第80話 浮かばれぬ心境

「で、レクサスが死んだというのは本当か?」

「は、はい、見張りの兵士の話によりますと、砦の近くの付近で壊れた馬車と共に遺体で発見されたとのことです、引き連れていたモンスターは近くにはいなく、恐らく何らかの理由で離れた際に襲われたとのことです。」


 ブルーノ公爵家別邸の大広間で威厳のある男の声が兵士に問いかける、尋ねられた兵士は男の威圧のある声に少し緊張しながらもしっかりと答えていた。


 声の主はレゴール・ブルーノ。

 アドラー帝国の中でも高い権力を誇るブルーノ公爵家現当主であり、ピエトロ達の父親である男だ。

 息子たちと同様金色の髪と髭を生やし、まるで獲物を探す獣のように辺りに散らす鋭い視線は周りの人間の呼吸を忘れさせてしまうほどの威圧感を放っている。


 レゴールは大広間に置かれた豪華なソファーにもたれながら息子、レクサスの死亡の報告を聞いていた。

 しかし、レゴールは報告を受けた後もあまり興味なさそうに、そうか、の一言で終わらすと自分の目の前で膝をつく二人の息子の方を見た。


「して、白龍の至宝と言うのは?」

「はい、それはこのわたくし、父上自慢の息子であるテリアめが見つけて参りました。」


 テリアが胸を叩いて誇らしげにアピールすると、立ち上がって手を二つ叩き使用人に巨大な卵を持って来させ父に献上する。


「ほう……これがその卵か、確かに至宝と呼べるほどの輝きを放っておるわ。」


 先程は違い、白龍の至宝を目にするとレゴールも目の色が変わり、二人の息子をそっちのけで卵に夢中で眺める。

レゴールと話の続きをしたいテリアが、体をそわそわさせながら機嫌を損ねないように恐る恐る尋ねる。


「あの……父上……ところで……次期当主の話なのですが」

「ん?ああ、そうだっな、次期当主は約束通りテリアに任せよう。


跡取りの話にもレゴールは素っ気なく答えると、使用人に再び卵を持たせ椅子から立ち上がる。


「では要件は終わりだな?私は忙しいのでこれで失礼する。」


 目的の物を手に入れたレゴールが話をさっさと切り上げそそくさと大広間から退出し始める。


「ピエトロよ、これで満足か?」


 去り際にポツリと投げかけられた問いにピエトロは答えず、頭を下げ続ける。

 その様子にレゴールは小さく舌を打ちすると、大広間から出て行った。


「……フ、フフフ、あーはっはっはっ!聞いたかピエトロよ!次期当主はこれ俺、テリアに決まったぞ!」


 父を前に喜ぶのを我慢していたテリアがレゴールが出て行ったのを見計らって、醜い脂肪をを震わせて跳ね上がり喜びを表現する。


「……おめでとうございます、兄さん。」

「フハハ、どうだピエトロよ、もしこの俺に絶対服従を誓うなら、兄弟のよしみで今までの事は水に流して家においてやらないこともないぞ?」

「ありがたいお言葉ですが、妾の子の私がいたところでこの家の名を汚すだけ、私はしばらくブルーノ家から身を遠ざけようと思います。」


 そう告げるとピエトロもテリアに一礼し、大広間から退出する。部屋を出た後も大広間からはテリアの高笑いの声が外にまで響いていた。


――


父との話を終え、自室へ戻る道のりのなか、ピエトロは複雑な心境でいた。

計画通りレクサスを殺害し、自分の事以外に興味を持たない父もその事についても深く追求しようとしない。

 全て予定通りに事は運んだ、しかしピエトロの心は沈む一方であった。


『これで満足か?』


 ピエトロの計画を知っていたのか、あるいは約束を果たした事に対して言ったのかはわからないが、レゴールの一言がピエトロの心に深く突き刺さっていた。


 ピエトロが部屋の前まで来ると一度足を止める、そして今の心境を悟られないように深呼吸をして心を落ち着かせると、いつもの様に笑みを作り扉を開けた。

中ではネロ、エレナ、エーテルの三人がそれぞれ待機をしていた。


「あ、ピエトロ、話は終わったの?」


 話が気になっていたのか部屋でずっとそわそわしていたエレナがピエトロに気付くと、ソファーから即座に立ち上がり、ピエトロの下まで駆け寄る。


「ああ、跡取りはテリア兄さんで問題なく決まったよ。」

「それって、やっぱり……」


 その一言でエレナの横を飛んでいたエーテルが申し訳なさそうに下を向く。


「いや、君のせいじゃないよ、多分僕が手に入れてたとしても僕が家を継ぐことはなかったしね」

「でも……」

「前にも言ったけど、元々僕は後継なんかに興味はななかったんだ、だから気にしないで。」


 俯き加減のエーテルにピエトロが笑顔で励ます。

そしてそんなやりとりをしている中でも、こちらに全く目もくれず一人本に読みふけっているネロの方を目へ向ける。


「……ネロは聞かないのかい?レクサスの事を……」

「んー、別に、大きなゴミを一つ処理しただけだろ?わざわざゴミを捨てた理由や処理方法なんかに興味なんて持たねえよ。」


本から目を離さずそう答えると、ネロはそのまま本を読み続ける。


「フフ、ネロらしいね。」

「……でもま、お前が話したいなら別だけどな」

「え?」

「どうせ、まだ気持ちの整理ができてないんだろ?話したら少しは楽になるかもしれないぜ?」


ネロからの意外な一言に少し驚きの表情を見せると、ピエトロは吹っ切れたようにクスクスに笑いだし、そのままネロが座る正面のソファーに腰を下ろす。


「そっか、じゃあ是非聞いてもらおうかな、僕のちょっとした昔話を……」

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