第106話 前世の悪評

「……」


――き、気不味い


試合を終えた控え室、ネロとバルゴの間に何とも言えない気まずい空気が流れる。


今大会で互いにライバル視をしていた二人だったが、終わってみれば何のドラマもなくネロが瞬殺して終えてしまった。

 自分の実力に自信を持っていたバルゴからしたら、まさかこんなことになると思っておらず、バルゴのプライドは大きく傷ついただろう。

 しかし、そんなバルゴに勝者であるネロがかける言葉がある訳もなく、こうしてただ、沈黙がひたすら続いていた。


――な、何か話題を……


ネロは何とかこの状況を打破しようと思考を巡らせる。

するとそんな考えが表情に出ていたのか、ネロの様子を見たバルゴが息を吐くと、何か吹っ切れたようにフッと儚げなく笑い、沈黙を破った。


「まさか、こうもあっさりやられるとはな。」

「え⁉︎あ、その……なんかすみません。」


 バルゴの一言に罪悪感を感じたネロがつい謝罪する。


「別にお前が謝るような事じゃない、逆にここまでやられると清々しいくらいだ。元々バラバモンにお前が勝った時点で俺に勝ち目はなかった。ただ、俺の実力がどこまでお前に通用するかを試してみたがったが、どうやらそれすら叶わないほどお前との差は大きかったらしい。」


 バルゴが笑いながらそう話すが、ネロにはその笑みが強がりにしか思えずだた無言で話を聞いていた。


「でもま、これで心置きなくお前に将軍の地位を託せるってもんだ。」

「将軍?……あっ」


 その一言でネロは、この大会の本当の目的を思い出す。

 この試合でネロがバルゴに勝ったことにより将軍譲位は決まった。しかしそれと同時にネロは将軍の仕事や、役割に関して、何も知らないことに気づき焦りだす。

 そしてそんなネロを見てバルゴがまた小さく笑う。


「安心しろ、まだ子供のお前にいきなり将軍の仕事を任せるつもりはない。少なくともお前が成人するまでは補佐をしてやる。だからお前は今まで通りの日常を過ごすと言い。」


 その言葉にネロはホッと胸をなでおろした。


「……ネロ」

「はい?」

「お前は、長生きしろよ。」


――


三回戦が終わると、ネロはピエトロとの待ち合わせであるグランデへと向かった。


 隠れた名店だったグランデも今やその名が町中に知れ渡り、毎日大賑わいなっている。

 そんな沢山の人であふれかえる店の中、ネロはピエトロ達の姿を探す。

 すると、店の奥にある他の客席から少し離れた席にエーテルを含めた四人の姿を見つけ、その席へと移動した。


「やあ、お疲れ様、ネロ。」

「あ、その……お疲れ様です。」

「お帰りネロ、三回戦突破おめでとう!」

「やっぱり楽勝だった?」


 いち早くネロに気づいたピエトロが労いの言葉をかけると、マーレ、エレナ、エーテルが続いて言葉をかける。


 昨日、エーテルの存在がマーレにバレた事で、一時はどうなるかと焦っていたエレナとエーテルだったが、幸いマーレはガゼル王国の軍とは無関係だったため、大ごとにはならなかった。

そして、バレてから一夜明けた今では、エーテルは姿を隠すことなく、二人はすっかり打ち解けていた。


「まあな、それより亡霊の件、何かわかったか?」


 ネロは空いた席に座ると早速本題を尋ねる。


「うん、とりあえずDブロックに行って聞き込みとカイル・モールズの試合を見て来たよ。……けど、残念ながら大きな情報は得られなかったね。カイル・モールズは顔を仮面で隠していて、剣術も一太刀で相手を再起不能にさせてしまってみることができなかった。周りの人にも聞き込みをしてみたけど、詳しい事を知っている人は誰も知っている人はいなかったよ。」

「そうか……」 


 ネロはピエトロからの報告を聞くと浮かない顔を見せる。


「でも、本当に強い人だったよ?今日の対戦相手の人も、他国では有名な人だったのに一撃だったし、なによりあの赤の騎士でも相手にならなかったんだからね」


――赤の騎士……確かダイヤモンドダストと同じくアドラーのSランクパーティーのリーダーだったっけ?


エレナの話に出てきた剣士の名前にネロが反応を見せる。


「なあ、ならその赤の騎士って奴なら亡霊についてわからないか?」


 赤の騎士は名の通った剣士の一人で、亡霊とも少しは剣を交えている。もしかしたら他の者達が気づかなかったことにも気づいてるかもしれない。

しかし、ネロの問いに対しピエトロは少し微妙な顔を見せる。


「うーん、確かに一度剣を交わしている彼なら他の人よりも詳しく知っているかもしれないけど……はっきり言って些細なことだと思うよ?」

「些細でもなんでも今は情報が欲しいんだ。よし、赤の騎士を探すか」



そう言ってネロが勢いよく立ち上がる。


「赤の騎士ならそこにいるよ。」

「え?」


すると突如女性の声が五人の話に割って入ってくる。

声の方を振り向くとそこにはリグレットを筆頭にダイヤモンドダストのメンバーが勢ぞろいしていた。


「やっほー、みんな元気?」

「リグレットさん!」

「よう、坊主。なかなか順調みたいじゃねぇか」

「そっちもな。で、なんであんたらがここにいるんだよ?」

「君達と一緒だよ、私達も赤の騎士に亡霊を話を聞きに来たんだ。」

「亡霊……少し気になる」

「やっぱ、普通は気になるよねぇ。」

「……俺は、まあ……少し気になったからな」


 興味津々のロール、リンスに対してブランは余り興味なさそうに言う。

 しかし、それは嘘だとネロは気づいていた。かつて、剣を交えた剣士の亡霊が現れたと言って興味がないわけがない。恐らく今ここで自分以外で一番興味を持っているのはこのブランであろう。


「で、どいつが赤の騎士なんだ?」

「あそこで酒飲んでるやつよ。おーい、ポチー。」


 リグレットが手を振りながら喧騒の中でも聞こえるように大声でそう呼ぶと、カウンター席で赤色の防具を身に付けた、剣士がすぐ様反応し立ち上がると、眉を釣り上げながらこっちに向かってきた。


「だーれが、ポチだぁ!その名前で呼ぶのはやめろ!リグレット!」


 リグレットの呼び方に怒りをあらわにするポチと呼ばれた男。しかしそんな男に対しリグレットは首をかしげた。


「なんでさ?可愛いくていいじゃん、あ、皆にも紹介するね。こちら、赤の騎士こと、ポール・ルッチ。呼び方はポチでいいよ」

「いや、赤の騎士って呼ばれてるんだから赤の騎士でいいだろ!」


 リグレットの紹介にポールがツッコミを入れる。


「まあ、呼び方は皆に任せるとして、で、こっちの子達なんだけどこちらは――」

「そいつなら知ってるよ、ネロ・ティングス・エルドラゴだろ?」

「え、俺のこと知ってるのか?」


初対面の男にフルネームで呼ばれ少し驚きを見せる。


「知ってるも何も今この街じゃカイル・モールズとお前の噂で持ちきりだぜ?それにうちの連れの次の対戦相手でもあるしな。」


――連れ……という事は次の対戦相手は黒の騎士か。


 亡霊のことばかりが頭に入ってなかったが、次は予選決勝。その事に気が回ってなかったことを少し反省する。


「で?俺に何か用か?」

「うん、ちょっとカイル・モールズについて聞きたくてね。」


 リグレットが代表して質問をする。しかしポールは頭を掻きながらバツの悪そうな顔をする。


「あの亡霊のことか?そんなもん俺もほとんど知らないぜ?情けない話だが俺も奴が剣術を使う前にやられてしまったからな、流石に俺でも数撃の剣で剣術を見極めるなんて出来ねえしな。」

「そっか……」


――これで振り出しか


 そう考えていたら今度はブランがポールに尋ねた。


「なら剣術以外の事ならどうだ?例えば身長や剣の構えとか。」

「身長や構え?」


 ブランの質問にネロは感心を見せる。

 確かにそれならカイルについて知っているものならそれだけで本物かどうかの見分けになる。

 ただ、それは今の自分では例えわかったところで、口にはできない事でもある。


 ブランの質問にポールは思い出そうと顎を触りながら深く考え込む。


「……あぁ、確か身長はそれなりに高かったかな?剣の構えは基本型スタンダードだった。」


――微妙なラインだな。


 情報を聞いたブランとネロがが難しい顔をする。

 今の聞いた情報だけでは結論を出すのは難しい。前世カイルの構えは話と同じく基本型スタンダードで一致するが、身長に関しては小さき暴君の異名通り、高くはない。ただ、それはあくまで十五歳の話。

 今はカイルが死んでから十四年、ネロが生まれたのはカイルが死んでから一年後のとなる。

  まだまだ成長期段階だったこともあり、もしあのまま生きていたら身長も伸びていた可能性も十分あり得る。


「そうか……まあ、恐らく偽物だろうな。」


話を聞いたのはブランはそう結論付けた。


「え?どうして?」

「まあ、元々偽物だろうとは思ってたんだ。あいつの性格から考えて顔を隠す理由がない、奴はかなり目立ちたがり屋だからな。それにあいつは相手を弄ぶのが趣味な奴だ、瞬殺することも考えられない。」


――えらい言われ様だな


だが否定もできない。


「あんた、中々詳しいんだな。」

「そういやブランはモールズと戦ったことがあるんだっけ?」

「ま、昔にな……」


 言葉少なくそう言うとブランは少ししんみりとした表情で口を閉ざした。

それを察してか誰もそのことに関して深く聞こうとはしなかった。


 一通り話が終わり、会話がとまる。すると人が集まり縮こまっていたマーレが小さく手を挙げた。


「あの、ところで気になっていたんですけど……そのカイル・モールズってどんな人なんですか?」

「あ、そういえば、私も知らないや」

「私も詳しくは知らないけど確か、凄く強い剣士で『小さき暴君』って呼ばれてたんでしたっけ?」


マーレに続いてエーテルやエレナも手を挙げる。


「そう言えばモールズが騒がれたのは君たちがまだ生まれる前だったんだっけ?ま、かくいう私もまだ幼かったから詳しくは知らないんだけどね。」

「そうか、年代的に奴の事を知っているのは俺とルッチぐらいか……」


 ここにいるほとんどがカイル・モールズについて知らないことに気づくと、ブランがモールズについてゆっくりと語り始める。


「カイル・モールズは今からおよそ十五年前、ルイン王国で騒がれていた貴族の子供の事さ、若干十五歳にして数百の剣技を身に付け、ルイン最強の剣士の称号を手に入れた天才剣士。だが、奴が有名だったのはそれだけではなかった。」

「十五歳で数百……」


 ブランから聞いたカイルの話に言葉に同じ剣士であるポールが少し反応する。


「カイル・モールズはとにかく平民嫌いでな。十二歳の時に入学した騎士団学校で、平民生徒を家畜と呼び抑圧し、地べたへとひれ伏せさせた。抵抗する者には容赦なくその剣を奮い力ずくで黙らせていった。……その中には決闘を挑んで亡くなった生徒もいたとかな」


――……


 その言葉に、ブランが少しつらそうな表情を見せる。

 その表情の意味を理解していたネロは不意にブランから眼を逸らす。


「そしてその振る舞いは、まるで学校に君臨した暴君のようで、まだ幼い姿とその振る舞いからついた異名は『小さき暴君』ルイン王国ではそのカイル討伐のために反乱軍結成されたりもしたんだ。……ま、そんな奴も十五の時に死んだんだけどな。」

「死んだって、誰かに殺されたんですか?」

「いや、事故さ、十五歳の誕生日、不幸なことにモールズに落雷が落ち、それによって倒れた時、刃の向いた剣が偶然地面に刺さっていてそれが心臓が突き刺さり死んだらしい。」


――……


 話を聞き終えたネロは自然と俯いていた、こうして自分の前世が人に語られるのは初めてで、改めて自分の過去を聞くとネロは複雑な気持ちでいた。


「そんな人がいたんだ、でも……死んだんならよかったじゃない」


 ――え⁉


 エーテルの反応にネロが思わず顔をあげる。


「だって、もしそいつが今も生きていたら、今頃ルイン王国の平民たちは苦しめられていたんでしょ?だったら死んだら喜ぶのは当然よね?」

「ま、そう言うことになるな。実際カイルが死んだときは平民から歓喜の声が上がったもんだ。」


――……


「カイル・モールズ……確かに話に通りなら、ゲルマやブルーノにも引けを散らない貴族のようだね。例え死んでなくてもいつか誰かに殺されてたと思うよ。」

「ま、一言で言うと、最低な人間だったんだろう。」


ガタッ


 皆の言葉を聞いたネロが大きく音を立てて立ち上がった。


「どうしたの?」

「……いや、ちょっと人の多さに酔ったらしい、風に当たってくる。」


そう言うとネロは外へと出て行った。


――


「大丈夫か?あいつ。」

「なんか、さっきの話から少し様子がおかしかったね。どうしたんだろう?」


 元気なく歩くネロの後ろ姿に一同が心配する。


「平民嫌いの貴族……」


 話を聞いたエレナがポツリと呟く。


「どうしたの?エレナ?」

「え?ううん、別に大したことじゃないんだけど、ただ……

なんか、昔のネロみたいだなぁと思って。」


――


「ハァ、ハァ……」


ネロは外に出ると、人気のない場所で胸を抑えながら蹲っていた。


――なんなんだ、この胸を締め付けられる感じは?


ネロが自分の胸ぐらを掴んでギュッと握りしめる。


 ネロがカイルの話を聞いたのはこれが初めてではない。

 今までにも同じような内容の話は何度も噂は耳にしていた、だがその時は何も感じなかった。

 平民や、他人にどう思われようが知ったこっちゃない。ネロはずっとそう考えていた。


 しかし、今は違った。三ヶ月の旅でネロの平民に対する考えは変わり、そして今、仲間から放たれたカイルへの言葉がネロの心を抉った。


――落ち着け、アレは俺に言った言葉じゃない、今の俺はカイルじゃないんだ。


 まるで言い聞かせるように何度も心の中で呟く。

すると、徐々に呼吸も整い始め落ち着きを取り戻す。


「……よし」


 鼓動の音が正常になるのを確認するとネロは皆の元へと戻る。


――今の俺はネロだ、もうカイルじゃないんだ。


ネロは心の中でずっと呟き続けた。



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