン流……五大剣術の一つで、剣術の中で取得するのは最難関の呼ばれている剣術であり、使えるものは世界でも限られてくる。


――流石に、英傑レベルの奴らは使えるか。


 ネロ自身も前世で使っていただけにその脅威は知っている。

もはや獣拳の練習どころではなくなったネロは、普段の戦闘に切り替え相手剣をかわすと同時に相手の腹に一撃を入れた。


ドォォォンという音と強い衝撃と共に黒の騎士が後方へ吹き飛ぶ。しかし黒の騎士はネロの一撃を剣で受け止めており、そのままうまく受け身を取りダメージは殆どなかった。


……


会場がシーンと静まり返る。

 戦いは観客の期待した通りの戦いだった。

 しかし、いざ目の前にするとその攻防はあまりに速く激しく、それは観客達が声の出し方を忘れるほどであった。


――やはりこいつ、強い。


 だが負けるほどではない。

 相手の実力を図り終えるとネロは次の一撃で決めようと深く集中する、そして自分のタイミングを見計らうと、地面を蹴って相手の懐へと飛び込む。


「これで決める!」


自分の元へ飛び込んできたネロに黒の騎士が剣を振り抜く、ネロはそれを高く跳ねてよけると。そのまま空中へ飛び上がり、そのまま黒の騎士に向かって急降下する、すると黒の騎士は剣を目の前に掲げると目を閉じた。


「な⁉︎あの構えは⁉︎」


ネロが黒の騎士のその構えに驚愕し目を細める。黒の騎士はそのまま小さくその技名を呟いた。


「……天翔絶風」


 黒の騎士が剣をネロに向かって振り抜く。するとその瞬間、空中に大きな爆発が起こった。

 大きな爆発音とともに、激しい爆風が闘技場を全体に吹き荒れ、その威力に観客たちがざわつく。そして爆発をモロに受けたネロはそのまま受け身を取らずに空中から落下した。


「ネロ⁉︎」


 ざわつく声の中からエレナの声が聞こえてくるが、ネロは起き上がらない。

今、ネロの思考は硬直し、起き上がろうとする考えが思い浮かばなかった。


 ネロは今の攻撃に激しく動揺していた。

天翔絶風はベルセイン流の最終奥義でありカイルが前世で最も愛用していた技である。

しかしこれはベルセイン流の正当後継者であるマルス・ベルセインが独自で編み出した技であり、それを使えるのはスキルで習得したカイルと、編み出した本人のみしか使えないはず。

 ならばこの技を使う男は何者か?その答えは一つしかなく、その事に気づいたしまったネロは、ただ呆然としていた


――こ、こいつ……まさか……


 ネロはかつて、前世でであったとある剣士とのやり取りを思い出す。


『こんな技に十年もかけるなんて、よっぽど剣の才能がなかったんだな』


その瞬間、その剣士と目の前にいる男の姿が重なった。

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