第87話 三ヵ月
帝国領土の人里離れた場所にある名もなき森の中、切り倒された切り株を囲い、五人の獣人族が集まっていた。
それぞれ獣の種族はそれぞれ違うが、個人が所持する武器や防具などに入った紋章は皆同じガゼル王国の騎士であることを指していた。
かつてあった獣人の国、ガゼル王国の精鋭部隊ガゼル獣侍軍、この五人はそのメンバーの核を担っていた者達であった。
ガゼル獣侍軍元一番隊隊長、ガビス・ボルグ。
獣侍軍の中で最も強い一番隊の隊長を務め、獣侍軍の総隊長もしていた右眼に大きな傷がついている狼の男。
二番隊隊長 ノートン・ホルン。
大型の獣人族で固められた二番隊の隊長であり、本人も体長は三メートルをゆうに超える片言が特徴の象の獣人族。
三番隊隊長 ギンベルグ・フォルシー
姿は一見銀髪の人間の女性に見えなくもないが頭についた立った耳と、背後に銀色の尾を持つ、正真正銘の狐の獣人族、スキル持ちの兵士で固められた三番隊隊長を務めていた。
五番隊長ライガー・ハグ
気性は荒いが勇猛果敢で特攻部隊の五番隊を任されていた虎の獣人族
大参謀メビウス・ローブシン。
ガゼル王国に古くから仕えて、国の智恵となり、王国を支えていた年老いた山羊の獣人族
五人は切り倒された巨大な切り株を囲いしばらくの沈黙が続ける、そしてその中で現メンバーのまとめ役であるガビスがそっと口を開いた。
「……ミーア達と連絡が途絶えて早一ヵ月……信じたくはないが作戦は失敗に終わったと考えていいのか?」
「そんなバカな事があるわけがない!」
ガビスの問いかけに即座にライガーが切り株を叩き強く否定を入れる。
「だけどあのミーアが連絡を怠ることなんてあり得ないわ。」
「ミーアとレミーは決して弱くはない、となると相手はそれほどまでの手練れと言う事かのぉ?」
「ミーア、コドモデモユダンシナイ、アイテ、ツヨイ」
「きっと汚い手を使ったに違いない!人間やつらは数だけは多いからな!クソ!亜人どもめぇ……」
ライガーが苛立ちから拳を震わせる、そしてそんなライガーを見てギンベルグは呆れたように一つ溜め息を吐いた。
「まあ、どうであれ作戦は失敗のようね、で、まだ続けるの?」
「続けるに決まってんだろ!ここでやめてしまえば死んでいった同士達に顔向けできねぇ」
「ホント、馬鹿ね。」
「なんだと⁉︎」
ライガーが憐れみの目で見るギンベルグに怒りのこもった眼差しで睨み返す。
「ギンは降りるのか?」
「……私は、王の意志に従っているたげ、王にあなた達に手伝うよう言われている限りは手を貸すわ。」
「フォフォフォ、それはよかった、お前さんの力は王国再建には必要不可欠じゃからな」
「そう……取り敢えず話は終わりかしら?また用があったら呼んで頂戴」
そうポツリと言い残すとギンベルグは一人、その場から去って行った。
「クソ!あの女狐め!奴には誇り高きガゼルの騎士としてのプライドがないのか!」
「ギン、オウノタメハタラク、キシトシテ、リッパ」
「フォフォフォ、確かにその通りじゃな、で、どうする?このまま続けるのか?」
「それはもちろん……」
「いや、ここいらで手を引こうと思う」
「な⁉︎」
ガビスからの予想外の言葉にライガーは目をパチクリさせる。
「血迷ったか!ガビス」
「落ち着けライガー、別に妖精を諦めたとは言ってない、ただ狙いを変えるだけだ」
「……どう言う意味だ?」
「実はメビウスからある情報をもらってな」
「ある情報?」
ライガーの問いかけにメビウスが説明をし始める。
「実はじゃな、とある人間の貴族が実験要員として妖精を一体捕獲しているとの話を聞いてな」
「ホントウカ?」
「左様、だが相手もなかなか厄介な奴みたいでのぅ、交渉するのにもちと時間がかかりそうなんじゃ」
「それはかまわん、これ以上仲間を犠牲にするよりは時間をかけて確実に手に入れる方が先決だ。頼む。」
「了解じゃ」
「待てよ!じゃあ初め狙ってた奴らはどうすんだ?こっちは仲間が三人もやられてんだぞ!」
「ライガー、今回の相手は少し分が悪い、俺達の目的を忘れるな」
「タミノタメ、オウコクノフッコウヲ……」
「そう言うことだ、間違っても復讐なんて考えるなよ」
「納得いかねぇ……」
ガビスの言葉にもまだ納得ができずにライガーは不服の表情を浮かべている。ガビスはそんなライガーの表情に気づかないふりをしてそのまま話を進める。
「時にメビウスよ、例の件の方は順調か?」
「安心せい、ゲルマという男から大量の生贄をもらっちょる、後は妖精界に入り込めればいつでも大丈夫じゃ。」
「そうか……ならばこれより先はお前に全て任せる、全ては世の獣人族のために、ガゼル獣侍軍、もう一度立ち上がるのだ!」
「「「おう!」」」
皆が号令に応えた後、その場は解散となりそれぞれが立ち去って行った。
怒りに震えるライガーを除いては……
――
「ハァ、ハァ……」
「ほら、休んでる暇はないぞ、まだ一体残ってる」
「ハァハァ、……よし!」
ピエトロは呼吸を整え、剣を持つ手に力を入れる。
ピエトロが今相対しているのは、デビルラビット。素早いのが特徴ではあるがそれ以外は大したことのないEランクのモンスターだ。
ピエトロは剣を構えジッと相手の出方を窺う。
ネロ達がそばで見守る中、ピエトロは一瞬の隙を見て、デビルラビットへと突進した。
「はぁぁぁぁぁ!」
ピエトロが気合の掛け声とともに、相手に剣を振り下ろす。
しかし力を込めすぎたのか大振りになった剣は簡単に避けられる。
「しまった⁉︎」
――ここらが限界か
ピエトロの剣をかわし、横から襲い掛かるデビルラビット。ピエトロが攻撃をくらうその直前にネロが横から蹴りをかまし、デビルラビットを粉砕した。
「ハァ、ハァ、ありがとう、助かったよ。」
「所々で力みすぎだな、大振りになってる、硬いモンスターじゃなければ、急所さえ狙えば力を抜いても倒せるよ。」
「うん、覚えておくよ。」
ネロのアドバイスを聞きピエトロは剣をしまうとその場に座り込む。
「でもピエトロも大分成長したよね」
そう言ってエーテルが周りに散らばるモンスターの死骸を眺める。
今回倒したのはデビルラビットの他、ウルフ二体と植物型のモンスターヘルプラントが一体。
ヘルプラントはネロが片付けたがウルフはピエトロが倒した。
「そうかな?」
「そうだな、まあ初めが酷かったってのもあるけど、上出来だろ。」
そう言われるとピエトロは少し照れくさそうにはにかんだ。
――まあ、一番変わったといえば。
ネロがモンスターの死骸を触るエレナを見る、エレナがモンスターの調査をしているのは知っているのでそこは驚くところではない、問題はエレナの手だ。
――あのエレナが、手袋をしている……
未だに見慣れないこの光景。
あの血や汚れを全く気にしなかったエレナがモンスターに触れる際手袋をし、そして調べる前に死んだモンスターに対し祈りをささげている。
ここ一ヵ月、正確に言えばエレナがピエトロに宣戦布告をして以来、エレナに僅かながら変化が生じてきている。それはシャワーの時間が若干伸びたとか、汚れを気にするとか、はっきり言って目につくほどの事でもなければ騒ぐほどの事でもない、どちらかというと当たり前のレベルである。
しかし、それでも今まで何度言おうが気にしようとしなかったエレナが変わり始めたことに驚きを隠せなかった。
「もう少し休憩入れるか?」
「ありがとう、でも大丈夫だよ、ヘクタスももう目の前だしね。」
そう言ってピエトロが前に見える建物を見る。
ネロ達がみている方向にはまるで要塞の様に大きい防壁に囲まれた巨大な町が見えていた。
「おっきぃねぇ……」
「外からみれば要塞だな。」
「帝都・ヘクタス。アドラー帝国最大級を誇る町だよ。」
三人は外から見えるヘクタスの景色をしばらく眺めていた。
「そういえば、エーテルの言う森はこの近くなんだっけ?」
「うん、ヘクタス周辺にあるラナタールの森、別名迷いの森、普通に入ると入り口から先には進めないんだけど、幻術さえ解除できれば妖精の泉までは簡単に辿り着くわ。」
「ん?ていうか今思えばヘクタス行く必要なくね?」
ネロの言葉にエーテルが慌てふためく。
「あ、あるわよ!何言ってんの⁉︎エレナ達との旅もあと少しなんだから、少しでもみんなと一緒に過ごしたいじゃない。」
「……で、本音は?」
「エレナ達と一緒にいたいのは確かでけど、人間界の大きな街には興味あるし、何より旅が終われば訪れる機会も無くなるし今のうちに見ておきたーい……ってとこかな?」
「ちょ、ピエトロ!人の心を一言一句間違えずに読まないでよ!」
――一言一句合ってたのか。
「……でもま、せっかくだし、寄っていくか、」
「流石ネロ!話が分かる!」
――旅立ってまだ三ヵ月、そんなに急ぐ時期じゃないしな
「しかし、三ヵ月か……」
「どうしたの?」
「いや、三ヵ月後に何かしなければいけないことがあった気が……」
「そうなの?」
「ま、覚えてないんだから、どうせ大したことじゃないだろ、とっととヘクタスへ行くぞ。」
そう言ってネロ達がヘクタスへと足を進める。
「エレナ、そろそろ行くわよ」
「あ、うん、すぐ行くね」
エーテルの呼びかけに答えた後、エレナが最後に死んだモンスターに祈りをささげる。
「いろいろ教えてくれてありがとう、どうか安らかに眠ってね。」
そう小さく呟き祈りをささげるエレナ、そしてそんなエレナの姿にネロは少し見惚れていた。
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