第101話 獣拳

 唐突に現れた大柄な獣人族の男の出現に、ネロは呆然と立ち尽くしている。

 無駄にでかい声でバオスと名乗った獣人族は、高らか笑い声をあげると男たちに向かって挑発じみた手招きをする。


「さあ、来い人間よ。我が直々に遊んでくれようぞ」

「クソ、亜人がふざけやがって」

「山賊王一味を舐めんじゃねぇぞ!」


挑発に見事乗っかった男達は完全にネロの存在を忘れバオスに向かって斬りかかる。


「獣拳、甲の型!」


 バオスが腰を低く落として胸を張る。するとバオスへと振り下ろした男たちの剣がまるで岩でも斬りつけたかのようにガキンと音を立ててへし折れる。


「な⁉バカな!」

「フハハハハ、我が肉体の前に安っぽい刃は無いも同然よ。」


 そう言って高らかに笑ってみせると、今度はバオスが獲物を見つけた獅子のごとく、相手を睨み付ける。


「さて、次はこちらから参ろうか」

「ひぃ!」

「ク、クソ、覚えておけよ!俺達山賊王バラバモン様の部下に手を出してただで済むと思うなよ!」


 バオスを相手に怖じ気づいた男たちは、最後までお決まりのセリフを吐くと、そのままあと一目散に逃げ出した。


「フム、なんとも手ごたえのない者どもよのう……」

「バオス様!」


少し不服そうな表情を浮かべるバオスの元へ獣人族の少女が駆け寄る。今の一部始終を見ていた街の者からは、温かい拍手が送られた。


――ま、今回は譲ってやるかな。


 その場の主役をこの獣人族に取られて少し残念がるネロだが周りと一緒に小さな拍手を送る。


「おう、マーレ。無事だったか。」


バオスがマーレと呼んだ少女の頭を撫でるとマーレも安心しきった顔でニコリと笑った。


「あの、助けていただきどうもありがとうござ……」


お礼を言おうとエレナもバオスの元へ歩み寄るがエレナを見るや、バオスが再び構えを取る。


「ほう……そう言えばまだそなた達が残っていたな」

「へ?」

「よし、では第二ラウンドと行こうか!若き人攫いよ、このバオスが成敗してくれようぞ!」

「えぇ⁉」

「……」


 この場の空気をぶち壊すまさかの展開に、ネロを含めた周りのギャラリーが全員固まっている。


「あ、あの……バオス様……この方達は……」


 誤解を解こうとマーレが弁明しようとするが、ネロが手を出し遮る。

 そしてゆっくりとバオスの正面に近づくと……


「フン!」


 と言う掛け声とともにネロの身長から蹴るのに丁度いい具合の高さにあるバオスの股間に強烈な一撃をお見舞いした。



――


「此度はぁ!ほっっっっんとうに、申し訳なかったぁぁぁ!」

「い、いや、もういいよ」


 人目につく広場のど真ん中で地面に頭を擦り付けバオスが全力で謝罪する。

 流石のネロも周りの視線もあり、その謝罪を受け入れた。


「先ほど、そこの人の子が我が従者を自分のメイドと名乗っておったのを聞いてな、てっきり奪い合いをしているのかと思うてしまった。」


――こいつ、空気読めなさそうだな。


 あの状況をそう解釈したバオスにネロが心の中でポツリと呟く。


「では人の子達よ、改めて名を名乗るとしよう。我が名はバオス!見ての通り我は獅子の血が流れる獣人族で、武を極めるために旅をしているものだ。そしてこやつは猫の獣人族で我の従者をしているマールだ。以後よろしく頼む。」


 バオスが自身達の自己紹介をすると、マーレも恥ずかしそうにしながら小さく頭を下げる。ネロ達もそれぞれ名前を名乗る。


「ところでバオスさんもやっぱり大会に出るためにここへ?」

「いや、出たいのは山の如しなんだが残念ながら我はこの国の同盟国出身ではないので資格がない。今回は見学となる。」

「もしかして、バオスさんの出身国って……」

「うむ、我は旧ガゼル王国出身の者だ。」


――ガゼル王国……


その国の名にネロ達がアイコンタクトを取ると、エーテルの事を口に出さないようにと無言で頷きあう、透明化しているエーテルも見つからないようにとさらに気配を殺して身を顰める。


「ところで、色違いの人の子よ」

「ネロだよ、そんなレアキャラみたいな呼び方すんな」

「うむ、そうだったな、ではネロ。そなた、相当の手練れの様だな。先ほどの一撃、男の絶対的急所とはいえ、あれほど苦痛だったのは初めてだったぞ。」

「……そりゃどーも」


――嫌な判断基準だな。


「時にそなた、武の流派とかはあるのか?」

「いや、ねえな、武術を使うほどの相手にあったこともねぇしな」

「やはりか。ならばネロ、これを機に獣拳を学んでみる気はないか?」

「獣拳?」


初めて聞く言葉に、ネロが少し食いつく。


「そうだ、知っていると思うが我らが獣人族と呼ばれる種族は、種族の中で更に獣種に別れ、それぞれが見た目やステータスに特徴を持っている。獣拳とはそんな種族の特徴を生かした武術で種族の数だけ技がある。そして、我はそんな獣拳を全種族共通で習得できるように改良を重ねているのだ。そこでどうだろう?先程のお詫びも含めてそなたに是非獣拳を教えようと思うのだが……」

「獣拳ねぇ……」


 確かにミーアとの一戦以来、何かしらの武術はそろそろ会得しようとは考えていたところではある、しかし、獣拳というのは人間の間では浸透しておらず、いまいちピンとこない。

 バオスの提案に悩むネロに対しマーレが決め手となる一言を放つ。


「でも、もしネロさんが獣拳を身に付けたなら、ネロさんが史上初の人間の獣拳使いとなりますね。」


――史上……初?


マーレが小さな声で言ったその言葉にネロの耳がピクっと反応する。

 自分が使えれば史上初という事は現時点で使える人間は誰もいないという事。

 もしこれを会得したのなら、獣拳を使える人間は自分だけだという事。

 

 それはつまり……『特別』ともいえる。


「わかった、是非教えてほしい」

「おお!ならばそなたは我が弟子第一号だな。」


 快諾したネロの肩をバオスが嬉しそうにガシッと掴む。


「と言っても、俺達がこの国にいるのは大会が終わるまでだけどな」

「フハハハハ、構わぬ、大会までは後二週間、目標は大会までに技を三つ覚えるとこだな」


バオスがそう目標を提案するが、ネロはその提案を鼻で笑う。


「フン、たかだか三つだぁ?冗談じゃねぇ、目標は免許皆伝まで行ってやるよ。」

「フハハハハ、その意気やよし、ならば早速修行を始めようではないか!」


 こうして、ネロの獣拳取得の修業が始まった。

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