第65話 ホワイトキャニオン

 セグリアの町から東におよそ二〇キロ離れた場所にある峡谷、ホワイトキャニオン。


 付けられた名称とは裏腹に、荒れた荒野にある峡谷の奥には、まるで岩山にに守られるように緑豊かな大地が広がっていた。


 生えてる木には季節気候問わず様々な果物が実っており、中心部にある湖の水は目に見えないほど透き通っていて、万病にも効くと言われている。そして地下には金やダイヤといった膨大な資源が眠っていると言われている。


 そう、そこには楽園があった。


……しかし、それはは人々のための楽園ではない。


 その場所を住処にしているモンスター

 プリズメントマフィアスドラゴン。


 白銀のような白い鱗を持ち、その白く美しい姿から通称白龍と呼ばれており、平均レベルは二三〇を超えている討伐ランクSSのモンスター。

 普段は縄張りから出ることはないが、自分達の縄張りに入る者には容赦はしない


 レベルが一〇〇を越えれば化け物扱いされる人間のレベルのおよそ二倍の平均レベル。

 一匹倒せば英雄扱いされるモンスターがここにはおよそ八〇体生息している、この場所を人が足を踏み入れる事はほぼ皆無であった。


 その谷は白龍達の物。

その事からホワイトキャニオンと呼ばれていた。


 そしてそんな白龍が溢れかえる危険地帯らくえんを岩山の上からガゼル王国元兵士であるミーアとレミーが眺めていた。


 二人がいる場所は白龍達の縄張りの範囲内。

 しかし、二人は襲われる気配は全くない、正確に言えば存在を白龍達に気づかれていなかった。

 そしてそのことを確認すると、レミーは小さく息を吐きとほっと胸をなでおろした。


「……どうやら、白龍達ははこちらに気づいてないようです。」

「流石、ギンの念の入った護符です。完全に気配が消えてますね、これなら作戦を実行できそうです。」


 手に持つ青白いオーラを放っている護符を見て、小さく笑うミーア。

 しかしそんなミーアとは対照的にレミーは、その言葉に少し浮かない顔を見せる。


「しかし……彼等がここに訪れる情報は確かなのですか?わざわざこんな場所に来る意味が理解できません」


 ミーアが顔を顰めがらピンとはねた髭を触り、レミーに尋ねる。

目の前に広がるは、すぐにでも逃げ出したくなるような絶望的な光景。

 住処も食料にも困っている気配もない人間が、これほどの危険地帯を訪れるなど、竜人族ドラグナーとの争いに敗れ、住処をなくした獣人族ビーストのミーアには理解できなかった。


「はい、妖精と子供のご一行はどうやら白龍の卵を狙っているようです。」

「それはまた、ずいぶん命知らずな……そんなもの日々を過ごすのに必要ないものでしょう、やはり人の思考を理解するには我々獣人族の頭では難しいようですね。」


 ミーアが皮肉と人間の欲望に対する小さな苛立ちのこもった声でそう呟いた。


「まあ、こちらとしては好都合です。おかげでこうした好機が訪れたのですから。レミー、今回の作戦、覚えていますか?」


 その質問に対しレミーからの返答はない。

 別にレミーも忘れているわけではない、ただ作戦に納得していなかった。

 ミーアもレミーの心境を理解したうえで、改めてレミーに作戦を伝える。


「今回の作戦は相手の隙を窺い、妖精を奪還するのが目的です。例え相手がどんなに強かろうがこの大量の白龍相手に、隙を見せないことなどないはず、我々の役目はこの護符の力で気配を消し、相手の隙を窺い、奇襲し、妖精を攫ってここから五キロ離れた、場所にいるギンたちに送り届ける事です。」


―― 一つ内容が抜けている。


そう心の中でレミーが呟いた。

実際ミーアの説明した作戦内容には一つ文が抜けていた。

それこそがレミーが不満を持つ内容なのだが、レミーはそのことに触れようとしなかった。


「いいですか?あなたの役目は、妖精を無事ギン達の元へ送り届けること、これはあなたにしかできない大事な役目なのです。我ら獣人族の民のためもどんなことをしてでも必ず成し遂げてください。」

「……はい。」


 レミーは浮かない表情は最後まで晴れることはなかった。


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