第86話 千の弱者と一人の強者

アドラー帝国・帝都ヘクタス


巨大国家であるアドラー帝国の帝都であるだけあって、この街は世界の数ある街の中でも最大級の大きさを誇っている。

街の構造としては、皇帝のいるヘクタス宮殿を中心に円形になっており、中は上級層、中級層、下級層と三つの層に区別されている。


 街の一番上の位置にある上級層には貴族たちが住む貴族街の他、オークション会場や闘技場、奴隷市場といった貴族のための施設が揃ってあり、入れる者は限られている。


 平地に作られた中級層は、町の出入り口となる門があり、施設は宿屋や酒場、アドラーのギルド本部などと言った平民向けの区間となっていて、ここの区間に街の人口のおよそ六割が占めている。


 そして街の低地にあり、底辺の者が住むと言われている下級層では、貧困の者や訳ありの達が集まり作った集落の他、街のゴミ捨て場をも担っており毎日ここに上の層から大量のごみが捨てられている。

 兵士たちが巡回することもないので治安が非常に悪く無法地帯となっているため普通の人間がこの区間に近づくことはまずない。


そしてそんな街の中心に建つヘクタス宮殿。

その宮殿の王の間へと続く長い廊下を、小さな初老の男が急ぎ足で歩く。

 小さいと行ってもドワーフではなく、単純に身長の低い人間の男性、この国の大臣をやっている男である。


足が短く一歩一歩の歩幅が小さいため、歩くのは速くないがそれでも大臣は少しでも速く王の間へ行こうと懸命に歩く。

 そして王の間の扉へとたどり着くとそのまま勢いよく扉を開けた。


「陛下!陛下はおいでですか!」


 扉の奥に広がる巨大な空間に音高い大臣の声が響き渡る。

 中には兵士や待女などは待機しておらず、扉の前から一直線に引かれた赤い絨毯を辿ったその先にある煌びやからな玉座に王が一人座っていた。


 アドラー帝国15代目皇帝、ベリアル・アドラー


 三十歳と言う若さで皇帝を襲名し、徹底的な富国強兵によりアドラー帝国をここまで大きくした若き帝王。

ベリアルは、玉座にもたれながら膝を組み、手で小さな石を転がしながら暇を持て余していた。


「……大臣か、騒々しいな、何用だ?」

「何用だ?ではありませんぞ!あの話は本当ですか?」

「……どの話だ?」

「とぼけないでくだされ!ゲルマ卿に国家の三分の一の財と兵力を与えたことです!」

「ああ、そのことか……」


 おどけた態度を取ながら大臣の問いにベリアルは小さくクククと笑うと


「事実だが?」


 と答えた。


「な、何をお考えてらっしゃる⁉︎ゲルマ卿が我が帝国に対し反逆の心を持っていること、陛下も気づいていないわけではないでしょう⁉︎」

「まあな、だがどんな相手だろうと功をなせば褒美を与える、それが上に立つ者の役目だろ?」


 そう言うとベリアルは大臣に向かって手の中で転がしていた小さな小石を放り投げる。


「……これは?」

「アルカナだ。」

「ア、アルカナァ⁉︎あの武人殺しの⁉︎」

「そうだ、これで防具を作ればどんな物理攻撃をも通さないと言われているまさに世界最高峰の鉱石。そんなアルカナをゲルマはおよそ五〇〇キロ、国に献上してきた。」

「五、五〇〇ぅ⁉︎」


 その数に大臣は述べようとしていた言葉を一度忘れ、ひたすら口をパクパクさせる。


しかしそれでもなんとか声を出そうと喉の奥から言葉を引っ張り出し発する。


「し、しししかし、それでもです、アリババもいなくなってしまった今、やはり三分の一の兵力を与えるのは危険です。」


 必死になって発した大臣の言葉にベリアルは大きくため息を吐く。そして大臣に向けて人差し指を立ててみせた。


「千の弱者より一の強者。」

「は?」

「レベル一の者が千人集まったところでレベル千の者一人には勝てない。どれだけゲルマに兵士を渡そうが最強の兵士を持っていればどうってことないと言うことだ。」


そう解説されると大臣はベリアルの言葉の意味を理解する。


「……それはスカイレスの事ですか?」


 大臣の回答にベリアルは再びほくそ笑む。


「そうだ、奴は私が作り出した最強の剣士であり、兵器でもある。この世界に奴を超える者などもう・・いないであろう……そしてこのアルカナで防具を作ればスカイレスは更に強くなる!」


 千の弱者より一人の強者。

ベリアルが掲げる一つの思想、この考えに至るまでの背景にはとある一人の剣士の存在があった。


 その剣士の名はカイル・モールズ


 かつて、小さき暴君と呼ばれルイン王国を騒がせたルイン王国最強の剣士。

 そしてその存在はもちろん敵国であるアドラーにも伝わっていた。

 ベリアルはカイルの騎士団学校の一件が世に伝わり始めた頃、将来カイルがアドラーの脅威になり得ると考えるとすぐにカイルに対し暗殺部隊アリババを刺客としておくった。


アリババは四十八人の暗殺者で作られた帝国直属の暗殺部隊で、帝国の歴史の裏には常に彼らの存在があった。

素早い行動と俊敏な動き、そしてメンバーの連係プレイで、誰にも気づかれることなく仕事を全うする暗殺のスペシャリスト。

名前を知っている者はいるが、姿を見た者は誰一人いない。この完璧な暗殺と実力でアリババは帝国の都市伝説 とされているほどであった。


ベリアルはアリババ達をカイルの元へと送ると、帝国に伝わるアイテムを使ってカイル達の戦闘の一部始終を覗いていた。そしてベリアルはカイルとアリババとの戦闘の光景を見て、胸を震わせた。


「美しい……」


それが映像を見たベリアルが発した言葉だった。


最強の暗殺部隊であるアリババの個々一人一人の素早い攻撃をカイルは難なく受け流し、そしてまるで遊んでいるかのような笑みを浮かべながら次々と殺していった。


ベリアルはその姿に酷く感動を覚えた。

ベリアルはカイルのその強さに惚れ込んだ。


そしてベリアルはカイルに対抗するために一つの計画を思いついた。それは英雄育成計画。

世界各国から才能や特殊スキルを持つ子供達を集め戦闘の英才教育を受けさせ、カイルのような最強の兵士を育て上げる計画だ。


そしてその計画の中で見つけた子供こそ、現スカイレスであり、英雄エドワード・エルロンの血を引く男、アヴァン・エルロンであった。


ベリアルはかの大英雄エドワード・エルロンの血を引くアヴァンの存在を知ると、アヴァンの両親が住んでいた村を焼き払い、赤子だったアヴァンを連れ去った。

そして幼少の頃から様々な鍛錬や経験をを積ませると、アヴァンはベリアルの期待通りにどんどん実力を付けていった。


全てはベリアルの思い通りに運んでいた。

もし予定外の事が起きたとすれば、それはカイルモールズの死だろう。


宿敵ルイン王国の剣士、カイルに対抗するために育ててきたアヴァンだったが、カイルが事故で死に更に皮肉なことに打倒カイルを掲げて立ち上がった平民達が今、王国に対し反乱軍となってルイン王国を混乱へ導いている。

結果、スカイレスの前に敵はいなくなり、アドラーの勢力拡大の一因となっていった。


「しかしそれでもこれほどアルカナ、一体のどうするおつもりですか?」

「あぁ、それはな……」


 そう言いかけると扉からノックが聞こえると一人の兵士が入ってき、その場で敬礼をする。


「陛下!例の者をお連れしました。」

「ご苦労、通せ。」


 ベリアルが許可すると外から兵士が一人のドワーフを玉座の近くまで連れてくる。


「よく来た、ナダルの名工ヘイグ殿」

「……敵国の男に拘束もつけずに面会するとはなかなかツメが甘いんじゃないかのう?」

「フッ其方を信用してのことだ、それとも、私の首を狙ってみせるか?それも面白い。」

「……あれだけの地獄を見せられて今更抵抗などせんよ。」


 そう呟くとヘイグはあのことを思い出し、顔を青ざめさせる。


 スカイレスの剣から放たれた炎はナダルの大地を燃やし尽くした。

砦や国の中など防壁のある場所にまでは火は通らず中の者達はなんとか炎から免れはしたが、外に出ていたロジックを始めとする兵士やゴーレム、近隣の村は跡形も無く燃え、炎は十日たった今でも勢いが弱まることはなかった。


「それで、ワシに何の用じゃ?」

「実は貴殿の腕を見込んで頼みがある」

「頼みとな?言っておくがゴーレムならお前のとこの剣士が全部壊したぞ、砦にいた奴も含めてな。」

「それは構わない、壊れるようなゴーレムなどに微塵も興味はない。」


 そう言ってベリアルは大臣にアルカナを渡させる。

 そしてそれを手にしたヘイグはアルカナに気づくと驚きのあまり大きな目が極限まで目を細まる。


「こ、これはアルカナ⁉︎」

「流石はドワーフ、見ただけでわかったか」

「こ、これを一体どこで⁉︎」

「まあ、献上品だ、今ここには五〇〇キロのアルカナがある。」

「五、五〇〇!」

「あぁ、しかし我々の職人の腕では精々アクセサリーを作るのが限度、これではせっかくのアルカナが勿体無い。」

「……それで、ワシに防具を作れと?」

「あぁ、だが作る防具は一つ、そして残りを使って貴殿にゴーレムを作ってもらいたい。」

「な、なんじゃとぉ!」

「これだけの大きさがあれば作るにも足りるだろ?」

「し、しかし……」


 ヘイグが体を震わせる、これは怯えによる者ではなく武者震いだ。

 鍛治職人にとって、最上級の鉱石アルカナを使うことほど名誉なことはない、しかもそれでゴーレムを作れと言うのだ、ヘイグの鼓動は好奇心で大きく弾んでいた。

 しかしそれでもヘイグは首を縦にすることを躊躇った。


「まだ何か不服か?いや、敵国に協力する理由が欲しいのか?ならばこれさえ作ってもらえればナダルから手を引こうではないか。それだけじゃない今後何か望みがあれば極力応えよう。」

「……本当じゃろうな」

「嘘をつく理由などない」


 断る理由を完全に断たれたヘイグは憎き敵国の皇帝の要求にゆっくりと、うなづいた。


「フフ……さあ、もっと強くなれ、スカイレス。」

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