第64話 跡取り争い


 ネロは混乱していた。

 今、目の前にいる少年ピエトロは、まだ出会って数分しかたっていない。


 なのに、ピエトロはネロの名前、性格、だけでなく身内くらいしか知らないはずの、規格外のレベルのことすら知っている。

 勿論、何一つ教えたつもりはない。


 名前は聞いていたかもしれないが、自分のレベルが一〇〇〇を超えてるなんて話はした覚えもないし、知ってるのはほとんどいない。

何より、普通は誰も信じないだろう。


「お前……なんでそこまで知ってるんだよ」


 この言葉が出てくるのは当然だった。


「タールでのグリフォンの事は知っているよね?」

「ああ……」


 先月自分が討伐したモンスターだ、勿論知っている。

 知ってる事を前提で、聞かれていることが少し気になったが、いちいち考えていたらキリがないので突っ込まない。


「あれはね、元々僕が、父の出したギルドの依頼とは別に、ダイヤモンドダストのリーダー、リグレットに討伐の依頼していたんだ。けど、こちらの事情で急遽できなくなってね。その際、リグレットが代わりの人に討伐を頼んだのらしいのだけど、その頼んだ相手はレベルチェッカーの表示がゼロとでたらしい、レベルチェッカーは基本人間用にしか作られてないから測れるレベルは一〇〇〇までなんだ。」


――やっぱそうだったんじゃねえーか!


 ネロが当時それを言おうとしたところで、馬鹿にされた事を思い出し、再び怒りが込み上がる。


 よくよく考えれば表示されない事だっておかしい事ではない 。

レベル一〇〇を超えれば、化け物扱いされる中、レベル一〇〇〇なんて測れる必要なんてないだろう。


「そしてそれがゼロを示したと言う事は、その相手のレベルは一〇〇〇を超えているのだろう。それでその人物のことを調べるためギルドに問い合わせたら、どうやらギルドには所属していない人らしい。その人物はギルドに登録していないのか、登録できないのか、僕は後者だと考え、そうなると他国の人の可能性が高いと考えていたところ、ちょうど先ほどのいざこざの話を耳にしてね。君じゃないかと思ったんだ。」


ピエトロの話を聞き終えると、ネロはしばらく俯き考え込む。


確かに 話を聞けば納得はできる。

しかし何故そんな考えにたどりつくのかが、ネロには理解できず、再び混乱し始めていた。


――つーか、こいつ、なんつー頭してんだよ。


考えれば考えるほど混乱していくことに気づくと、ネロは一度小さく息を吐くと深く考えることをやめた。


「まあいいわ、で、その依頼ってのは……ん?」


依頼の事を尋ねようとしたところで、ネロのポケットがうっすらと輝いていることに気づく。

中を探ってみると、ボイスカードの呼び出しのサインである青白い光を放っていた。


ネロはピエトロに一度断りを入れると、ボイスカードを起動させる。


「俺だ、その声はエーテルか、どうした?……何⁉エレナが⁉︎」



――

エーテルに呼び出された場所である、商業地区にある診療所にピエトロと一緒に向かう。

そこに行くと医者と見られる男とベットに眠るエレナを心配そうに見つめるエーテルの姿があった。


「エレナ⁉︎」

「大丈夫、少しショックを受けて気絶しているだけさ。時間が経てば自然と起きるよ」


眠るエレナに動揺を見せるも、医者の言葉にネロはそうか、と呟き落ち着きを取り戻す。


「何があったんだ?」

「あ、うん、実は……」



――

「……成る程な、お前らも出会ってたのか」


事の経緯をエーテルから聞いたネロが深刻な顔を浮かべる。まさか二人がそれぞれ別々のブルーノ家に出くわすなんて思いもしなかった。


「しかし、こっちのブルーノも気違いじみてやがるな」

「レクサス兄さんはテリア兄さんとは比べ物にならないほど危険な思考の持ち主だよ。身分、種族関係なくこの世のあらゆるものを全て実験材料と考えている、二人が目をつけられなくてよかったよ。」

「実験材料……」


自分も平民を家畜と考えていたが、流石に実験材料などとは考えもしなかった。


「ところでそっちの人は?なんかすっごい美少女じゃない。」

「バカ、こいつは男だよ」

「初めまして、ピエトロ・ブルーノです。」


 真剣な表情を一度隠し、爽やかな笑顔で挨拶をするが、ピエトロの姓を聞いた途端、エーテルが大慌てで姿を隠すと、その笑顔が苦笑へと変わる。


「怖がらなくていいよ、僕は兄さんたちとは違うから。」

「ま、こいつはいろいろあったところを助けてくれたやつだ、多分大丈夫だろう。」


ネロの言葉を聞くと、エーテルが警戒しながら再び姿を現す。


「ホントに?ならいいけど、私はエーテル、そんでこちらで眠ってるのはネロのフィアンセのエレナよ。」

「へぇ、フィアンセなんだ」


――フィアンセ……


 今まではっきり言われた事のなかった言葉を改めてはっきり言われると少し恥ずかしさがこみ上げてきて、ネロは不意に話を逸らす。


「そ、そういえば、依頼ってなんだよ?」

「あ、そうだったね、実はエルドラゴ伯爵の腕を見込んで――」

「ネロでいい、エルドラゴ伯爵なんて呼びにくいだろ。」

「そうかい?じゃあ、遠慮なく、実はネロ、君にはホワイトキャニオンでの護衛を頼みたいんだ。」

「ホワイトキャニオン?」


 初めて聞く名前の場所にネロは眉を顰める。


「そう、ホワイトキャニオンはセグリアの近くにある谷でレミナス山と同じく第一級危険区域に認定されている場所さ。そこには大量の白龍が生息しているんだ。」

「白龍……」


――……


いつもならここでエレナから解説が入るところだが、あいにく今は眠っているので、会話が一旦途切れる。

そして知らないと察したピエトロが再び口を開く。


「白龍はドラゴンの中でもトップクラスの硬さの皮膚を持つドラゴンで、平均レベル二〇〇越えの文句なしのSSランクのモンスターだよ。繁殖率も高く、非常に危険なモンスターだが、基本は縄張りにさえ入らなければ襲われることはない。」

「で?その縄張りに入るための護衛をしてほしいという事か」


ピエトロがコクリと頷く。


「なんでそんなところにわざわざ行くんだ?」

「実は近々そのホワイトキャニオンでブルーノ家の後継をめぐっての争いが行われるんだ」

「後継って……長男がいるならそいつで決まりじゃないのか?」


基本貴族の家の後継は事情がない限り、長男で決まる。

家柄の風習などで試練などならわかるが、それにしては場所が危険すぎる。


「普通は、ね……そこは僕が少し父と交渉したんだよ、ちょっとした取引をして」


 後継争いは交渉なんかで、考えが変わるほど単純なものじゃない。

 しかし、ピエトロの頭ならそんな常識を覆してもおかしくない、そこまでピエトロの頭を評価していたネロは、その話をなんなく受け入れた。


「まあ、その交渉した甲斐もあって、後継が白紙になってね、次の後継は白龍の至宝を持ってきたものに譲られることになったんだ。」

「白龍の至宝?」

「簡単に言えば、白龍の卵さ、でもただの卵じゃない、数百年に一度、稀に生まれてくる卵で、他の卵なんかよりも精度も高く、生まれてくる子も比にならないほどのステータスを持ってるんだ。」


――なるほど、それが目的か


 現在のブルーノの当主も国に対抗するためにキメラの研究を行っていると聞いている。

 きっとピエトロはそこをついてこの話を持ちかけたんだろう。


「本来はダイヤモンドダストに護衛をお願いしてたのだけど向こうの都合上、断られてね、レベル二〇〇越えのモンスターを倒せる人なんて世界中探してもなかなかいないから、ハッキリ言って、かなり大ピンチなんだ。」

「他の二人はいるのか?」


不意に思った素朴な質問を投げかけると ピエトロは肯定するも何故か苦笑を見せる。


「とにかく、もしこのまま兄さんが跡を継げば家は更に酷くなるし、もし僕が後を継げばある程度は今の状況を止めることができる、だからこの争いにはどうしても勝たなければならない。どうだろう、護衛をお願いできないだろうか?」


 ピエトロの依頼に少し考え込む、 先程の話を聞いてもレクサスという男は放っては置けないし、報酬も出るなら断る理由もない、ネロからしてみればレベル一〇〇も二〇〇も変わらない。ただ、一つ気がかりになるところがあった。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「何かな?」

「この件、もし、約束が守られなかったりしたらどうするつもりなんだ?」


 そう、この話には約束が守られる保証なんてない。

もし仮に勝っても約束が守らなければ、その白龍の至宝がブルーノの手に渡り、更にレクサスが後を継いでしまう。そうなったら最悪の状況だ。


 ネロの質問にピエトロが一瞬沈黙する。

 今までスラスラと答えていたピエトロにしては少し不自然にも思えてしまう。

そして一瞬の沈黙が訪れた後、ピエトロが真っ直ぐこちらを見ながら口を開いた。


「……大丈夫、僕を信用してほしい」


――信用してほしい……か。


 根拠も推測も何もない、今までとは違う、締まりのない答え。

しかしピエトロから初めて聞いた人間らしい言葉に、ネロは依頼を受けることを決めた。


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