第62話 証人


「だからぁ!何度も言ってるだろ!先に手を出してきたのは向こうだって!向こうが魔法で街ごと吹き飛ばそうとしたから止めようとしたんだよ!」


セグリアの街にある一番大きな建物の中で、この日、三度目のネロの怒鳴り声が響き渡る。

しかし返ってくる返答は、同じだった。


「しかし結果、傷ついたのはテリア様のみ。証拠がありませんな。」


どんなに怒鳴ろうが、冷静な口調でこの街の衛兵長は返してくる。


テリアの魔法をネロが手で防ぎ、正当防衛として殴り飛ばしたのはいいが、それを証明する者はいなく、ネロは現在テリアを一方的に殴り飛ばしたと言うことで拘束され、ブルーノの屋敷で聴取を受けていた。


「だから、それならそこの女たちが見てたはずだって!」


そう言ってネロはテリアの側近の女性達を指さす。

しかし……


「すみません、記憶にございません」


……全員揃ってこれの一点張りだった。


「こう言ってますが?」


 その言葉にネロは苛立ち歯ぎしりをする。

 忘れていたが今いる場所は国も街も完全アウェー、特に相手は国の三本の指に入る権力者の息子。

 今ここには誰一人として味方はいないのだ。

 

「おい、なぜあのガキをさっさと殺さない?あいつはこの俺に手を出したんだぞ?」


 ネロ達のやり取りを少し離れた場所で見ていたテリアが側に控える執事に問いかける。


「申し訳ございません、お気持ちはわかりますが、どうやらあの子供は、同盟国のミディール国で伯爵の爵位を持ちのようですので迂闊に手出しはできないのです。」

「ふん、所詮俺たちに守ってもらわないと何もできない弱小国家だろ?そんな国の一貴族くらい……」


 そう言いかけたところで、テリアの腹部に先ほどの痛みが蘇る。

 先ほどの一件で恐怖を感じたテリアにはネロのスキル『大袈裟な恐怖』オーバーリアクションの効果もあり、その時の痛みがハッキリと記憶に植え付けられてしまっていた。


「すみません、やはり、同盟国の貴族を簡単には裁けないのです。しかし、罪さえ問えれば、この者だけでなく、ミディール国にも責任を追及できると思われるのでしばしご辛抱を」

「と、とにかく、あいつを殺せるんだよな?」

「お任せください、どんなことをしてでも、立証してみせましょう」


そう言われるとテリアは渋々納得をした。


「大体、俺の証拠がどうこう言うなら、そっちだって証拠がねぇじゃねーか?俺が一方的に暴力を振るったて言う証拠がな!」


ネロの言葉に執事が近くの部屋の前にいる兵士の方を見る。

すると、兵士は無言でコクリと頷いた。


「証拠が必要なのですね、ではお呼びしましょう」


そう言うと執事が手を二度大きく叩く、するとその音を合図にその部屋から三人の貴族が出てきた。


「なんだこいつら?」

「貴方とテリア様のやり取りの一部始終見ていた方々です。」

「いや、こんなやつら知らんぞ?」


出て来たのはいかにも気高そうな三人の貴族、来ている服は高価な材質の派手な貴族服で、あの場にこの者たちがいたら嫌でも目に付く。


「あなたの見えない位置で見てたのでしょう。では話を聞かせてください。」


 執事の言葉に三人のうちの一人の、若くて少しキザな男が一歩前に出ると、髪を掻き分けながら証言を述べる。


「ああ、僕ははこの目でしっかりと見たよ、この子供がテリア様の顔を問答無用で殴ったのを。」

「いや、顔は殴ってねえよ」


 いきなり間違いを指摘されると貴族の男は固まり、一度執事の方を見る。

執事が無言で鋭く睨みつけると、男はキザにフッと目を瞑って笑いその場をごまかした。

執事が一度咳払いをする。


「ま、まあ、気が動転していて記憶に食い違いが出たのでしょう、次の方、証言を」


 次は中年の少し威厳のある男が一歩前にでる。


「私はこの目で然りと見ましたぞ。この小僧がテリア様をいきなり背後から――」

「後ろからも殴ってねーよ」


 その言葉にその場に沈黙が訪れる。

 またしても執事が先ほどより少し大袈裟な咳払いをする。


「この方もやはり気が動転しているようで、では最後の方、この方がどうやって腹部・・を殴ったのかを教えてください。」


 最後に証言しようと前に出たのは真っ赤なドレスを着た女性の貴族だ。

 どさくさに紛れて執事が経緯を伝えると、女性は勝ち誇ったような顔を浮かべた後、わざとらしい泣き真似の演技までしながら説明する。


「はい、私はしっかりとこの目で見てましたわ……この子供がいきなりテリア様のお腹を殴るところを、なんともおいたわしい事に、そして殴られたテリア様は思わずその場で膝をつき……」

「殴り飛ばしたんだよ!さっきから三人とも言ってることむちゃくちゃじゃねーか!完全に偽証だろ!」


 ネロが睨み付けると三人は全員顔を逸らす。

 この状況をまずいと感じたのか執事が大袈裟に咳を三度も入れてその場を閉める。


「確かに少し・・記憶がこんがらがっているようですが、皆さま、全員あなたが一方的に暴行したと述べています。これはもう立派な証明ですよ。」


「何が証明だ、まず、こいつらがいたことを証明しろってんだ」

「とにかく!こちらは証人を連れてきたのですし、次は貴方が無罪を証明できる証人を連れてきてください。周りに人がいたなら見ている人もいたはずですよ?」


 そんな存在いるわけがない、いや、実際は多数いたはずだが、血まみれの者を平気で見て見ぬ振りしてしまう平民たちが、この男の不利になる証言を述べる者など絶対名乗り出ないだろう。


――なんだかめんどくさくなってきたな、全員ぶっ飛ばすか?


 そんな物騒なことを考えてるとは知らず、考え込むネロを見て、勝利を確信した執事がほくそ笑みながらその場を締めにかかる。


「では、証明するものがいないのであればあなたの……」

「なら、その証明、僕がするよ。」


 二階から突如聞こえたと少年の声に皆が注目する。

 そしてネロはその声の主を見た瞬間ネロは思わず硬直した。


 現れたのは美少年とも美少女とも取れるほどの美しい顔立ちの子供だった。


 年は自分と同じ歳くらいだろうか?肩まで伸びた黄金のような金色の髪をなびかせ、綺麗な姿勢で立つ姿は立っているだけでも絵になる。瞳が大きく、童顔で女性に近い顔立ちだが、性別は服装と声から恐らく少年と思われる。


 そしてその少年はカイルと目が合うと、クスリと笑った。

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