第72話 誤算

 目の前の最悪の状況に、ピエトロの額から汗が滲みでる。

 ピエトロは今日、この日のために一年前から事前に計画を練って行動をしてきた。

ホワイトキャニオンの調査から始まり、レクサスの動向、実験の内容、そして他の街での出来事まで事細かく情報を入手し、緻密に計画を進めて来た。


 もちろん、それは全て計画なので、上手くいかないこともあった。

 しかし、ピエトロはその計画外の出来事が起こることも想定し、予め対策を考えておき、その問題を難なく処理して来た。


 ただ、全ての出来事に対処できるわけではない。

 時にはどんなに対策を練ろうがどうにも出来ない事もある、テリアのダイヤモンドダスト引き抜きもその一つだった。

 ピエトロは上の兄弟ほどの権力は持ち合わせていないし味方もいない。自分の知識と頭で動くには限界があった。


 そして今起こった、ホワイトキャニオン内でのレクサスとの遭遇……それは最も起きてはいけない最悪のシナリオであった。

こうなることを想定するのは実に容易い、しかしこれに対する対策はどう考えても浮かばなかった。


ピエトロの考えではレクサスは跡取り争いなどには興味は持たず、ただ自分の作ったモンスターのデータ収集に没頭し、この広いホワイトキャニオンの中で出会う確率など極めて低い……そう考えて強行に踏み切った。しかしそれが見事に裏目に出てしまっていた。


「兄さん……どうしてここに?」


ピエトロは弱みを見せぬように平然を装いながら尋ねる。


「適当に至宝とやらを探しにさまよっていたら偶然・・ここに通りかかってな……そしたら、お前達を見つけたもので挨拶をしにきたのさ。」


――偶然……


その言葉に奥歯を噛みしめる。ピエトロはこの言葉がたまらなく嫌いだった。

 常に何かを考えながら動くピエトロからしたらこれほど計算のできないものはない。


「ふむ……」


 レクサスが、まるで見定めをするかのようにピエトロの横の三人を観察する。

 そして視線はエレナの持つ物に止まる。


「ほう……それが白龍の至宝か……なるほどな……。」


 エレナが持つ眩い光を放つ卵を目にするとレクサスは不気味に微笑んだ。


「さて、ピエトロよ、お前のこの企画したこの跡取り争い、もし、先に手に入れられた場合、強奪の有無のルールは決められていたかな。」


――やっぱり、そうなるか


 ここからの展開は予想通りに来ている。

 レクサスは誰が手に入れようが自分の手元に来る至宝などに興味など微塵もないだろう、ならば目的は一つ、自分達と戦う口実が欲しい。


「……無抵抗で差し出すと言うのは?」

「つまらん事を言ってくれるな、ピエトロ。お前の護衛は実力には自信があるのだろう?ならばここで成長したこいつらの遊び相手になってもらいたい。」


 レクサスの後ろから今朝に見たモンスター達が横三列に並んで待機している

 顔ぶれは朝と変わらない。四足歩行のみつ首のモンスターと下半身は像の様な脚を持つオーガ、角の生えたデイホースのモンスターは見当たらないが、恐らく馬車のとこにいるのだろう。

 しかし、そして三体目のモンスターに目を向けるとふとエレナが異変に気づく。


「あのドラゴン、今朝見た時とは形が違う……」


エレナが言うモンスターはスライムの様な体を持つドラゴン、しかしよく見て見ると確かに今朝見た時に比べて少し体つきが変わっていた。


「ほう、よく気づいたな、こいつはヒュドラといってスライムの一種でな、こいつはドラゴンに寄生する性質を持っており、取りついたドラゴンの体と力を吸収する。さっきここら辺にいた一際強い白龍がいたので新しい器を代えさせてもらった。


「じゃあ、そのモンスターは……まさか⁉︎」


 さっきまで気になっていた疑問が解けた。

 白龍の至宝は卵なだけに必ず親が存在する、そして その親こそ、白龍を統べる長であり、先代の至宝から生まれた白龍であった。そしてその実力は白龍とは比にならないレベルの強さだ。

 本来ならこの湖の付近に生息しているはずの親が先程まで見つからなかったのが謎であったが今の言葉で全てが答えとなった。


――駄目だ、強すぎる。


ピエトロの額の汗の量が増す。完全な誤算だった。白龍たちの平均レベルがおよそ三〇〇とされる中、至宝から生まれる白龍の推定レベルは五〇〇、これを倒すには大量の兵力と魔法兵器が必要となった来るだろう。

 例えネロのレベルが大きく上回っていたところで、人間と白龍のステータス値には大きな開きがあり、勝てる保証はない。

 本来ピエトロも倒す事などまったく考えておらず、出くわしたときには有効とみられる妨害トラップで切り抜けようと考えていた。

 しかしそれすらも倒してしまうレクサスのモンスターにピエトロはなす術を持っていなかった。


「エーテル、テレポの準備をお願い。」

「え?」


 ピエトロがレクサスに聞こえないように小声で隣にいるエーテルに話しかける。


「ごめん、完全に僕の考えが甘かった、ハッキリ言って兄さんのモンスターは規格外すぎる。僕が頑張って時間を稼ぐからその間に――」

「その必要はねえよ。」


 ピエトロの言葉を遮るようにネロが横から口を出す。


「いいじゃねぇか、強くなったら色々と試したくなる気持ちはよくわかる、せっかくだし付き合ってやるよ。」


 ネロが指を鳴らしながら不敵に笑う。


「ほう……お前とはなかなか気が合いそうだな。」

「だ、駄目だネロ!このモンスター達は普通の敵とは訳が違う。低レベルから白龍を倒す実力に、恐らくここまでの間で更に成長しているはず、生身の人間が倒せる相手じゃない!」


 平然を装い続けてきたピエトロが思わず感情むき出しで止めに入る。


「こうなったのは僕の浅はかな考えのせいだ、これ以上・・・・僕の計画で犠牲者を出させるわけにはいかない、だから――」

「問題ねぇよ、勝ちゃいいんだから、それにこいつには色々と聞きたいことがある。」


 ネロの言葉に思わず目を丸くする。


「勝ちゃいいってそんな簡単に……」

「安心しろ俺はお前が考えてるより百倍強え、お前はエレナとエーテルを連れて森に隠れてろ。」

「でも……」

「なんだ?人に信じろとか言っておきながらお前は俺のことは信じられねぇのかよ?」

「それは……」


 一歩も退こうとしないネロの態度と言葉にピエトロは次第に言葉を失っていく。そして諦めをつけると、そのまま後ろへ下がる。


「……わかった、負けないでよ?」

「負ける理由が見当たらねぇよ。」


 最後まで強気な態度のネロにその場を託すとピエトロはエレナ達を率いて森へと下がって行った。

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