第82話 笑顔の理由

 その日以来、ピエトロは彼女の元へ行くことは無くなった。彼女に訪れる結末を見届ける勇気をピエトロは持ち合わせていなかった。


 ピエトロは彼女が生きられる方法を模索した。

解毒剤を作ることは容易だが作ったところで彼女に渡すことができない、父親達を説得すると言う手もあるがピエトロは父親達に刃向かう勇気も持っていなかった。


 どうしようもない状況とどうにかしたいと言う思いのジレンマがピエトロを大いに苦しめていた。

 そして、その現実から逃げるようにピエトロは少女のいる場所から遠のいていった。


――彼女の事は忘れよう、被検体に情を持つのはもうやめよう。

 

 ピエトロは何度も自分に言い聞かせた、しかし目を瞑れば、いつものように微笑む彼女と、毒で苦しむ彼女の姿が浮かんでくる。


 そんな毎日が続き、その苦しさに耐え切れなくなったピエトロは、もう一度だけ彼女の下に行くことにした。

 遠くから状況を見るだけ、もし唯の風邪だったならいつものように通い、もし死んでいたのなら近づかないようにしよう、そう考えピエトロはとうとう彼女の牢屋のまで近づいた、そして中の光景を見て絶句した。


 そこにはかつて笑っていた姿はなく、牢屋の中で衰弱し横たわっている彼女の姿があり、その近くの床には小さな血だまりができていた。


 ピエトロは目的を忘れて急いで鍵を外し、彼女の元へと駆け寄った。

 少女は人の気配を感じ、うっすらと目を開けピエトロに気が付くと、いつもの様にニコリと笑った。


「どうして……笑っていられるの?」


 ピエトロが涙を流して問いかける。


「今日は……貴方が来てくれたから……」


 その言葉にピエトロは今まで来なかったことを後悔した、そしてひたすらごめんと何度もつぶやき続けた。


「……どうして……謝るの?」

「だって、君を苦しめているのは、僕のせいだから……」


 ピエトロは毒の事を彼女に話した、毒の特性を、そして自分が作ったことを。そしてその事を彼女に伝え、ピエトロは初めて自分が今までどれだけ恐ろしい事をしていたのかに気づいた。

 責められてもいい、嫌われてもいいピエトロはただひたすら謝った。

しかし彼女は、それでもピエトロに笑顔を見せた。


「……どうして、笑うの?」

「だって、あなたが泣いているから……」

「どうして……」

「私が笑ったら……あなたも笑ってくれるでしょ?だから……笑って」


 ピエトロは笑った。泣き顔と笑い顔が混ざりぐちゃぐちゃな表情になった顔を見て少女も笑った。


「……私、笑ってて良かった……だって私のために泣いてくれる人に出会えたんだもん……そんな人……ここに来る前からいなかったから……」


 その言葉にピエトロは再び涙を流す、しかし笑顔も決して崩さない。


「ねぇ……あなたはどうして笑っているの?」


 今まで聞いてきた質問を返される。


「君が笑ってくれるからだよ、君と話をするのが楽しいからだよ。」

「そっか……じゃあ、これからも笑っていてね……私も……笑うから……」


 少女はピエトロの言葉を聞くと、最後の微笑みを見せて、眠るように息を引き取った。

 そしてその姿を見てピエトロは周りにも聞こえるくらいの大声で子供らしく泣いた。


――

 それからピエトロは実験に手を貸すことはなくなった、逆に実験を中止する様に父親たちに訴え始めた。

 しかしそんな話を聞いてもらえるはずもなく、更に手を貨さなくなったピエトロは用済みとされ、ブルーノ家での今までの立場を奪われた。


それでもピエトロは少しでも被害を減らそうと一人で動いていた。

 町の者達に注意を呼びかけ、そして自分の持つ知識の提供を交換条件にレゴールに被験者の解放を訴えた。


 レゴールはその条件を飲み、実験の情報一つにつき、被験者を、一人解放した。

そしてその話は瞬く間に民の中で広まった。


「ピエトロ様は優しい方だ、ピエトロ様こそブルーノ家の唯一の良心だ。」


 そう言われるたびにピエトロは否定した、僕は優しい人間じゃないと。


そうしてピエトロは被験者を逃し続けたが、ピエトロが逃すたびに新たな者がつれらて来られた。


 この悪循環を断ち切らない限り、彼女の様な被害は減らない。

 ピエトロはひたすら考えた、どうすればこの悪循環を断ち切れるか。


 そしてその答えは何度考えても一つしかなかった……ブルーノ家を潰すことだけだと……。


――


 ピエトロは話を終えると自然とうつむいていた。話が終った部屋にはただ重々しい空気と沈黙が漂っていた。


「その第一歩が、レクサスの殺害だったって訳か?」


 ピエトロが小さく頷く。


「 ここまで来るのに随分時間がかかったよ。常に身を守られている兄さんを殺害するのは並大抵ではなかった。普通にやってもまず殺すことはできないだろう、仮に殺せたとしても、いずれはバレてしまう、だから誰もが事故を疑わない方法で殺したのさ。」

「……だからホワイトキャニオンか」

「第一級危険地帯であるあの場所なら、事故として死んだところで誰も疑わないし現場を調べられることもない。僕はあらかじめ変装の得意な殺し屋を雇い、妊婦として街に忍ばせた。サンプルとして捕まれば兄さんはモンスターにも手を出させない様命令してるはずだし近づく機会もあるからね、他の妊婦達にも助ける条件で協力してもらい、レクサスたちに恨みを持つ砦の兵士も味方につけて話を合わせてしてもらったのさ……」


 全て話し終えるとピエトロは、豪華なシャンデリアが付いた天井を見上げながら息を吐く。


「……長かったよ、この作戦を実行するために僕はたくさんの人を見殺しにしてきた、そして時には作戦がきっかけで亡くなった人たちもいた。僕は、世間で言われるような優しい人間じゃないんだ、自分の考えを実行するためなら犠牲だって問わない、結局僕は昔と何も変わらないんだよ……」

「ぞ、ぞんなごとないよ!」

「ぞうだよ!ビエドロはやざじいよ!」


 その言葉をエレナとエーテルが泣きじゃくりながら即座に否定した、そんな二人の泣き顔を見てピエトロはクスリと笑った。


「ありがとう……やっぱり、君たちに話してよかったよ。」

「お前はこれからどうするんだ?」

「僕は一度旅に出ようと思う、のための準備もあるし」

「……次は親父か?」


 質問に一度言葉を詰まらせるが、ピエトロはゆっくりと頷いた。


「……そう言うことだね。」

「なら俺達とこないか?」

「え?」

「お前ひとりでここまでしたのは凄いが、次もできるとは限らねえ、お前の親父もさすがに気づいてるんじゃないか?」

「それは……」

「それにお前自身、親父たちを殺すのを望んでいない、だからそんな浮かない顔してんだろ?お前は俺と違って優しいからな」

「ネロ……」


 ピエトロはネロの言葉に先ほどの沈んだ気持ちの理由に気づく、自分はレクサスを殺したことに罪悪感を感じていたのだという事に


「お前一人じゃそれが限界、でも俺が手を貸せばそれ以外の方法もあるかもしれないぜ?」

「……いいのかい?」

「いいに決まってるよ!」

「そうよそうよ!」

「なんでお前らが……ま、こいつらの言う通りだ、こっちもその分お前の知識を借りたいからな」


 そう言うとネロがピエトロに手を差し出す。

 その手にピエトロは一度はためらいを見せるも、覚悟を決めるとその手をとった。


「じゃあ、改めて、これからもよろしく頼むぜ」

「ああ……よろしく」


 ピエトロはいつものようにニッコリとほほ笑んで見せた。

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