第63話 推測

「ピ、ピエトロ様⁉」

「ピエトロ……一体どう言うつもりだ?」


 二階から手すりをたどりながらゆっくりと降りてくる少年に、先ほどまで勝ち誇っていたテリアと執事が焦りと険しい表情を見せる。


「どういうつもりって、証人が必要って言ってたから僕が証人になろうと思っただけだよ。」

「し、証人になるもピエトロ様は今日は屋敷の自室にいたはずです、どうやって証言しようというのですか?」


 執事の言葉にピエトロと呼ばれた少年がクスリと笑う。


「僕が家にいたという証拠はあるかい?兄さんは街に出ていたし屋敷の者たちとも今日は顔を合わせてはいない、部屋の窓から外に出たかもしれないよ?」


 そう言われると、執事は口を閉じてしまう。


 どうやらこの女性のような少年は理由はわからないが自分を助けようとしてくれるらしい。

 ただ、こんな人物があの場にいればネロも気づくだろうし、恐らく嘘だと思われる。

 しかし助けようとしてくれるならそれを邪魔する理由もない。

 ネロは少し状況を見守った。


「わ、わかりました……なら、そこまで言うのなら今回の一件の経緯を教えてもらいましょう」

「言っておくが、少しでも内容と食い違いがあれば、即刻嘘だと認定するからな。」


――ならさっきの奴らは嘘確定だな。


 テリアの言葉にも自信の表情を崩さず頷くとピエトロは丁寧に説明し始める。

ネロも間違いがあった時にすぐに手助けできるようにと、ピエトロの話にしっかり耳を傾ける。


「ではまず、きっかけはテリア兄さんが彼を呼び止めた事から始まった。理由は彼の肌の色、兄さんは彼の褐色肌を罵り、謝罪を要求したのです。」


――うん、合ってるな


 ピエトロの説明に間違いがないかを確認すると、ネロはうんうんと頷く。


「いつもなら、誰も兄さんに逆らうことのなく、その場で頭を下げる、しかし今回の彼は意外にもそれを拒み、それだけでなく兄さんに失辣な言葉で言い返した。予想していなかった言葉に兄さんは激しく激怒し、さら怒り狂った兄さんは持っていた猛火の杖で、彼だけでなくこの街ごと吹き飛ばそうとした、そして彼は止めが入り、そしてその兄さんの行動に対する防衛として、兄さんを殴り飛ばしたのです。」


……完璧だった。


「な、なるほどです、しかし猛火の杖をどうやって止めたと言うのです?」

「そ、そうだ!あの杖は超級魔法が封印されてある、もし俺が杖を使ったというのなら、どうやってあんな魔法をどうやって止めたと言うんだ!」


 そう、問題はここからだ、ネロは魔法を手で覆って防いだ。

 しかしこんな芸当その場にいた者でも信じられないほどの離れ業だ、これは本当に現場で見ていたものにしかわからないだろう。

しかしピエトロはその問いに対しても、一度クスッと笑うと、迷いなく答えた。


「手で止めたのです。」

「な、何をバカなことを!猛火の杖は古来の大魔導士、エリザードが封印したとされる超級魔法が封印されていたのです、それを手で止めるなどと」

「では兄さんの杖を見せてください、あの杖は一度使うと、力を使い果たし、朽ちてしまうはずです。もし使っていないというなら持っているはずですよね?」

「そ、それは……」


 その言葉にテリアは黙りこむ、もうテリアの手元にその杖はない。

反論ができずに執事共々言葉をなくすと、

 その様子を見て、ピエトロはまたクスリと笑った。


「……ちっ、まあいい、いいかピエトロ!俺が後継になったあかつきには、お前をこの家から追放してやるからな!覚悟しておけ!」


 テリアが怒りにぶちまけ、周りに当たり散らしながら、その場を後にする、その後つられるように他の者達も解散しその場にネロとピエトロだけが残っていた。


「さて、どうだろう、せっかくの機会だし少しお話しないかい?」

「え?あ、ああ」

「じゃあ、僕の部屋に行こう」


 不意に誘われ、思わず承諾すると、ネロはそのままピエトロの後について行った。


――

 ピエトロに連れられた部屋に入ると、ネロは部屋全体を見渡す。

 大貴族にしては、中は貧相ではないが豪華でもなく、中央にソファーと、テーブルが並べてあるだけで、めぼしいものは何もない。

 部屋の壁際にはたくさんの本棚が並べてあり、窓際にある机には大量の本が詰まれて、自室というより書斎の様だった。


「適当に座ってよ、今お茶入れるから」

「お前がいれんの?」

「ああ、お茶を入れるのは僕の趣味みたいなものでね、いろいろな場所からお茶を取り入れては、自分でおいしいお茶の入れ方を研究したりしてるんだ、今じゃ家のメイドよりはうまく入れれる自信があるよ。」


 少し得意げにそう答えると、ピエトロは早速お茶を入れ始める、とりあえずネロは前にあるソファーに腰を掛ける。


「さっきは助かったぜ。」

「ううん、どうせ、原因は兄さんだと思ってたからね」


 楽しそうに紅茶を入れながら答えるピエトロの姿をネロはまじまじと見る。


「……しかし、近くにいたなんて、全然気づかなかったなぁ。」

 

 これほどの美少年が近くにいたのなら見栄えうつりするはず、いったいどこにいたというのか。

 ネロがそうポツリと呟くように言うと、ピエトロはその問いに対してクスリと笑った


「いや、僕はずっと家にいたよ、アレは嘘。」


――は?


「いや、だって、さっき完璧に証言してたじゃねぇか?」

「あれはただの推測だよ。今までの情報を照らし合わせてのね。完璧だったのなら僕の推理力も捨てたもんじゃないね。」


 いや、そんなレベルではない。

 当時の状況は周り全員が口を封じられて、情報なんて何も入ってなかったはず。なのに何一つ曖昧な部分もなく説明できるわけがない。


 未だに信じられずにいるネロに対し、ピエトロが、その推理に関しても一つずつ説明していく。


「テリア兄さんは人を虐めるのが大好きでね、いろんな人を見かけては、よく虐めているんだ。それでもし兄さんが君に目をつけるとしたら的にするのはその肌、もしくは白髪かなと思ったんだ。少し異質に見える褐色肌と、綺麗な白髪、的になるとしたら肌の方だろう。そして、次に先ほどのやり取りを見て君の性格はかなり強気だと考え、絶対に頭を下げないと思ってね。そうなると兄様と衝突するのは必然、兄様が杖を持っているのも知ってたし、怒って杖を使おうとするのも予測できた、皮肉にもテリア兄さんはあれでも僕の兄さんだからね、あの人の事なら嫌でも把握しているよ。」


 ピエトロの話を聞いたネロはポカーンと口を開けたまま固まっている。

 あんな些細な部分でそこまでわかってしまうのかと、しかしその話だけでは分からない部分もある。


「で、でもどうして杖を手で防いだってわかったんだ?」


 超級魔法は街一つ一瞬で破壊するほどの威力がある。

 それを手を防ぐなんって見ていた者でも信じられない事を予測できるなどまずありえない。

その質問には笑みを浮かべていたピエトロも少し驚いた表情を見せる。


「え?あれ合ってたんだ?あれはまあ、半分勘みたいなものさ、この国を旅しているのであればブルーノの名は一度は聞いたはず、それなのにそんなに態度を崩さす強気になれるのには何か理由があるはずと、例えば互角の権力を持っているとか、もしくはブルーノ家を敵に回しても勝てるほどの実力があるとかね。……まあ、今考えたらおかしくもないか、レベル一〇〇〇を越えている君ならね。」


「……え?お前、なんでそこまで。」


 ピエトロの最後の言葉にネロは思わず目を細める、そしてそんなネロを見てピエトロは悪戯っぽく笑う。


「やっぱり君だったんだね、改めて、自己紹介をしよう。僕はピエトロ・ブルーノ。ネロ、ティングスエルドラゴ伯爵に是非依頼をお願いしたい。」

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