第105話 亡霊
「失敗したな。」
「失敗じゃない」
バオスの言葉をネロは即座に否定する。
ネロの試合が最終戦だったこともあり、試合が終わると、この日の日程は全て終了した。
そして試合後、ネロは行きつけとなった酒場「グランテ」で試合を見ていたバオス達と今日の反省会を開いていた。
「土竜拳とは名前の通り、土竜の一族の動きを参考にした技である。あんな地面全てを破壊する
バオスの言葉にムムムと唸りながら言葉を詰まらせる。
そんな二人のやり取りをエレナとピエトロとマーレ、そして姿を消したエーテルは料理を食べながら見物していた。
「これでは次の技はしばらくは教えられんな……」
「え⁉︎」
その言葉にネロが少し焦りを見せる。
ネロとしてはバオスがいる間に一つでも獣拳を覚えたいのにこのままでは全部覚えるどころか一つしか教えてもらえなくなる。
ネロはそれだけは避けたいと必死で言い訳を考える。
「……土竜拳ではない。」
「なに?」
「そう、あれは土竜拳の練習中に俺が編み出した全く別の技だ。」
「ほう?お前が生み出した技だと?」
「あぁ、俺はまだ土竜拳を使ってない」
「ほほう……」
「……」
無言で見つめるバオスの眼に、ネロの額にキラリと汗がが滲み出る。
勿論こんなことで押し通せるとは思っていない。だが、何か言わねば失敗という事になる。
バオスのその獅子の眼にネロも逸らさずに見つめかえす。
すると必死の思いが伝わったのか、ネロの指摘事項満載の言い訳をバオスは聞き入れた。
「なるほどな。つまり、そなたは今回の戦いでは全く別の技を使って、土竜拳は一切使ってないと言うことだな。」
「そ、そうだ。」
「ほう、面白い。して、アレは何という技なのだ?」
「え?」
「新しい技というのならもう名前もついているのであろう?」
バオスが少し意地悪そうな笑みを浮かべて尋ねるとネロの言葉が再び詰まる。
「も、もちろんだ。えっと、あれはだな……自分の拳を隕石に見立てた必殺技……コメットパンチだ!」
今考えたな
その場の全員の考えが一致した。
「そうか、まあいい。だが前にもいった通り、技というのは常に自分の意思で繰り出してこそ技と言えよう。ならば次の試合、そのなんとかパンチとやらで突破してみせよ。」
「じ、上等だ!見せてやるよ俺の新しい必殺技……コメントパンチをな!。」
「技名変わってるよ。」
――二回戦
「喰らえ!必殺、セメントパンチ!」
ネロが新たなる技名を呼び、前回と同じように気を込めた拳を地面に突き入れる。
すると突き入れた拳からネロの気が放出されると地面を伝って相手が立つリングの下まで進むと飛び出して相手の顎にヒットした。
「勝者、ネロ!」
ネロの勝利に観客から喝さいが沸き起こる。
「……バオスさん、あれは?」
「うむ、あれこそまさしく、あやつに教えた獣拳、土竜拳よ。」
――
「失敗したな」
「失敗じゃない。」
再び昨日のやり取りが始まる。
「……その往生際の悪さ、長所ととっていいか短所ととるか難しいところだな……」
バオスが顎をさすりながら険しい表情を見せる。するとバオスが腰に引っ掛けた布袋が薄っらと光りはじめる。
「バオスさん、道具袋光ってますよ?」
「なぬ?おお、これはボイスカードか。遠くのものと連絡を取りあえるなかなか便利な道具よのぉ。」
そう言うとバオスがボイスカードを起動させる。
「我が名はバオス!……なんだ、お前達が……」
――……こいついつも名を名乗る時叫ぶのか?
「ふむ……ふむ……わかった、では後で。」
バオスはボイスカードを切ると少し真面目な表情で立ち上がる。
「悪いが少々用事ができた。しばらく街を離れることになる。」
「どこ行くんだ?」
「我の昔の同胞たちが、近くに来ていてな、一度顔を合わせておきたいのだ。」
「わ、私もお供します。」
マーレも慌てて立ち上がろうとするが、バオスが手で遮る。
「よい、数日で戻ってくるからそなたは皆と残れ、ネロよ、もし我が返ってくるまでに土竜拳を習得できていたら今度こそ次の技を教えようではないか。」
そう言い残すと、バオスは席を立ち、外へと出て行った。
いつもとは違う真面目な表情をしていたバオスにマーレが少し心配そうな表情を見せる、少し重くなった空気を換えようとエレナが話題を作る。
「そ、そういえば、折角ネロが活躍してるのあまり話題になっていないね。」
「そういえば、そうだな。結構派手なデビュー飾ったんだけどな。」
ネロの二試合連続一撃KOは見に来ている者達の中でも話題にはなっているが、大騒ぎというほどでもなかった。
「まあ、今は皆Dブロックの話で持ちきりだからね。」
「Dブロック?」
「な、なにか、あったんですか?」
「ああ、なんでもDブロックで亡霊が現れたらしいんだ。」
「「ぼ、亡霊⁉」」
その言葉にエレナとマーレが口をそろえて驚きの声をあげる。
「そう、今Dブロックの出場選手の中に昔に死んだ剣士の名を騙る選手がいてね。今はその話でもちきりなんだ。」
――亡霊ねぇ
ネロは興味なさそうに料理を頬張る。
こういう身分証明のいらない大会で有名な人物の名を語るというのはよくある事で、怖いもの知らずの者が英雄の名前を騙る事も少なく無い。事実今大会でも開催前の出場者の中には結構名前が被った選手がいたらしい。
ただ、その中に本物がいたことを知ると、その名前の選手が一気に出場を取りやめていた。
ネロは飲み食いをしながら話に耳を傾ける。
「初めは皆信じてなかったみたいなんだけど、その剣士の戦いを見ていた人たちがその強さに本物じゃないかと騒ぎ出したらしい。」
「そ、その死んだ剣士って、なんていう名前なんですか?」
「あぁ、かつて僕達が生まれる前に世間を騒がせていた剣士……カイル・モールズさ」
ブゥゥゥゥー!
「ギャー!汚い―!」
その名前にネロが思わず頬張っていた料理を吹きだす。ネロの口から吹き出た料理はネロ正面に座るエレナの側で透明化していたエーテルにかかった。
「え、よ、妖精さん⁉」
「しまった⁉バレた」
「あ、マーレ落ち着いて、この娘は――」
獣人族という事でずっと姿を隠し続けていたマーレに姿を見られたエーテルとエレナが慌てだす。
ネロはそんな二人を無視して、ピエトロの方の話に食いついた。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ。それよりその話もっと詳しく聞かせてくれ。」
「え?あ、ごめん。僕も噂を聞いた程度で詳しくは知らないんだ。」
「そ、そうか……」
そう言うとネロが少し残念そうな表情を見せる。
カイル・モールズはネロの前世であり、今はこうしてネロとして生きているので死亡しているのは確実である。
ただ、その亡霊が何者かがはすごく気になった。
名前を騙っているだけならまだいいが、この世界には魔法という概念がある。
中には死んだ人間をを生き返らせる秘術があるかもしれない、もしそれで生き返っていたとしたら。その生き返った肉体には誰が宿っているのだという事になる。
――今のところそんな秘術や魔法、スキルと言ったものは聞いたことがない、ただ念には念を入れておかないと。
「もし、気になってるなら明日、僕の方で調べておくよ。」
「ああ、頼む。」
「それより君は次の試合に集中した方が良いよ」
「次の試合?」
ピエトロに言われるとネロは次の試合の対戦相手を思い出す。
明日行なわれる第三回戦の相手……そう、それはこの大会のきっかけとなったバルゴ将軍であった。
――
そして迎えた第三回戦……
「勝者、ネロ!」
バルゴよりも亡霊の話が気になっていたネロは、獣拳を使うことを忘れ、試合開始から僅か数秒、今までと同様にバルゴを一撃で倒していた。
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