第93話 エレナ育成計画②

――カーミナル伯爵邸


 カーミナル家の久々となる家族揃っての夕食をとったあと、エレナ達女性陣は揃ってそのまま風呂場へと向かった。

 三人が風呂場に入ると広い浴室でアンナ、エレナ、エーテルの順で一列に並び、背中を流しあっていた。


「どうですか、お母様。」

「ええ、とても気持ちいいわ、ありがとうエレナ。」


母親の背中を丁寧に洗うエレナ、愛娘に背中を流されるアンナも心地よさそうな表情で洗われる。

そして、エレナの後ろからエーテルが小さな体を使って器用に背中を洗っていく。


「あの……ところでお母様、一つお願いがあるのですが……」

「わかってますよ。旅、続けたいという話でしょう?」

「あ、はい……駄目ですか?」


 断られると思ったエレナが恐る恐る尋ねる。

 その声が少し震えていたのが可笑しかったのか、アンナはエレナの問いに対し小さく笑った。


「……本当ならネロ共々島に残ってほしいのですが、この旅で二人に成長が見られている以上止めるわけには行けませんからね。エーテルちゃんと言う新しい友達も出来たことだし。」

「お母様……」

「あ、でも無茶だけはしちゃだめよ、あなた達はまだ子供なんだから、また必ず三人で元気に戻ってくるよ?」

「はい!ありがとう、お母様!」


 エレナが嬉しさのあまりにそのままアンナの背中に抱きつき、アンナもエレナの頭を優しく撫でる。

 そんな親子のやり取りをエーテルは微笑ましくも、少し寂しそうな表情で眺めていた。

そしてそれに気がついたアンナがエーテルに近づくと優しく抱き寄せた。


「あ……」

「エーテルちゃんも、寂しいと感じたらいつでも甘えてくれていいのよ。私なんかで母親代わりが務まるかはわからないけど。」


 初めは不意に寄せられた事に戸惑いを見せるエーテルだったが、そのアンナの暖かな温もりに携わると、エーテルは少し恥ずかしがらながらも小さく頷いた。


「あ、あとお母様、もう一つお願いがあるのですが……」

「フフ、まだ何かあるのかしら?」

「はい、実は、私に化粧を教えてほしいのです。」

「へぇ……化粧を……ってえぇ⁉︎エ、エレナが、化粧をぉ⁉︎」

「……ちょっと驚きすぎじゃない?」


――


「……なるほど、エレナに恋のライバルね。」


 お洒落とは無縁だったエレナの口からでた突然のお願いに取り乱していたアンナだったが、事情を聞くと落ち着きを取り戻した。


そして、風呂から上がるとエレナの部屋に集まり、会議を始める。


「まあ、確かにエレナ達は婚約者同士ではあるけど、私達は互いに思い人がいるのであれば互いの意志を尊重させるつもりですからね。」


 アンナの言葉に、エレナもそうですよね……と元気なく呟く。

 そしてアンナはそんなエレナの肩をポンと叩いた。


「でも大丈夫よ、あなたならきっとネロを振り向かせられるわ。で、その相手はどんな人なの?」

「煌びやかな金髪をなびかせ、いつも愛らしい笑顔を振りまく、男女問わず見惚れてしまうほどの綺麗な方です。」


 エーテルがあえて、性別を口に出さずに説明する。アンナもその事を気にすることなく険しい表情を作る。


「それはなかなか難敵ね、でもエレナも十分可愛いし、何より貴方にはネロと共に過ごしてきた時間という、アドバンテージがある。これからの行動次第で十分勝てるわ。」

「はい、ですのでお化粧の仕方を――」

「残念だけどそれは、できないわね。あなたにまだ化粧は早すぎる」

「えっ?」

「化粧に関してはこれから成長してくるに連れ、覚えていけばいいわ。あなたはまだ若いし、素の顔で十分よ。」

「そ、そうですか。」


 内心化粧を少し楽しみにしていたエレナは少ししょんぼりする。


「 だからあなたがするのはまずは服や、髪型、アクセサリーといったあなたを自身を華やかせるところからは始めましょう。」

「はい。」

「そうだわ!明日は丁度港で、各国の特産品が売られる露店のバザーが行われる日だし、せっかくだから三人でエレナに似合うアクセサリーを見に行きましょう。」

「でも少し手持ちが……」

「何を言ってるの?そんなの私が出すわよ。」

「え、いいんですか?」

「当たり前でしょ母親なんだから、皆で最高のアクセサリーを探し出してネロや相手の子を驚かせてやりましょう。」

「はい、お母様!私『ピエトロ』に絶対負けません!」


 アンナの言葉にエレナが強く意気込む。しかしエレナの言葉に逆にアンナが驚かされていた。


――……ピエトロ?名前からして男の人っぽいけど……まさかね……



――

 次の日になると三人は予定通りバザーの特産品売り場へと向かう。

 そこには、各国の変わった道具や置物、そしてアクセサリーなどが売られていた。

 皆でそれぞれエレナに似合いそうなものを探していく中、エレナはエーテルに勧められた二つのアクセサリーに目が止まる。


 一つは北の国の名産である溶けない氷でできた結晶のネックレス、そしてもう一つの方はその国でしか採れないと言われている珍しい模様の花でできた髪飾りだった。


「こっちが欲しいけど……可愛さならこっちかも」


 エレナは花の髪飾りに興味を示すがその珍しい模様のせいかあまり人気はなく、女性に大人気と書かれていたネックレスを買おうと決める。


「あら、どちらもいいわねぇ。」

「あ、お母様。」


 不意に後ろからアンナがエレナの手に持つアクセサリーを覗き見る。


「で、どちらを買うの?」

「はい、私はこちらの方を……」


 エレナがネックレスの方を見せる。


「え?でもエレナなら花飾りの方が気に入ると思ったけど」

「それは……」


 エーテルの指摘に、エレナは言葉を詰まらせる。

 そんなエレナを見て、アンナがエレナ諭すように語りかける。

「いいエレナ?確かにエレナの性格は少し女性離れしたところもあるけど、それは一つの個性で合ってすべてが悪いわけではないのよ?」

「あ、でも、死骸を平気で触れたりするのは別だからね」


 エーテルがすかさずフォローを入れる。


「だから、女性ではなくエレナとして欲しいものを買いなさい」

「私として欲しいもの……」


 その言葉を復唱するとエレナはもう一度二つのアクセサリーを見比べる、そして最後は髪飾りの方に目を向けた。


――


「フフ、なかなかいいものが買えたわね。」


 買い物を終えたエレナ達は、港にある小さな港で売られていたデザートを購入して広場で休憩していた。


「そう言えば、お母様も何か買ってましたよね?」

「あら、気になる?でも残念、これは後のお楽しみよ」


 そう言って悪戯っぽく笑う。

 そんな団らんな時間を過ごしているとちょうど、港に一つの船が到着する。

 アドラー方面から来た船の様で、船員が貨物を折りしていく中、その中に混じり、一人の少年が船から下りて来た。


「あ、ピエトロだわ!」


 ピエトロの姿を見つけると、エレナがピエトロに向かって大きく手を振る。


「やぁ、こんにちは、エレナ。」

「調査は終わったの?」

「うん、まあね。」

「何かわかったの?」

「まあ、いろいろとね、そちらはまた後日話すよ。ところでそちらの方は?」


 ピエトロがアンナに眼を向ける。


「あ、紹介するね、こちら私のお母様よ。で、お母様、こちらが友達のピエトロよ。」


 エレナが両方にお互いを紹介する。


「初めまして、ピエトロです。」

「へぇ、貴方がピエトロさん……」


 アンナがピエトロの笑顔をマジマジと観察する。


――名前からして男の子だとは思っていたけど……これは、思った以上に危険かもしれないわね。


 そう考えるとアンナはある考えを思いつく。そしてわざとらしい咳を入れる。


「おほん、ところでピエトロさん。あなたは泊まるところは決まっているのかしら?」

「はい、ネロの家の空き部屋を借りることになっています。」


――ま、普通はそうよね。


「あの……、もし宜しければうちの方に泊まりませんか?」

「え?」

「お母様?」


 唐突の提案にエレナとピエトロが不思議がる。

 意図を理解したエーテルはどう言えばいいかわからず、あえて知らないふりをしてその場をやり過ごすことにした。


「これからこの島に滞在するに当たってはネロも多分カーミナル家に訪れることが多くなってくると思うの、だからこちらに泊まった方がなにかと都合がいいと思いますわよ。」

「え?でも、僕男ですよ?」


 ピエトロの反応は当然だった。


「大丈夫ですわ、部屋は広いし主人もおりますから。」

「は、はぁ……」


 全く話が噛み合っていなかったが、アンナが自分を引き留めようとしている事だけは理解できたので、どちらでも構わないピエトロはとりあえず話に乗ってみることにした。


「……では、お言葉に甘えて。」


 そう言うとピエトロはネロの家に向かわず、そのまま三人についていく事にした。


「エレナ」

「はい?」

「負けてはいけませんわよ。」


 こうして、エレナ育成計画に新たに加わった母アンナの無駄なサポートのおかげで、元々なかったネロの貞操の危機はすぎ去ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る