第88話 フローラ

「街に入れない?」


 門番の兵士に告げられた言葉をネロは思わず聞き返す。

 ネロ達はヘクタスに着くと門番に自分達の名と身分と出身地を告げた、しかしネロとエレナの出身地を言ったところでヘクタスへの入出の不許可を告げられた。


「は!つい先日、ナダル共和国との戦争が終結しまして、そしてそれに伴い、法に基づいてヘクタスは警戒体制に入り、ナダル関係者である方は一ヵ月間帝都への出入りが禁じられました。」

「なんで?」

「はい、それは数年前、敗戦国の一部の民が帝都で暴動を起こし――」

「じゃなくて、なんでそれで俺たちがナダルの関係者になんだよ?」

「はい、ミディール王国はナダル共和国と同盟にあるので、ミディールの貴族であるエルドラゴ伯爵とカーミナル伯爵家令嬢のエレナ様はナダル関係者とみなされ御二方は入ることはできません。」


 兵士の丁寧な、そしてマニュアル通りともいえる説明にネロは表情を曇らせた。


「……徹底してんなぁ、デカい国の癖にビビりすぎじゃねぇの?」

「逆だよ国が大きいからこそ反感も多いんだよ、特に強引な手法が目立つ国ではね」


 声を隠さずに話す、アドラーの悪口とも言える内容の会話に兵士が態とらしく咳を入れ遮る。


「と、とにかく、今はピエトロ様のみ入る事が出来ます。」

「はぁ……わかったよ、それで、いつ頃入れるようになるんだ?」

「はい、戦争が終結したのが二週間前なのであと二週間ほどです。」

「二週間……」


 幾らまだ時間があると言ってもそんな長い期間を無駄にすることはできない。


「ここから北に五キロほど歩いた所に港町があるので、もし良ければそこで解禁まで滞在されるのもよろしいかと。」

「わかった、もういい。」


 そう言うとネロは一度門のところから離れると四人で円を作り話し合う。


「戦争終結直後に来ちゃうなんてタイミングが悪かったね」

「て言うかナダルって山奥にある田舎国家だろ?なんであんなとこと同盟組んでんだよ、あんな遠いとこと組んでも意味ないだろ?」

「そんなことないよ?ナダル共和国で作られた武器や防具は性能いいし、わざわざ向こうの人たちが遥々ミディールまで足を運んで来てくれるからナダル共和国とミディールはそれなり親交は深いよ、私の家の包丁もナダル製だし」


 エレナにそう言われるとネロも自分の家にあった剣がナダル製だったのを思い出す。

 実際ナダルの武器に関してはネロ自身も認めていて、カイル時代に使っていた剣もナダルの名工に頼んだ作った物だった。


「で、結局どうする?」

「どうするって……どうしよう?」

「流石に二週間も待ってられないし、先に妖精界に行くべきなんじゃない?」

「えー!ちょっと待ってよ!それじゃあ私が入れなくなるじゃない!」

「お前、妖精界がピンチなんだろ?そんな余裕あんのか?」

「そ、それは……」


 そう言われるとエーテル悲しげな表情を浮かべながら言葉を詰まらせる。

 そしてそれを見たネロはため息を吐いた。


「……別に、妖精界を救った後にまたこればいいだろ。」

「え?救ってもらった後も一緒にいていいの?」

「勝手にすればいいだろ、いようがいまいが一緒なんだから」


 ネロの素っ気なく言った言葉に、エレナとピエトロが顔を見合わせて互いにクスリと笑った。


「わかった、じゃあ今度絶対ここに入ろうね!」


 そう言ってエーテルは元気を取り戻すと四人はラルターナの森へと足を進めて行った。



――


 エーテルの誘導されながらヘクタスの街から一時間ほど歩くと、目的であるラルターナの森へと到着した。


「ここがラルターナの森……なんだか気味が悪いわね」


 外から見るとごく普通の森であったが中へ入ると、光が木で遮られ薄暗く、森なのに生き物が一匹も見当たらず気味の悪さが際立っていた。


「まあ普通はそう思うわよね、でも、実はこれ幻術なのよ、だから……えい!」


エーテルがネロ達三人に魔法をかける、すると今までの薄暗い森が瞬く間に色とりどりの花が咲く華やかな森へと変わっていった。


「これは……」

「きれい……」

「ここは元々妖精が人間界にいた頃に住んでたと言われている森なの、だからここは妖精の国に最も近い場所とも言えるわ。そしてほら、あそこに見えるのが妖精の泉よ。」


 エーテルが森の奥を指差す、するとそこには水面がキラキラと輝く泉が見えた。


「あれが妖精の入り口となる泉よ、オルグスの森の泉は私が塞いじゃったけど、ここはまだ健在だからここから妖精界に入れるわ。」


 四人が泉まで近づき、水面を覗く、ホワイトキャニオンの湖ほどではないがこの泉も透き通っていて神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「じゃあ早速……」

「あ、ちょっと待って」


エーテルが魔法を唱えようとしたところでピエトロが待ったをかけた。


「どうしたのよ?」

「ねぇ、エーテル、ここは妖精界に近い場所なんだよね?」

「ええそうよ」

「じゃあ、あれも妖精界のものなのかい?」


 ピエトロが泉のそばに咲いてる一輪の花を指差す、その花はまだ蕾の状態で花は咲いておらず蕾の部分がチカチカ光っていた。


「アレは……ティンカーベルだわ」

「ティンカーベル?」

「妖精界と人間界を繋ぐ花の名前よ、あの花は妖精界にも咲いていて、人間界と妖精界に互いから妖精が魔法をかけると妖精の魔力に反応して妖精界と交信ができるの、簡単に言えばボイスカードみたいなものね」

「これ光ってるのは意味があんのか?」

「光ってるってのもボイスカードと一緒で片方の世界、つまり妖精界から魔力を送られているって事、つまりあちらから交信をかけてるみたいだわ。」

 

 そう言うとエーテルはティンカーベルに魔力を注ぐ、すると光っていたつぼみが開き、開いた花からエレナと同じ格好をした一人の青い髪の小さな妖精の映像が映し出された。


「フローラ!」

『お姉さま……良かった、ご無事だったんですね。』


 エーテルと映し出されて妖精が映像越しに手を触れ合わせる。


「だれ?」

「さあ?」

「でもエーテル、嬉しそう。無理もないわよね、今までずっと一人で人間界にいたんだもん。」


 エーテルが、ネロ達の事をそっちのけでたわいも無い話で盛り上がっている。

 ネロもさすがに空気を読んで、三人はしばらく二人の会話を見守っていた。


「あ、そういえば妖精界の方は大丈夫なの?」

『ええ、こちらは今の所問題ありません。迎撃準備も着々と進んでいますわ。』

「ならよかった、あ、そういえばエドワードのことなんだけど――」

『はい、存じであげてますわ』

「え?」

『人間の寿命の話は他の助っ人の方々から聞いておりますので』

「そうなんだ、とりあえず私の連れて来た人たちを紹介するわね」


 そう言うとようやくエーテルがこちらを振り返り、ネロ達を一人一人紹介していく。


「……で、こっちがネロよ、口は悪いけど超強いから、今回一緒に戦ってくれる人よ。」

『エレナさんにピエトロさん、そして……ネロさん……ですね』


 そう言うとフローラはネロを見て一瞬表情を曇らせる。

 そしてネロもその様子を見逃さなかった。


『姉がいつもお世話になっています、私エーテルの妹のフローラと申します。』


 映像越しにフローラが三人にペコリと頭を下げる、エレナもつられるように頭を下げてニコリとはにかんだ。


「それで、今から私達もそちらに向かうから」

『え、今からですか⁉︎』

「え、何か問題でもあるの?」

『あ、いや、あのーなんというかですね……』


 フローラが言葉を詰まらせながら必死で言葉を探す、そしてその都度チラチラとネロの様子を窺っていた。


『え、と……その、実は先ほど獣人族が近くに来ていたので、少し早とちりをしてここの泉をこちら側から封印してしまったんです。』

「えぇ!なら早く解除してよ。」

『御免なさいお姉さま、こちらも手が込んでて解除するにはしばらく時間がかかりそうなんです。なので、お姉さま達には申し訳ないのですが、かなり遠回りになりますがトリンドルの森のから渡って来てもらえませんか?』

「仕方ないわねぇ、わかったわトリンドルの森ね。でもその間、獣人族の方は大丈夫なの?」

『ええ、お母……女王の交友の広さゆえに、名のある方々救援に応じてもらえているので、もしかしたらお姉さま達が着く頃には終わっているかもしれませんくらいです。』

「それはそれで困るかもだけど……わかったわ、じゃあトリンドルの森から向かうわね。」


 そう告げるとエーテルはフローラとの交信を切った。

 そしてネロとピエトロは先ほどのやり取りを聞いて深く考え込んでいた。


「なあピエトロ……今の話、どう思う?」

「十中八九嘘だね、もし封印なんてできるのなら助けなんて求めずに初めから封印しとけばいいんだしさ、それにあの子の表情、ネロを見て少し曇らせていたね。」

「お前も気づいてたか、で?どうすればいいと思う?」

「妖精界がピンチなのは確かだし向こうが不利になるようなことはしないと思うから、ここは向こうに合わせた方が良いかもね」

「なるほどな」


 ピエトロの助言で様子見を決め込むことにする。

 そしてふと横を見るとエーテルが何故か申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「……どうした?」

「えーと、その……トリンドルの森ってどこ?」


――……おい





――


「ふう……」


エーテルとの交信を終えるとフローラは一つ息を吐いた。


「今のはエーテルからの連絡ですか?」


 エーテルとの交信が終えたのを見計らうようにフローラの後ろから落ち着いた声が呼びかける。

 振り向くとそこにはエーテルとフローラの面影があるティアラを付けた大人の妖精が立っていた。


「あ、お母……女王陛下!はい、お姉さまはまだ無事のようです。」

「そうですか……それよりフローラ、あなた、今嘘をつきましたね?」

「え⁉︎それは……」

「妖精界への入り口は壊すことはできても封印することはできません、そして壊すにしても、それは人間界側からしかできない……何故わざわざ嘘をついてまでエーテル達を遠ざけたのですか?」

「あの、えと、それは……」

「あなた、遠予の泉を……見ましたね?」

「……はい……」

「あの泉はこれから起こりゆる未来を映す泉、未来を受け入れる覚悟がなければ覗いてはいけないと何度も言っていたはずです。」

「はい……御免なさい。」

「あなたがどう足掻こうが、あの泉に映し出された未来は必ず起きます……あなたは一体何を見たのですか?」

「それは……言えません」

「……そうですか、ならばこれからその未来が起るまでに受け入れる覚悟を身に付けなさい。」


 それだけ言うと、妖精の女王はその場から立ち去って行った。


 フローラが遠予の泉で見た未来……それはネロが妖精の女王を殺害する姿であった。

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