第60話 レクサス・ブルーノ

店主に指示に従い、エレナは店の中にある物の陰に隠れる。


 道を封鎖したことにより、人気がなくなり始めた外は静まり返り、遠くから数人の騎士の足音が、ガシャガシャと鳴り響く。


 そして、その音はちょうどエレナのいる店の近くで止まった。


姿を消したエーテルが店の窓から外を覗き込むと、今いる店の向かい側の店に兵士達が集まっているのが見えた。


「どうやら用があるのは向かい側の店のようね。」


 エーテルの言葉を聞くと、エレナも少しほっとしたのか物陰から顔の上半分だけを出し、窓から辺りの様子をうかがう。


 外に見えるのは、高価な鎧を纏った数人の兵士とその兵士に囲まれている貴族服を着た男。


「あれがブルーノ侯爵の長男レクサス……」


 長い金色の髪に鋭い目つき、見た目こそ美男子だがその男の持つ冷徹な瞳を、エレナは遠くから見ただけで悪寒を感じ、思わず身震いする。


――この人は危険


 身体中がそう教えていた。




――


「この家だな」


 レクサスが手に持つ資料を確認すると、兵士がその店の店主を呼びつけた。


「こ、こ、こここれはレクサス様!き、今日はどう言ったご用件でしょう?」


 中から出てきたその店の店主とみられる男が声を震わせ、今にも泣きそうなほどの表情を精一杯隠し、崩れそうな笑顔で対応する。


「買いたいものがある」

「な、何でしょうか?」


 もちろん、普通の買い物ではないことはわかっている。

この店丸ごとか?それとも自分の命か?


 今までたくさんの同じ境遇の者達を見過ごしてきたのだ、ある程度は覚悟はできている。

しかし男には妻がおりお腹の中には子供もいる。ならば家族だけは、絶対に守らなければならない。

 そう考えていた男の決意は見事に壊されてしまった。


「お前の妻だ」

「な⁉︎な、何故妻を……」

「いや、正確に言えば胎の中にいる胎児だな、次の実験で孕んでいる女性が必要なのでな、ぜひ譲ってほしい、金ならいくらでも出す。」



 まるで物をを買うかのように、交渉を持ち掛けるレクサスに店主は堪えていた笑顔が崩れて行く。


「そ、それだけは、売れません!」

「……なぜ断るか理解に苦しむな、断ったところで買うから奪うに変わるだけだと言うのに。」


 レクサスが兵士に合図すると、兵士達は店の中へと入っていく。


「中に妊婦がいるはずだ、連れてこい。」

「ま、待ってくれ!」

「邪魔するな!」


 中に入ろうとする兵士を男が止めに入るが、鍛え抜かれた屈強兵士にいとも簡単に弾き飛ばされてしまう。

 そして、店の中からお腹の膨らんだ女性がひきづり出されてきた。


「あなた!」

「お願いです!私ならどうなっても構いません、どうか家内と子供だけは助けてください!」


 涙を流し、しがみつきながら必死で訴える男をレクサスは鼻で笑った。


 そして、その直後、後ろから男に剣が振り抜かれると、男の体から首が綺麗に真っ二つに遮断され、そのまま地面へと転がった。


「何一つ特徴のないお前に何の価値があると言うのだ。」

「あなたぁ⁉︎いやぁぁぁぁぁぁ!」


 目の前で夫の首を刎ねられた女性は、泣き叫びながら遺体となった夫の方へと向かおうと必死で兵士達を振りほどこうとする。そしてそんな女性にレクサスは不快な顔をする。


「……うるさいやつだ、そいつの喉を壊しておけ。」

「はっ!」


 命令を受けた兵士が、妊婦の首に手をかけると、手慣れた手つきでまるで鶏を絞め殺すかのように、妊婦の喉を握りつぶした。


「か、はぁっっ……」


 喉を潰され声を出せなくなった女性がかすれた声をあげながら連れていていった。


「さて、あと二、三人は必要だな、行くぞ。そこのゴミは掃除しておけ、痕跡を残すとあとあと面倒だからな。遺体は餌にでもするから解体して袋に詰めておけ。」


数名の兵士を後の処理の為その場に残すと、レクサスはそのまま通りを抜けて行った。



――

「……ふう、もう大丈夫だ。」

「何なの……これ……」


 エーテルが目の前の光景を見て呟く。

 目の前で行われた残虐な行為、しかしエーテルが一番信じられずにいるのは、今の状況だ。


「……何で、みんな普通にしてられるの?」


 先程の一件が終わった直後、街の者達は何事もなかったかのように、動き出した、その光景にエーテルは絶句した。


「目の前で人の首が刎ねられたのよ⁉︎どうしてみんな普通にしてられるの⁉︎」


 興奮しながら問いかけるエーテルに店主は、淡々と答える。


「もう、慣れたのさ、ここじゃよく見る光景だ、変に騒げば自分達の命が危ないからね。この街で生きていくにはブルーノ家のやることに関わっちゃいけないのさ」

「……この街から出ていかないの?」

「向こうは住民の情報を把握している、外出する際も、許可をもらわなければならない。街の者達はブルーノ家に完全に管理されてるのさ。」


 エーテルが口を開けたまま茫然としている。ほんの少し前までは大きくて賑やかなだったこの町が今じゃ悪魔の街に見え、自分達を匿ってくれたこの店主ですら、何事もなかったかのように動く姿に恐怖を感じ始めた。


「と言うわけだ、お嬢ちゃんも早く用が済んだらこの街を出たほうがいい。」


 店員の言葉にエレナは反応しない。


「エレナ?」


 エーテルが、エレナの肩に触れると体が小刻みに震えていた。

 今までどんな状況でも自然と動いていたエレナの正義感が、目の前で行われた恐ろしき惨劇を前に、終わった今でも、動かないでいた。

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