第59話 セグリア

「ここがセグリアか……」


 ネロが目の前に映る広大な町並みとそこを行く無数の人々を見てつぶやく。


 アドラー帝国を旅しておよそ二か月、その間にも様々な街はあったが、ここほど大きく賑わったところはなかった。


「凄いね、タールもあんなに人が多かったのに、ここはもっと多いよ。」

「ここはアドラーでも五本の指に入るほど大きな街だからね、人種差別なんかにも厳しいみたいだから、いろんな種族の人がこの街に観光や買い物に来てるの。」


 エレナの言う通り、周りを見てみると普通の人間はもちろん、ネロのように褐色肌の人間や、エルフ、獣人族など様々な人種が堂々と街を歩いている。


「いいところじゃない!ここなら私も大丈夫かな?」


 そう言って消えていたエーテルが姿を現した。


「あと特徴としてこの街は、道具や物が売っているお店がある商業地区、宿屋や酒場、飲食店が並ぶ娯楽地区、そして街の人たちが住む住民地区と目的によって地区が別れてるみたいよ、物資が豊富だからいろんな物が置いてあって、人の流通が多いのよ。」


 エレナが観光ガイドの本を見ながら説明するとエーテルは目を輝やかせる。


「じゃあさ、道具を補充するついでに、服買おうよ!エレナの服を!」

「え?私の?」

「そう、エレナ最近身長も伸びてきたし、いつまでもそんな地味な庶民服じゃなくてさ、はじめに来てた服ほどじゃないけど、それなりのいい服買おうよ。」


エーテルが提案するとエレナは余り気が乗らなさそうに考え込む。


「私は別にこの服嫌いじゃないけどなぁ……」


エレナが確かめるように裾を引っ張りながら、服を見る。


「ネロも一緒に行く?」


 エーテルが質問すると、ネロが一度間を置き考える。

 普段はエレナの護衛も兼ねて一緒に行動するが、たまには一人になりたい時もある、と言うより人混みを歩きたくないし、女性の買い物に付き合いたくない。


――流石にこんな人の多いところで問題なんて起きないだろう。


 辺りに目を通すとそこら中に衛兵とみられるものがいる。治安も悪くないと判断すると、ネロは小さく首を振った。


「俺はいい、先に宿に行く。」

「了解、じゃあ今日は別行動ね。何かあったらボイスカードで連絡するね。」


 そう言ってエレナたちが商業地区へ向かおうとしたところで、不意にネロが目に入った建物についてエレナに尋ねる。


「なあ、ところで気になってたんだが、あのでっかい屋敷は何だ?」


 ネロが指さす方向に見えるのは街の入り口であるこの場所からも見えるほど大きな屋敷だ。


「あれね、あれはね……」

 

 そう言うとエレナは観光ガイドに目を通す。しかし……


「え……と、あれは、本にも載ってない所みたい」

「あんなに目立つのに載ってねえのかよ?まあ、いい。じゃあ俺は、宿に行く」

 

 ネロは少し不満をこぼし、宿のある娯楽地区の方へと歩いて行った。



――

「……」


 エレナはネロが去ったあともう一度本に書かれていた建物の詳細を見る。


 セグリア領主 ブルーノ公爵家別邸 


『ブルーノ公爵』


 悪評の高い貴族で、以前タールでの暴れていたグリフォンのキメラを作った張本人でもあり、ネロにそのワードを出すのは危険と判断したエレナはその名前を伏せていた。


「じゃあ、私たちもいこ」

「あ、う、うんそうね、」


 エーテルに急かされるとエレナも、商業地区へと歩いて行く。



――商業地区

一本道に並ぶ様々な店には、旅の道具から家の家具まで様々なジャンルの店がある。

エレナとエーテルはまずいくつかある服屋を見て回る。


「ほら、これとか絶対エレナに似合うと思うよ。」


 エーテルがピンクの華やかなドレスを指差すがエレナは余り興味を興味を示していない。


「んー、私はこっちの方が好きだな。」


 そしてエレナは茶色のワンピースを手に取る。


「……でもそれなんだか少し地味じゃない?エレナは可愛いんだから、もっとおしゃれな服の方が」

「でも、これなら汚れても目立たないし、動きやすいよ?」


 エレナが楽し気に便利性を説くと、エーテルは少し黙り込む。


「エレナってさぁ……いや、やっぱなんでもない。」


 言いかけた言葉を止めた後、エーテルは大きくため息を吐いた。



――

「はいよ、これ、お釣りの三千ギルだ」

「ありがとうございます。」


 エレナが道具屋の店主からお釣りを受け取ると、ニコリと笑顔で返す。


「しかし妖精の連れとは珍しいね、お嬢ちゃんは見かけない顔だが遠くから来たのかい?」

「はい、ミディールから来ました」

「ここは人種差別に厳しいって聞いて、ここなら堂々と歩いててもいいんじゃないかと思って。」


 上機嫌に話すエーテル。

 しかしその言葉に店主が少し険しい表情をする。


「どうしたんですか?」

「いや、ここら辺では妖精は余り姿を見せないほうがいい。お嬢ちゃんもミディール出身の事は黙っておきなさい。」

「どうしてですか?」


 その質問を答えるのに一度、躊躇するが、店主は周りに人がいないことを確認すると、声を潜めて、話始めた。


「余り大きい声で言えないのだが実はこの街では不定期でブルーノ侯爵が訪れてくるんだが……」

「ブルーノ⁉︎」


 その名にエーテルが思わず大声を出すと、エレナが慌ててエーテルの小さな身体ごと手で覆う。


「あ、続けてください」

「あ、ああ、それで何だが、この街には一見、人種差別のない街と知られているが、もう一つ裏の顔としてブルーノ公爵のサンプル採集の場として使われているんだ」

「サ、サンプル?」

「ああ、ブルーノ公爵は帝国に内緒で、合成獣キメラの研究や、人体実験を行っている、そしてその実験の被験者として様々な人種や他国の地で育ってきた者達が対象となっている、人種差別が少ないというのはいわば、異国の者達を招くまき餌みたいなもので、ここにきた者達を実験サンプルとして連れて行くんだ。」

「そんな!」

「もちろん拒むことなんてできない、力づくで攫っていくし、逃げたところで、権力を使って国中に指名手配をかけられる。そして連れていかれた者は様々な実験に使われ、まともな姿で帰って来たものはいない。」


 話を聞いたエレナの顔はみるみる青ざめていく。

その表情を見て、店主が慌てて取り繕う。


「あ、ちょっと、驚かせてしまったね。まあ、滅多に来ることもないし、普通にしていたらバレることもない。だが用心だけはしておいた方が良い」


 一緒に話を聞いていたエーテルもすぐに姿を隠す。


「と、とりあえず、道具は揃えたし、じゃあ私たちも宿屋に向かおっか?」

「う、うん。」


 道具袋の中身を見て、一通り必要な道具を買ったことを確認すると、話を聞いて不安になったのか、すぐに店を出ようとする、しかしちょうどそのタイミングで、不意に店の入り口から男が慌てて入って来た。


「お、おい大変だ!レクサスがこっちに来ているぞ」

「なんだと⁉何故こんな場所に」


 店主もその名前を聞くと血相を変えて慌て出す。


「あ、あの、どうしたんですか?」

「さっき話していたブルーノ侯爵の長男、レクサス・ブルーノがこちらに来ているらしい、お嬢ちゃんも早くここから出て言った方がいい。」


 店主の言葉に急いで、外に出ようとする。しかし……


「駄目だ、もうここら辺一帯を兵士たちが封鎖している」

「クソッ!仕方ない、お嬢ちゃんはそこに隠れてなさい。」


 店主がエレナを荷物の影に潜ませる。


「店主さんは?」

「本人の前で店なんて閉めたらそれこそ目を付けられる。俺たちは普段通りにするだけだ。大丈夫、俺は何の特徴もないから連れていかれることはないはずだ。」


 店員の言葉に頷き、エレナは物陰に隠れた。

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