第103話 ネロVSバルバラモン
「さあ皆さん、お待たせしました。これより、第一回ミディール武王決定戦と言う名の世界最強決定戦を開催したいと思いまぁす!」
今大会の総司会を任されたリグレットが、本闘技場のリングのど真ん中で試合の開会を高らかに宣言すると闘技場は観客の声で大きく揺れた。
ここでの試合は本戦まで行われないにも関わらず、場内は観客で埋め尽くされていた。
大会のために作られた四つの闘技場は簡易的に作られたこともあり、収容人数も少なく、また選手がブロック分けされているため全選手の試合が見れないので闘技場で各ブロックの試合結果の中継がされることになっている。
「さて、今大会はAブロックからDブロックまでの四つのブロックに分かれて予選を開始し、そのブロックで勝ち抜いてきた者だけがこの闘技場で行われる本戦へと進めます。そして各ブロックでの選手表はこちらになります!」
リグレットが指を鳴らすと巨大なトーナメント表が、地面の下から飛び出てくる。
皆がそれぞれ注目する選手の名前を探していく。
有名どころの選手は皆均等に分かれており、ネロの名前はAブロックにあった。
――
「ふう……」
街から少し離れた平原に作られたAブロックの闘技場の控え室でネロが大きく息を吐く。
鼓動の音がいつもより早く、そして大きく感じる。
今や世界中が注目しているこの大会、前世を合わせて四十五年の記憶を持ち合わせているネロもこれほど注目された経験は一度もなく、最強のスキルや能力を持っていても精神的なものに関しては意味をなさないので、場慣れてしていないネロは緊張していた。
ネロはもう一度大きく息を吐く、控え室にすら聞こえてくる外の観客の大歓声、この声だけでどれだけの人が見に来ているのかがわかる。
これほどの人前でもし恥を掻こうものなら自分の羞恥が世界に知れ渡ってしまうであろう。
実力からしたら負けることはない……と思いつつも、やはり不安が出てきてしまう。
対戦者はほとんどが世界に名を轟かせている者達、かつてのレギオスの様に状態異常の効果を持つ武器を使ってくる者もいるだろうし、ホワイトキャニオンで戦ったレミーの様にアイテムと知恵を駆使して戦う者もいるだろう。
そしてネロにはもう一つ不安要素があった。
ネロは今大会で優勝とは別に一つの課題が課せられていた。
それは獣拳の習得。
この二週間、ネロはバオスの元で獣拳の修業を毎日ぶっ続けで修行を行なっていた。
しかし獣拳の習得はネロが思っていたよりも難しく、全て習得してやると意気込んでいたネロだったが実質覚えた技は一つだけ、しかも成功する確率は五分五分。
技とは自分の意思で繰り出すことができてこそ習得よ、とバオスに言われたネロは今日この大会で成功させることによって初めて、習得とみなすと言われていた。
ただ、これはあくまでついでであってもし苦戦するようであれば別に使わなくても構わないと言われているのだが、そう言われると意地でも使おうとするのがネロの性格で、ネロは絶対に成功させると言い切ってしまった。
ちなみにネロが覚えた獣拳、土竜拳は失敗するとすごく恥ずかしい。
ネロは目を瞑りこの日、三度目となる深呼吸をした。
「どうした?緊張しているのか?」
不意にかけられた声にネロが目を開けると、目の前には同じブロックの選手であるバルゴが立っていた。
「バルゴ将軍……」
「全く、王には困ったもんだな。まさか身内の問題がここまで騒ぎになるとはなぁ……」
バルゴが頭を掻きながらあきれ顔を見せる。
元はと言えばネロとバルゴの戦いのために開かれた大会。
それが今では二人をそっちのけて世界大会となっているのだから呆れるのも当然であろう。
「幸い俺たちは同じブロックになれたけどこのメンツじゃあ、お前と当たる前にどちらかが負けちまうかもしれんな。」
「大丈夫ですよ、将軍もかなり強いですし三回戦までは勝ち抜けるでしょう。」
ネロが配られたトーナメント表を広げ指でバルゴと当たるまでの対戦表をなぞっていく。
もし順調に勝ち進めばネロとバルゴが当たるのは三回戦になる。
「まあ、俺の方はな、でも、お前の方は心配じゃないのか?」
そう言うとバルゴがAブロックのトーナメント表のネロの対戦相手の名前を指差す。
一回戦 最終試合
エルドラゴVSバラバモン。
「……誰ですか?」
対戦相手の名前を見てネロが首をかしげる
「知らないのか?この大会で注目されている選手の一人だ、山賊王と呼ばれている男で世界中あちこちで山賊活動を行ってきた男だ。」
名前を聞いてもピンとこなかったが、山賊王という言葉にネロが以前広場で出くわした山賊たちの事を思い出す。
――あぁ、あのアホどもの親玉か。
「……捕まえますか?」
「いや、残念ながらわが国では指名手配していなのでな、他の国の者達も国際法により手が出せないらしい。」
そう言うとバルゴは不服そうな顔を見せる。
世界的な手配犯が堂々と祖国の大会に出るんだから将軍としては不満も出るだろう。
「まあ、もし仮にお前が山賊王を倒し、俺とお前、どちらかが勝ち上がってもこのブロックで勝ち抜くのは難しいかもしれん。」
「え?」
「このブロックにはあの男がいる。」
そう言ってバルゴが控室の隅っこに座りこむ顔が隠れてしまうほどの長髪の根暗そうな男を指さす。
「……あいつは?」
「アドラー帝国Sランク冒険者、ナイツオブアークのメンバーの一人、黒の騎士と呼ばれる男だ。あのパーティーは全員色分けの騎士で呼ばれており、黒の騎士はその中でも最も功績が低く存在感の薄い、別名影の騎士とも呼ばれている男だ。」
「影の騎士……ですか」
――通称黒の騎士で異名が影の騎士、なんでそんな微妙な異名を付けるんだ?
などと思いながらその言葉にネロは男に注目する。
男の目の下には大きなクマができており、座り込みながら何やらブツブツと呟いている。その姿に周りも男に近づこうとしない。
「ああ、性格もかなり卑屈なところがあり実力もメンバーの中で一番弱いと言われていたが、どうやらそれは思い違いだったらしい。」
「え?」
「先ほどの戦いで奴の実力は一気に知れ渡った、はっきり言おう。奴の実力は間違いなくこのブロック最強だろう。」
「あいつが……」
見るからに貧弱そうだで その異名通り周囲に暗い雰囲気をまき散らしている。
ただ見た目では判断できないのは自分でもよくわかっている。
恐らく黒の騎士と呼ばれる男もその類なのだろう。
「まあ、そう言うことだ。とりあえずお前はバラバモンの奴を倒してこい、」
「はい。」
そう強く返事をするとネロは話をしたことで少しリラックスをしたのか、気がついたらもいつもの落ち着きを取り戻していた。
――
試合が順調に消化していき今日最後の試合となるネロとバラバモンの試合が始まる。
ネロは西側の入場口の前に来ると扉が開かれるまで待機する。
「さて、次はAブロック最終戦に参りたいと思います!最終戦の対戦はこの二人です!」
Aブロックの実況担当の女性がそう呼びかけるとまず東側の扉が開き、中から鎖のついた巨大な鉄球を持った巨漢の男が立っていた。
「東側、入場してくるのはこの男!かつて世界を股にかけて山賊行為を行い、その名を世界に轟かせた男!山賊王バラバモン!」
その名前に観客からは今日一番の大歓声が沸き上がる。
やはり武術大会に来ているようなもの達ばかりなので悪名とはいえその名の通った男に大きな声援が送られる。
バルバモンは歓声の中、その巨大な鉄球を引きずりゆっくりリングへと足を進める。
――なんか気分悪いな。
扉越しから聞こえる相手側への歓声にネロは少し顔を顰める。
ネロ自身は未だ無名の無名、悪名とはいえ世界に名を轟かす有名な相手と、自国の出身とはいえ無名の自分なら間違いなく前者を応援するだろう。
――まあ、仕方ないか。
そして次に目の前の扉がゆっくり開かれるとネロは頬を両手で叩き、覚悟を決め扉の先への一歩を踏み出した。
「そして西側、山賊王に挑むのは今大会最年少、かつてミディールの英雄と言われた将軍バッカス・ティングス・エルドラゴの忘れ形見。年齢はわずか十三歳という若さで世界の猛者に挑みます!ネロ・ティングス・エルドラゴ伯爵です!」
ワァァァァァァァァァァ!
ネロの方が紹介されると先程の歓声とは比べものにならないくらいの大歓声が場内に沸きあがった。
一体何故?全く理解できずネロは戸惑いながらリングへ向かう。すると場内ちらほらと聞こえてくる周りの声にネロは耳を傾けた。
「あれが、バッカス将軍のご子息……」
「まさか、バッカス将軍に子供がいたとは……」
「しかもまだお若いのにこのような大会に出られるとはさぞかしお強いのでしょう……」
――そうか、皆親父の事を……
ネロの父、バッカスはガガ島の領主でありながら国の将軍としても名をはせていた。ネロはまったく興味をっていなかったが、この周りの声援で父がどれほど慕われていたかがわかる。
――……
ネロはこの日、初めて自分の父親に興味を持ち始めた。
――だったら、期待に応えるためにもこいつを獣拳で倒してカッコよく決めないとな。
ネロは気合を入れてリングへと上がっていく。
「ふん、随分人気のようだな」
互いに顔を合わせると恒例となる試合前の前哨戦となる挑発合戦をバルバラモンを仕掛けてくる
「英雄の息子か知らねえが俺は子供だからって容赦しねえ、お前が泣いても俺は止まんねえからな、棄権するなら今のうちだぜ?」
バルバラモンがニヤニヤと笑いながら挑発してくるが、ネロはひたすら獣拳を決めることだけに集中し、それを無視する。
――まず大事なのは拳に気を集めることだったな
ネロは拳に力を込めながら頭の中で習ったことをおさらいしていく。
「どうした?もしかしてビビッて声も出ねえのか?だったら今のうちに棄権した方が身のためだぜ?これから行われるのは一方的な虐殺だからな?俺が何故この大会に参加したと思う?それはこの大会では人を殺しても罪に問われないから――」
「……ああもう、さっきから何一人でぶつぶつ言ってんだ?うっせえぞ、デブ。」
「な⁉」
ネロの一言に会場は一瞬凍り付く、しかし、その直後会場は再び笑い声と歓声に包まれた。
「山賊王に対して言うじゃねーか、あいつ。さすが将軍の息子だぜ」
「こりゃ、前哨戦は将軍の息子の勝ちだな」
周りから聞こえてくる笑い声にバルバラモンが顔を真っ赤にして怒りだす。
「……そうかよ、そんなに死にたいかぁ⁉︎」
開始の銅鑼がなると共に、皆の前で罵倒されたバルバラモンが手に持つ自分より大きい鉄球を上に振り増し始める。
振り回した鉄球は徐々に勢いをつけ回転していくとそのまま大きな竜巻を起こした。
竜巻に場内がどよめく中、ネロはそんなことに気にせず拳に気を集めることだけに集中する。
起こった竜巻はやがて上空までにまで伸びあがると、バルバラモンはその勢いのまま鉄球をネロへと振り下ろしした。
ドォォォンと激しい轟音と共にリング一帯を砂塵が舞いネロの姿を隠す。
砂塵により見えなくなったネロに観客たちは騒めく。
確かな手応えを感じていたバルバラモンはニヤリと笑みを浮かべながら砂塵が収まるのを待った。
そして砂塵が薄れ、あたりが見えるようになった瞬間、バルバラモンは目を細くし絶句する。
鉄球を投げつけた場所は衝撃で地面が割れていたが、鉄球が直撃したと思われるネロは、薄汚れている程度で大した傷はついていなかった
「ば、バカな……」
驚きのあまり言葉をなくすバルバラモンを他所にネロは気を集めた拳を上に振りあげた。
「いくぞ、
ネロは技名と共に拳を地面へと突き刺した。
……しかし、何も起こらないまま数秒の時が流れる。
――し、失敗した?
ネロの顔がみるみる紅潮していく、しかし……
ゴォォォォォン!
その直後、先程よりも激しい轟音と共に会場全体が大きく揺れると、ネロを中心に周りの大地は吹き飛び、リングにはまるで隕石が落下したような巨大な穴が空いていた。
……硬直する観客とバルバラモン。
そしてそんな中一人、後頭部を掻きながら首をかしげるネロ。
バルバラモンが腰を抜かしながら手を挙げて棄権を申し出ると、実況の女性が慌てて勝者の名前を告げた。
「しょ、勝者、ネロ」
その瞬間、会場は歓声で再び大きく揺れた。
――
歓声が響く中、ネロの試合を見に来ていたピエトロとエレナとバオスは未だに茫然としていた。
「えっと……あれが獣拳ですか?」
エレナが恐る恐る尋ねるとバオスはフッと笑ってみせる。そして……
「あれは完全な失敗だ!」
と大きな声で否定した。
「そしてこれを見て確信したことがある、あやつ……とんでもなく武術の才能がない!」
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