第70話 ヒューマノイドボム

 エレナの質問に、前を行く二人が足をピタッと止め、後ろにいるエレナの方に顔を向ける。

 その場の空気が一変して、重い空気が流れ始める。


 その一件については他の者も気がかりではあったが、エレナを気にして触れようとしなかった。

 しかしその話をエレナ自身から切り出してきた、恐らくエレナ自身もその事をずっと考えていたのだろう。


 ピエトロはエレナを暫く無言で見つめていた。

 それに対してエレナも目を逸らさずピエトロを見つめ返す、暫く見つめあった状態が続いた後、そっとピエトロが口を開いた。


「……世の中には知らない方がいい事もあるんだよ、これも恐らくその一つ、本当に聞きたいの?」


ピエトロの問いかけにエレナが一瞬、怯み反射的に視線を逸らす。

恐らく脳裏に数日前の光景が浮かんだのだろう。

目の前で残虐な光景を目の当たりにしている分、その動きは当然といえば当然である。しかし、すぐさま再びピエトロを力強い眼差しで見つめた。


「うん、お願い。」

「……本当にいいんだね?」


 ピエトロが念を入れて尋ねる。

 恐らく、それほどの内容なのだろう。

目の前で人が殺され気絶しまうエレナにとっては特に。

しかし恐怖より正義感が勝ったのかエレナは今度はしっかり見つめたまま強く頷いた。

それを見たピエトロもエレナの覚悟を受け取ると、観念したようにため息を吐いた。


「わかったよ……そこまで決意が固いならなら答えなきゃね、この争いに加担している以上君達には知る権利がある。ただ他の人は聞きたくないなら耳を塞いでるといい、聞けば全てのものに疑いを持つことになるよ。」


ピエトロが改めて全体に警告を促す、聞けば疑心暗鬼になると言う、ブルーノ家の研究。しかし、幾多の戦いを経験しているネロや生存競争に負け続けた歴史をもち、常に死に覚悟を持っている妖精のエーテルはそれをすんなり受け入れた。


「そっか、じゃあ話そうか……君達も知っていると思うけど、ブルーノ家ではキメラの実験だけでなく、人間を使った人体実験が行われている、複数の種族の遺伝子を胎児に組み込み、種族の混ざり合った子供を作ったり、モンスターの頭に人間の脳を移植させたり、人間とモンスターで合成して作る人間キメラ、他にも様々な実験が行われている。」


淡々と語るピエトロの内容に早くもエレナの表情をは険しくなる。恐らくこれもほんの一部、きっと中にはもっとえげつない内容もあるのであろう。


「そして今、父と兄たちが力を入れているのが人間で作る生きたボム『ヒューマロイドボム』の実験さ」

「……え?」

「ヒューマロイドボム?」

「人間で作る?なに……それ」


 ピエトロの口から出た聞いたことのない言葉に三人が思わず言葉を漏らした。


「ボムのことは知っているよね?爆裂魔法が封印された魔法道具のことで相手に投げつける事で爆発するアイテム。それを人間を媒介で作るのさ。」


――ボムを人で作る?何を言ってるんだこいつは?


話を聞いたネロが、出てきた率直な言葉だった。それくらいしか言葉が出てこない。


「ヒューマロイドボムは子供が胎内にいる間に爆裂魔法の封印を施し、そのまま産み普通の子供として育て、時が来たらカギとなる呪文を唱え子供もろとも爆発させる操作式の自爆人間さ。主な特徴としては、胎内にいる時に術式を施すことによって、本来封印を施した時に浮かび上がる呪印が、子供の体内に現れるから、外見からでは確認ができないことだ。そして、その施しをされていることは本人にも分からないから、爆裂魔法を封印していることは施した人物しかわからない。普通の人間との見分けが全くつかないんだ。」


――見分けがつかない……


その言葉を聞くとネロの体にゾッと悪寒が走る。


 それはつまり、誰がそのヒューマノイドボムか分からないと言うこと、もしそんな人間が一人でも国に紛れ込んで爆発でもすれば、その国の人間は一気に他にもいないかを周りを警戒し始めるだろう。他国の商人から周りの友達、恋人、家族、もしくは自分かもしれない、全てにその可能性があり、調べる方法はない。国中がパニックになるだろう。


「そ、それは名のある魔術師とかなら探知魔法があるんじゃ……」

「これがヒューマロイドボムの最も恐ろしいところさ、胎児のいる間につけることで施す事でスキルでも、状態異常でもなく、オーマ族の目のように特徴としての扱いになるんだ」

「……それって、もし分かれば解く方法はあるの?」


その質問にピエトロは弱々しく首を横に振る


「そんな……」


 話を聞いたエレナとエーテルは今にも倒れそうなほど顔面蒼白となる。

もし、そんなのが完成したら国中……いや、世界中が誰も信じられない疑心暗鬼の世界になってしまう。


「まあ、普通はそう言う反応になるよね、ならないのは人を人と思っていないどこかの貴族くらいだろう。


 皮肉を交じえて小さく笑うが、話したピエトロからも誰から見ても分かるほどの怒りが満ち溢れていた。


「その爆弾はもう作られているのか?」

「……これに関しては分からないんだ、極秘の実験みたいで当事者の父と兄しかわかっていない。僕も、その情報を、調べるのが精一杯だったよ。」

「……ならそれは、お前がこの勝負に勝てば止まるのか?」


 その質問にピエトロの次の言葉が出るまでに小さな間が空いた。


「さっきも言ったけど僕に絶対はない、僕は僕のできる最大限の努力をしているだけさ、ただ正式な後継者となれば実験室を行き来できるようになるからね、そしたら実験を阻止することができる」


 ピエトロのその言い回しがネロには少し引っかかった。

 彼の言いぐさはまるで、とってつけたような言葉に思え、この争いは口実で本当の目的が別にあるようにも思えたがネロは何も聞こうとはしなかった。

 ピエトロが人々のために動いている、それだけはわかっていたから。


「そっか……なら、とっとと行くか、それだけは絶対止めないとな」


ネロの言葉に皆が大きく頷くと四人は再び歩き始め、湖へと足を進めて行った。



――ホワイトキャニオン岩山


「つまらぬ、プリズメントマフィアスドラゴンとはこの程度のものだったのか?」


ネロ達が歩く森を囲む岩山の頂上付近にレクサスはいた。

 三つ目のデイホースが引く馬車に座り、頬杖を突きながら冷めた目で辺りを見回す。

 周りには引きちぎられ、溶かされ、殴り殺された白龍達の死骸が無残に転がっていた。


「いや、こいつらが強いだけか。」


 そして今度は少し笑みを見せながらじぶんの作った合成獣達に目を向ける。

 合成獣たちは習性により襲い掛ってくる白龍達を次々といたぶり殺し続ける。

最強の硬さを誇ると言われている白龍の体すら、その合成獣達の前ではただの石ころ程度の硬さだった。


「しかし、父上の考えることはわからぬな、これほどの合成獣を作れるのにも関わらず、まだ過去の産物に執着するとは、スカイレスとはそれほどの強さなのだろうか?」


 レクサスが疑問を投げかけるのは父レゴール・ブルーノが今行っているバルオルグスの復活作業

物語では大国を亡ぼすほどの力を持っているドラゴンで、もし手に入れられたら帝国を征服することなど容易くできるだろう。

 別に復活させることに不満はない、ただ気に入らないのはそれをたった一人の騎士を倒すためだけに復活させようとしていることだった。


「……まあいいさ、さて、データも取れたしもうここに用はないな。早くボムの実験の続きを……」


 そう呟き、その場から離れようとしたところでふと立ち止まる。


「いや、そういえばここにはまだ貴重なサンプルたちがいたな……折角だ、こいつらのデータ採取に手伝ってもらうかな。」

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