第81話 笑顔の少女
ピエトロはアドラー帝国の大貴族、ブルーノ公爵家の三男として生まれた。
貴族の三男であり更に妾との間にできた子供という、貴族の子供としてはあまりいい立場ではなく、本来なら養子など出されてもおかくはない。
しかしピエトロの家での扱いは本妻の子供であり次男であるテリアよりも良かった。
理由はピエトロの才能にあった。
ピエトロは天才だった。
一のことを教えれば十の答えまで導き、五歳の頃には屋敷にある本を全て読破し、八歳の頃には古代文字すら読めるようになっていた。
そして、九歳になると、レゴールやレクサスの実験に付き合うようになっていた。
ピエトロは家の地下室で行われてきた人やモンスターに対する残虐非道ともいえる実験を見てきたが、何も感じることはなかった。
実験にされている者などに興味は一切なく、ピエトロの頭の中にあったのは純粋な探究心だけ、感情も露わにすることもなく、ただ父親たちの実験に淡々と付き合っていた。
しかしそんなピエトロを一人の少女との出会いが大きく変えていった。
――
その日、ピエトロはいつもの様に実験で使われる被検体の様子を見に牢屋へ来ていた。
その場所のあちこちからモンスターの咆哮と弱々しい鳴き声、そしてたまに人間の悲鳴が溢れかえっていたが、ピエトロは無関心にただ研究対象のいる牢屋の中を一つ一つ覗いていた。
いつもはただ扉から中の様子を覗くだけだったが、とある牢屋の中の様子がピエトロの目に止まった。
牢屋の中にいたのはピエトロより少し年上にみられる一人の少女だった。
元々が奴隷だったのか、薄汚い服と手入れのされていないボサボサの髪という身なりで牢屋の壁にもたれかかって座っている。
そんな少女にピエトロが興味を持った理由、それは牢屋に閉じ込められている少女が自分に見せた一つの笑顔だった。
少女はなんの特徴もない牢屋の天井を見つめながらニコリと笑っていた。
ピエトロはこの場がどういう場所かを十二分に理解している、ここは実験で使う者達を保管しておく場所。つまり、ただ死を待つ場所ともいえる。
だからこそ、この状況で笑顔を見せている少女に興味が引かれていた。
「どうして笑っているの?」
ピエトロは初めて牢屋の相手に声をかけた、少女は不意に声をかけられたことに一瞬驚きを見せるもすぐに小さく微笑んで答えた。
「今日は、天気がいいから……」
日差しが当たることのないこの場所でそう答えた彼女にピエトロは眉をしかめる。
「どうして?」
「えっと、今日はここの空気がいつもより乾いて――」
「違うよ、どうしてそんなことなんかで笑っていられるの?」
天気の事を応えようとした彼女の言葉を遮りもう一度、尋ねる、すると彼女は再びクスリと笑う。
「だって、天気がいいと心も晴れるじゃない?きっと、外の世界では子供や動物たちが楽しそうに走り回ってると考えると私まで楽しく思えるの。」
そう言って外の世界を見上げる様に天井を見ながら微笑む少女をピエトロは呆然と見ていた。
この状況下でどうしてそんな考えができるのか、ピエトロには理解できなかった。
「どんな些細な事にでも笑えたら、それだけで人生楽しくなるよね……あなたは今、楽しい?」
「……」
その問いにピエトロは答えを導き出せなかった……
――
それからピエトロは時々少女の元へと足を運ぶ様になっていた。
自分では到底考えられない思考をもつ彼女に興味を持ち、彼女の思考を分析してみようと言うちょっとした探究心であった。
ピエトロは彼女の考えを少しでも理解するために様々なことを聞いた。
好きなものは?嫌いなものは?嬉しかったことは?悲しかったことは?
そして時には聞きづらい事でも容赦なく質問した。
この場所は怖くないのか?辛くはないのか?ここを出て自由になりたくないのか?僕は嫌いじゃないのか?
そして彼女はそんな質問でも笑顔で答えた。
「怖いし、辛いし、出られるなら外に出たい」
彼女の回答にピエトロはさらに混乱した。
「ならどうして笑っていられるの?」
「こんなところでも、楽しい事や嬉しいこともあるから」
「そんなものがあるの?」
「うん、今日は出されたご飯が美味しかったとか、今日はぐっすり眠れたとか……そして、今日は貴方が会いにきてくれた……とか」
ニコリと笑いながらそう述べた彼女にピエトロは再び言葉をなくした。
「あなたは私と話しをするのは楽しい?」
「……」
――
日にちが経つにつれて、ピエトロが訪れる回数は増えていった。
質問ばかりしていたピエトロは気がつけば目的を忘れて、いつしか自分のことばかり話していた、ごく普通の日常の話や、自分の趣味の話、時には研究の話もしたが、彼女はどんな話でも笑って聞いてくれた、そしてピエトロも彼女の笑顔につられる様に笑顔を見せる様になっていった。
今、再び彼女に同じ質問をされると、ピエトロは間違いなくこう答えるだろう。
君と話をするのが楽しい……と
……ただ、そんな日々も、長くは続かなかった。
――
ある日、ピエトロは少女の顔色が少し悪い事に気づく、そんな彼女を心配そうに見つめるピエトロを見て、彼女はいつもの様に笑顔で答える。
「大丈夫、ちょっとめまいや寒気がするだけだから、ただの風邪だよ」
その言葉を聞いた瞬間、ピエトロは頭の中が真っ白になった。
ピエトロはすぐに悟った、それは病気ではない……毒の症状だ。
ブルーノ家が研究していた毒の中に病気に見せかけて殺すことのできる毒がある、それはじわじわと体を蝕み、初めは頭痛は寒気と言った風邪のような症状から徐々に身体を内側から破壊していき、最後は衰弱死の様に死んでしまう毒だ。
話だけ聞けばただの風邪の可能性だって十分あるが、ピエトロは毒だと確信していた、
ここは実験で使う者達を保管しておく、ただ死を待つ場所。
そんな場所で何故少女は今までずっと何もされず無事で入られたのか?
それらから考えられるの答えは彼女が毒の被験者だという事だろう。
ピエトロはその毒ついて他の誰よりも知っていた。
……何故ならばその毒はピエトロが作り上げたものだったから。
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