第61話 テリア・ブルーノ

――娯楽地区

 ネロは久々に一人で歩く街を上機嫌に見て回る。

 エレナ達といるのが決して嫌という訳ではないが、元々自由人な事だけあって、自由に街を歩き回りたいとも思っていた。


 セグリアは色々な種族が来る所だけあって、街にはそれぞれの異国の文化を取り入れた宿屋や、酒場があり、他にも様々な異国の食べ物の出店もあって、ネロは買い食いしながら、街を見て回る。


――やはり島のリンゴが一番だな


 母国ミディールの店も見つけ、好物であったガガ島、特産物のガガリンゴを頬張り街を歩く。

 だが、しばらく歩いていると少し先にに何かが倒れているのに気づく。


――あれは……人か?


 スキル鷹の眼イーグルアイを発動させ、見てみる。

 倒れていたのは傷だらけの平民だ。

 頭から血を流し、身体中に青い痣ができており、生きているのかさえ不明だ。


 しかし、一番不思議なのは周囲の反応だった。

 目の前に人が倒れているのに誰一人、助けようともせず、まるで何もないかのように振る舞っている。

しかし通り過ぎる瞬間に、横目でチラチラと窺っているを見ていると、存在に気づいてはいるが見て見ぬ振りをしているだけだという事がわかる。


 すると、ちょうど前から少し気になる会話が聞こえるとそちらに耳を傾けた。


「なあ?さっきのあれってもしかして……」

「ああ、間違いねぇ、テリアが街に来ていると聞いているから奴にやられたんだろ。あいつに関わるものに迂闊に近づくとこっちが標的にされちまうからな、あの男にも誰も近づかんのだろう、可哀想に……」


 今の会話を聞くとネロは状況を理解する。

どうやら、倒れている男は貴族にやられたようで、皆はその貴族に関わりたくがないために近づかないでいるようだ。


 ネロはその事に対して何も思わない。

 対処法としては妥当だろう。


 自分が痛めつけた相手を助けようと思うならその者を不愉快に思ってしまう貴族は少なくはない。

 そうなって来ると貴族が助けた相手に目が行くのは当然だ。


 なら関わらないのが最善だろう、そしてそれはネロも一緒だ。

 普段ならエレナがなりふり構わず助けに入るが今はエレナはいない。

となると助ける理由もないと考えたネロは、男の近くまで来ると周りと同じように見て見ぬ振りをしてその場を通り過ぎる。


――……


 が、その直後、少し頭を掻き毟ると、ネロは一度戻り、エリクサーを男に振りかけると、そそくさとその場を立ち去った。



――


 ――さて、どこに泊まろうか。


 お腹も膨れ、一通り街を見て回ったところで、そろそろ宿屋を決め始める。

 歩いてきた道にはいくつも宿屋があり、それぞれ経営している種族が違って、その宿特有の長所があった。


――しかし、どこにするかな?候補としてはエルフのやってたとこだな。店もきれいだし、中はマナが溢れていてゆったりと寛げる。


「おい、待て、そこのガキ」


――しかしドラグナーの宿も捨てがたい、ドラグナーの宿屋なんて早々お目にかかれるもんじゃないしな。


「無視してんじゃねーよ、クソガキ!」


――さすがにドワーフの土で出来た宿屋はごめんだな。


「お前だよ、そこの汚い肌の色をしたガキ!」

「……」


 ネロは自分の肌の色を見る。

 少し焼けたような褐色肌は他の人からすれば汚く見えるかもしれない。

 そして、周りに子供がいない事を確認すると自分が呼ばれていることに気付き、声の方を振り向く。


 振り向いた方には複数の美女を連れ、体中に宝石を身に付けた太った貴族がまるで獲物を見つけたようなニヤニヤとした目つきで笑いながらこちらを見ていた。


「……何か用か?」


 ネロは冷めた目で見返す。


「お前、誰の許可を得てそんな汚い肌で俺の街を歩いてんだ?」

「……」

「お前みたいな汚い奴が街を歩くと、街が汚れるんだよ。俺の街を歩いた事を地面に頭を擦りつけて土下座しろ。汚物の分際で街中を歩いてすみませんでしたって大声で謝罪してな!」


――面倒クセェな


 ネロは周りの者たちの視線を向ける。

 皆横目でチラチラと見はするが、先程の平民の時同様見て見ぬ振りをする。


――こいつがさっきの奴を痛めつけた貴族か。


周りの態度を見てそう理解する。

 周囲が今の状況を見て見ぬ振りをすることに対して理解していたつもりだったが、いざ、この立場になってみると少し腹が立つ。

 ネロは今の状況に深くため息をついた。


「……何で俺が豚に頭下げなきゃならねんだよ。」

「な⁉︎」


 その言葉に男だけでなく見て見ぬふりをしていた周りの人々も凍りつく。


「あの子供、なんて事を……」

「ヤバイぞ!」


 無視を決め込んでいた者達がざわつきだす、そして一人の男が血相を変えて詰め寄ってきた。


「お、おい君!早く訂正をするんだ!そのお方が誰だかわかってるのか?」


 先程まで関わろうとしなかった癖に、急に割って入って来る周りの者にネロは苛立ちを見せる。


「んなの知らねーよ、悪いがそこまで豚に詳しくねーから、いちいち種類なんて覚えてられねえよ!」

「ま、また言った⁉︎」

「貴様……」


 貴族が怒りでプルプルとその太った体を震わせる。

、平然としているネロを置いといて周りは慌てふためく。


「こ、このお方はな!アドラー貴族ブルーノ侯爵家の次男、テリア・ブルーノ様だぞ!」

「ブルーノだと⁉︎」


 その名前に平然としていたネロも目を細める


――こいつがあのグリフォンの……


 怒りに震えていたテリアだったが、驚くネロの反応が良かったのか少し落ち着きを取り戻す。


「フン、やっと、自分の過ちに気づいたか。まあ、俺は寛大だからな、今ならお前の五感を潰すか、五体を切ってダルマになることで許してやって――」

「それより、もしかしてこいつがキメラの研究をしているやつなのか?」

「は?」

「いいから答えろ!」


 テリアを無視して通行人に問い詰める。


「いや、多分、キメラとかに関しては、兄のレクサス様か、ブルーノ公爵本人だと思うぞ。」


 そう聞くと、ネロはあ、そうと素っ気なく答え、一気に興味をなくした。


「で?テリヤキブダが何の用だって?」

「お前……状況が分かってんのか?俺の名前を聞いてよくそんな態度が取れるなぁ⁉俺が一声上げれば国が動く、お前の言葉一つでお前の故郷が地図から消えるかもしれないんだぜ?」

「豚が鳴いたら国が動くって、この国はどんだけ豚が好きなんだよ?憐れみの令でもでてんのか?」

「……もうゆるさねぇ、ぶっ殺してやる!」


 顔を真っ赤にしたテリアが腰に付けていた杖を取り出すと、側近とみられる女性が慌て始める。


「テリア様!いけません、それを使ったらこの街全てが吹き飛んでしまいます。」

「そんなこと知るか!どうせ暇つぶし程度で遊びに来ている街だ、消えたって痛くもかゆくもねぇよ!恨むなら、目の前のバカなクソガキを恨め。」


 女性の言葉に耳を貸さずテリアが杖をネロに向かって突き出した。


「この杖にはな、上級魔法のより更に上の上位魔法、超級魔法が封印されてある。これで街ごとお前を吹き飛ばしてやる!」


 テリアの説明に、周りの者達が一斉にその場から離れていく。


「覚悟しろ!お前を殺した後、お前の身元を調べ上げ、お前に関わる全ての人間を拷問し、ミンチにして闇市場に売り出してやる。ハハハ後悔しても遅いぞ!さあ、消えてなくなれぇ!」


 杖から出てきた深紅の光の玉が徐々に大きくなり始め、周囲の温度が徐々に上昇していく。

 その場から逃げ出すもの、諦めてその場で耳を塞いでしゃがみ込む者、いろいろな人がいる中、ネロは面倒くさそうに、もう一度溜息を吐いた。


 そして球体が爆発しようとした瞬間、ネロがその深紅の球を手で覆うと、激しい爆発とその衝撃を手の中で受け止めた。


「ってぇ……流石に超級にこれはきつかったか?」


 少し痛がる素振りするネロに対し、周りは何が起こったのか理解できていなかった。


「は?ふ、不発だと⁉︎お前、何をした⁉︎」

「別に、なんだっていいだろ?そんなことより、これで正当防衛成立だな。」

「へ?」


 その言葉と同時に、テリアの腹部にネロが殴りかかる。

 拳は当たる直前で止めたものの、その風圧と衝撃がテリアを襲い、そのまま遠くまで吹き飛んでいった。

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