第69話 バルオルグス

「ここまでは順調だね。」


 色鮮やかな森の中を先頭を歩くピエトロが呟く。

ネロ達が森に入ってからそれなりの時間は経ったが今のところ特に大きな問題は起こっていない。


今までに現れたモンスターはこの場所のメインとなる白龍が数体と、森に生息しているエンペラーウルフや、大怪鳥ヤタガラスといった大型のモンスターが数体。第一級危険地帯なだけあって白龍以外のモンスターも高レベルではあったがネロが難なく処理し、進んでいる。


ただ少し気になるとしたらエレナの様子だろう。

話しかければ明るく答えてくれるし、普段と変わらない様に振舞ってはいるが時折考え事をしているのか、上の空になっているのが見受けられる。

そして一番気になっているのはモンスターへの反応だ。

周りがドン引きするほどモンスターに目がないエレナが、普段目にできることのないモンスターを見ても興味を見出さず、倒した後も調べようとすることはしなかった。

ネロとエーテルもそのことに気がついてるものの、エレナが普通に振舞っている以上、その事には触れようとはしなかった。


「それより、目的地の湖までは後どれくらいなんだ?」

「もう少し先だね、まあ兄さん達よりは確実にリードしてるから焦らなくてもいいよ、白龍の襲撃も徐々に減ってくるだろうからゆっくり進んでいこう。」


 ネロ達が向かっているのは、ホワイトキャニオンの中心部にあると言う大きな湖。

 ピエトロの予想では十中八九そこに至宝はあると考えているようだが、そこの水は透き通り過ぎて、水がないように見えるほど綺麗な湖で、ネロはそんなに綺麗な水なら隠せないのでは?と疑っている。


その意見を言ってみるとピエトロからいる根拠として白龍の性質、湖のデータ、地形からの予想を事細かく長々と説明され、終わるころにはネロは疲れ切って、反論する気力を失っていた。


ネロ達はピエトロに先導されながら道を進む。

 ピエトロの言う通り、初めに来た頃に比べると白龍が襲ってくることがだんだんと少なくなってきている。

 何度も投げ飛ばされたことで勝てないと学習したのか、もしくは先程から戦闘音が聞こえてきているので恐らくそちらの方に回っているのだろう。

 白龍は同胞の死臭に興奮作用を持ち、嗅ぎつけると凶暴化してその匂いの染み付いた相手に襲いかかる習性がある。

こちらは一度も殺してはいないが、他のパーティーは恐らく殺したと見られ、白龍達が二つの場所に目がけてどんどん飛んでいくのが見えた。


 ピエトロは自分で言った言葉の通り、風景を楽しみながらゆっくりと森を歩いている。

周りにある木は一つ一つ色が違い、色鮮やかで、見ているだけでも面白みがあり、実っている果実も非常に珍しいものばかりで、食べても味は絶品。流石楽園と言われるほどのことはあった。


「なあ、そういえばひとつ聞きたかったんだが……」


 果実を一つ手に取り、食べ歩くネロが、ふと思い出したようにピエトロに尋ねる。


「どうして、わざわざ俺達に護衛を頼んだんだ?あのブタにあいつら引き抜きされることも分かってたんだったら、事前に別のSランクパーティーに頼むこともできたんじゃねぇの?」


 ネロからの質問にピエトロは少し嬉しそうに微笑むと、横に小さく首を振る。


「それは違うよ、別にわかっていたわけじゃない、あくまで予想だよ。僕の頭をそこまで評価してくれるのは嬉しいけど、僕は予知ができるわけじゃない。僕のは予想、推測だから、外れる可能性だって十分あるんだ。そしてもし予想が外れて二チームに護衛を頼んだらいろいろと問題が起っちゃうからね」


ピエトロの説明を聞くとネロは理解する。


 Sランクパーティーは国に三つしかないパーティーだ。

 そんなギルドの大戦力を一人に二つも独占されるとギルド的にも困るのだろう。


――でもそんな事、ブルーノの名を使えばなんとでもなりそうだけどな


「理由はそれだけじゃないよ、Sランクのパーティーって言ってもいろんなパーティーがいるからね。」


ネロの頭を読み取るかのようにピエトロは、ネロが浮かんだもう一つの疑問についても語り始める。


「知っているとは思うけど、アドラー帝国のSランクパーティーは全部で三チームある。十人の戦士で組まれたチームの『ナイツオブアーク』、パーティー名の通り全員がオーマ族の『オーマ卿』、そして特に縛りのない自由気ままなパーティーの『ダイヤモンドダスト』。でもナイツオブアークはほとんど帝国直属のパーティーみたいなもので常に帝国のために動いている。オーマ卿は裏で黒い噂も多いパーティーだからあまり信用できない、結果的にダイヤモンドダストしか選べなかったってことさ」

「で、あらかじめ予想していた通り、引き抜かれたと……」


ネロに痛いとこを突かれると、ピエトロは少し自嘲気味に笑って見せる。


「……まあね、残念ながら僕は予想することは出来てもその全てに手を打でるほどの力はないよ、僕にもう少し力があれば、グリフォンの一件もどうにかできたかもしれないしね……」


 そう言ってピエトロは少しうつむき加減になる。


 グリフォンの一件……一か月前にいた街でネロが受けたグリフォン討伐の依頼だ。

 ランクは決して高くはないCランクとされていたが、実はそのグリフォンはブルーノの家から逃げ出した合成獣キメラであり、実力はCランクでは太刀打ちできないモンスターだった。

 しかし依頼書にはそんなことは一切かかれておらず、何も知らない冒険者が討伐しに行き多大な被害や犠牲者が出ていた。

その事にピエトロも責任を感じていた。


「じゃあ、私からも質問!」


 このしんみりした空気を察してか、もしくはただ鈍感なだけかはわからないが、エーテルがエレナのポケットから元気よく手をあげる。


「ピエトロがお父さんとしたって言う交換条件ってどう言う話なの?」

「あぁ、それは確かに俺も気になっていたな」


 話によれば、父親であるブルーノ公爵も、実験を繰り返しレクサスはその手伝いをしている形になっているらしい。

 自分の意思を継げる正当な後継者がいながら、その話を白紙にするほどの条件とは一体なんなのか。ネロも興味津々だった。


「ああ、そのことか、別に大したものじゃないよ、僕はただ跡取りを白紙にするのと引き換えに教えただけさ、バルオルグスの復活方法及び制御方法をね」


「「……」」


当たり前の事のように淡々と語ったピエトロだったが、ピエトロの話にまたしてもこの場が一瞬にして凍りつく。


「バ!バ!バルオルグスゥゥゥゥ⁉︎」


 そして、一瞬の間が開いた後、エーテルが先ほどあげた悲鳴に負けないくらいの大声で驚きの声をあげた。

ネロもなんとか出かかった声を止めたが、驚きの表情は隠せないでいた。。


 『バルオルグス』……三英雄物語という伝説と語られる話の一つ『龍殺しの剣』で出てくるドラゴンの名前だ。


 龍殺しの剣はある日、突如アムタリアに現れた二つ首のドラゴン、『バルオルグス』によって国を滅ぼされた主人公ジーザスが仲間たちと旅をし、龍殺しの剣を作りバルオルグスを倒すという内容の話だ。


 期待通りだった反応にクスリと笑うと、ピエトロは小さく頷ずいて肯定する。


「で、でも、バルオルグスって言うのは、数百年前にその英雄ジーザスに倒されてるじゃない!」

「そう、確かにバルオルグスは倒された……物語の中ではね。」


 意味深そうにピエトロがつぶやくとネロが、眉をしかめる。そして、その、表情を見て再びクスリと笑って見せるとネロに問いかけた。


「ねえ、君達は伝承や神話とこの三英雄物語の違いって何かわかるかい?」

「え?」


不意にされた質問に言葉が詰まる。

 確かにそう言われると疑問に感じる。

 この世界に古くから伝わる英雄伝説や伝承の話は数多くある、しかしこの三英雄物語だけは他の話とは違い、物語として別枠にされている。

 そして、その答えをネロが回答する前にピエトロは話を進めた。


「伝説や伝承というのは後世からずっと残され伝えられてきた本当の話の事、そしてこの三英雄物語というのは過去の話を元に人々が作った作り話の事なんだ」

「え?でもあれも実話でしょ?」


 それについては三人は嫌というほど知っている。

 エレナは三英雄物語の一つ、『ヴァルハラの大決戦』の主人公エドワード・エルロンのパーティーの一人、セナス・カーミナルの子孫だ、エーテルの母親である妖精の女王もエドワードとは顔見知りらしい。


「そう、その話や出てくる登場人物に関しては実在した話さ、でも、全ての内容が本当の話ではない。あれは他の伝説と同じく語り継がれてきた話に少し創作が入れ込んであるんだ。話がつまらなかったらかなのか、もしくは自分達に都合が悪い内容からなのか……理由はわからないけどね」

「で、その創作された内容ってのが、龍殺しの剣では、バルオルグスは倒したのではなく封印されたって事なのか?」

「それだけじゃない、物語ではバルオルグスは突如現れたとされているが、実際はかつてあった魔法大国テスが世界を掌握するために魔界から無理矢理召喚したモンスターだったんだ、まあ、制御しきれずに滅ぼされてしまったみたいだけどね。」


 淡々と聞かされる話の知られざる真実にネロ達はただ唖然としている。


「そ、そもそも、ピエトロはなんでそんなこと知ってるの?」

「テスは元々イスンダル大陸にあったからね、かつての研究の事が書かれた古代文章が残っているのさ、厳重に守られてるし、古代文字で書かれているから読める人は限られているけど、そこは僕の知識とブルーノの家柄に感謝だね」

「ていうか、そんなこと教えて大丈夫なのか?」

「リスクは重々に承知さ、でも何かを得るためにはそれに対する代価を支払わないといけない、僕にとってはそれくらい大事な事なんだよ、この争いは……それにバルオルグスの復活とその制御アイテムを作るのに必要なものはそう簡単に手に入る物じゃないしね。」

「……ちなみにそれってなんなの?」

「封印を解くのに必要なのは今集めてる、白龍の至宝と龍神王の心臓、アイテムを作るにはアルカナと王者の牙、そして賢者の石と国宝級のものばかりだよ。」


――アルカナ……


 聞き覚えるのある名前にネロの頭に一瞬不安がよぎるも、すぐさまその考えを振り払う。


――ま、まあ他のアイテムもそう簡単には手に入らない物ばかりだしな、ないない


ネロは心にできた不安をそっと隅に追いやった。


「他に何か質問はないかい?」


 一通り話し合えたピエトロが他の質問を問いかける。

 すると今まで会話に入ってこなかったエレナが、少し考え込んだ後、そっと手を挙げた。


「ねえ……じゃあ、一つ聞いていい?」

「何かな?」

「その……レクサスは妊婦の人達を集めて何をしようとしているの?」

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