第46話 成長

 

 解放された町の騒ぎは夜になると本番を迎えた。

 急きょ始まった祭りに町の者全員で騒ぎ、普段は酒を飲まない者も、この日だけは酒を飲み、解放されたことを大いに祝っっていた。


 ――

 労働者たちの会議の場所として使われる町の中にある一番大きな建物。

 ネロ達が初めて来たときに訪れた場所であるこの建物の中には大きな調理場もあり、今、ここでは町の女性が、祭りで振る舞う追加の料理を作っており、エレナもその中に混じり料理を教えてもらっていた。

 

「……で、これがオルグスの鉱山で取れる岩塩を使ったこの町、特性の魚の包み焼きよ。」

「普通に肉や魚に振りかけても合うから野営の時にでもぜひ使ってね」

「はい、ありがとうございます。」


 エレナは、仲良くなった町の姉妹たちに教えてもらったレシピをメモし、オルグスの特産物の岩塩をもらうと元気よく頭を下げる。


「これで、ネロ君の心もがっちり掴まなきゃね!」

「そうそう、まず男は胃袋で掴まないとね」

「え、ええと……」


 エレナはネロの事を持ち出されると顔を真っ赤にして、キョどり始める。


「やだぁ、照れてる照れてる、エレナちゃんって本当にかわいいわねぇ」

「でもその歳で婚約者持ちかぁ、いいなぁ……私も守ってくれる強くてカッコいい彼氏欲しいなぁ。」


 顔を真っ赤にしている状態でも容赦なく娘たちの冷やかしは続き、エレナの頭から湯気が見え始めたところで、二人の母親が割り込んでくる。


「はいはい、なら、あんたらもさっさと、いい男見つけて、胃袋で掴みなさいよ!……全く、口だけは一端なんだから。」


 母にそう諭されると二人は不機嫌に文句を垂れ始める。


「そんなこと言ったって、こんな町じゃ、ロクな男いないじゃん」

「そうそう、全員筋肉質な人ばっか、まともなのはレイジさんくらいだしねぇ」


 そう言って二人の女性が溜息をこぼす。


「自分達も大したことない癖に、何、選んでんだい!」

「ちょっと!今のは酷いわ」

「そうよ!お母さんが生んだくせに」

「私から受け継いだのは顔だけよ、安心しな、顔に関しては私に似て別嬪なんだから、あとはその性格よ!エレナちゃんはこんなふうになっちゃいけないよ」


 そう言われるとどう答えればいいかわからないエレナは愛想笑いで誤魔化した。

 でもこうやって冷やかしを受ける耽美にエレナは、自分にはネロがいることを改めて誇らしげに感じていた。




――

 町外では家の中からテーブルを持ち出し、皆で外で騒ぎながら飲み食いをしている。

 エーテルは、町の者達に妖精であることを自慢げに話し、町を救った立役者のネロは今後、当分野営になり、まともな料理は食べれないことを見越して、ひたすら振る舞われた料理を食べ続けていた。


「へえ……、じゃあ、あの森に現れる妖精って君の事だったのかい?」

「まあね、って言っても私があの森に行き始めたのは、ほんの五十年ほど前だけどね。あそこは、元々妖精界でも有名な秘密の遊び場でもあったし……」


 エーテルが悠々と語っている中、ネロは全く興味も持たずひたすら無言で食べ続けている。

 

 実は言うとネロはあまりこういう場は得意ではなかった。

 貴族達のパーティーの様な上品な集まりではなく、無礼講でわいわいやる状況は慣れておらず、こういう状況でも周りに溶け込むのは、過去から変わらず、苦手なままだった。


――確か、ロイド兄さんと出会った時もこんな感じだったよな……


 ネロが前世の記憶を掘り起こす、あの時は向こうから手を差し伸べてくれた。

 しかし今は、そんな人はいない。

 

 ……いや、前世でも、いなくなっていた。

 自分で振り払ったのだ、くだらない考えのために……


――……


 今さらになって、過去の事を考え始める、今の自分ならあの学校でどうなっていたのだろう……と。

 ネロが前世の過去に思いふけっていると、不意に横からひょっこりエーテルが現れた。


「わ⁉な、なんだよ?」

「いや、ちょっと気になってたんだけどさ、あの帰った貴族達、本当に手を出さないのかなと思って」

 

 エーテルが騒ぐ者達の水を差さないようにひっそりと聞いてくる。


「ほら、アルカナだけもらってその後、また性懲りもなくやってきたりとか……」

「……まあ、一〇〇%とは言い切れないが、ほぼ大丈夫だろ、ちゃんとスキルも発動してたしな。」

「スキル?」


 エーテルが思わず聞き返すとネロがそのことについて説明を始める。

 

「ああ、俺の持ってるスキルの中には、俺に対して感じた恐怖を倍増させるスキルがある。」

「へぇ、そんなスキルがあるんだ。」


 エーテルは初めて聞くスキルにへぇーと感心する。


「きっと、あいつらの中には今日の出来事がトラウマにすらなってるやつもいるだろう、そんな奴らが、態々俺を怒らせるようなことはないだろうしな。」


 ネロの説明を受けると、エーテルも理解し、笑顔を見せる、それと同時に何かを思い出したようにあっ!と声を上げた。


「じゃあ、もしかして私と出会った時も発動していたのね?」

「ん?まあ、そうなるな」


 ネロが歯切れ悪そうに答える。


「だよね!なるほど、通りで私があんなにびっくりしていたわけね!この私が膝をついて頭を下げるなんて普通じゃしないもんね。」


エーテルは自分が晒した醜態に理由を見つけ、自分の行動に納得すると上機嫌になる。


――……


 ネロが持つスキル 『大袈裟な恐怖オーバーリアクション


 自分に対し感じた相手の恐怖、驚愕を普通よりも大げさに感じさせ、倍増させる効果があり、主に知能や危険察知能力の高い相手に効果が高い。

 

……ただ、これは幻覚効果の一種であり、幻惑無効化のスキルを持つエーテルには効果はない。


「よぉ!楽しんでるか⁉」


 レイジに肩を借りてほろ酔い状態のレンジがやって来る。


「あら、もしかしてこの人がコルルのお父さん?」

「ああ、レンジって言うんだ」


 レイジがそう紹介するとエーテルは何かに気づいたのか、じぃっとレンジを見る。


「な、なんだよ?」

 

 そしてしばらく見続けた後、エーテルは再び、あぁっ⁉っと大きな声を上げてレンジを指をさす。


「思い出した!あなた、確か昔、妖精の森に来てたでしょう!」

「ああ、そう言えばレンジも昔妖精を見たって騒いでたよな。」


 エーテルに指摘されるとレンジも曖昧ながら妖精を見たことを思い出す。


「お前、あんときの妖精か⁉ていうかよく覚えているな、もう二十年も前の事だぞ?」

「そりゃあ、覚えているわよ、確か、一緒に来てた女の子と迷子になって、率先して歩いてたけど、ずっと同じところを回り続けてて、私がしびれを切らして、誘導してあげてたもん」

「な⁉」


 突如暴露されたレンジの過去話にレイジとネロは思わず吹き出す。


「お、おい、そこ!笑ってんじゃねーよ!」

「へぇー、あの時の男の子がねぇ……やっぱ人間は成長早いわね。じゃあもしかしてコルルのお母さんってあの時の女の子?」

「ああ、そうなるな」


 まだテレが残ってるレンジが小声で肯定する。


「キャー!そっか!結婚したんだー!いいないいな、そういうの!なんか知ってる子同士が結婚するのってなんか感無量かも。それで?それで?あの子は?」


 その質問に少し微妙な空気が流れる。


「もういない……」

「ええ、と、その……なんかごめんなさい。」


エーテルが少し縮こまりながら謝ると、レンジはそれに対して首を横に振った。


「いや、いいさ、あいつはいないけど、今はコルルがいる、今はそれでいい」


 レンジのその言葉にレイジとネロが小さく笑う、その回答こそが、この数日間でレンジが変わったと言える証拠なのだから。


「さて、俺の話はもういいだろ!今度はお前の番だ、お嬢ちゃんとの話を聞かせろよ」


 そう言うとレンジはネロの後ろから肩に腕をまわす。


「それはいいね」

「あ、それ、私も聞きたい!」


 レンジが話題を振ると、それに対しレイジとエーテルも便乗して乗っかって来る。


「べ、別に話すことなんかねえよ!っていうかお前酒くさっ!離れろ!気安く触るな!、糞愚民が!」


 どれだけ罵ろうが、離れない三人にエレナとの話を追及され続けたネロはそのまま夜遅くまで騒ぎ続けていた。


――翌日


 日が昇り朝になると、ネロ達は町から旅立つ。、


「もう行くのかい?」

「ああ、もうこの町には用はないからな」


 ネロ達三人が、レイジとコルルの二人に見送られる。


「ところでレンジさんは大丈夫ですか?」

「あ、ああ、まあね」

 

 エレナの質問にレイジが苦笑いで答える。

 昨晩、怪我をしていながら騒いでいたレンジは、三度目の傷口が開き、いま町の診療所で療養中だった。


「ただ、暫くは安静だってね、おかげでまたしばらくコルルを預かることになったよ。まあ、今度はすぐに戻るけどね。」


 そう言ってレイジが笑うと、エレナもつられて笑った。


「……何から何まで本当にありがとう。」

「いえ、こちらこそ、この数日間の出来事で私達も大きく成長できました。ね?ネロ?」


 そう尋ねて、エレナがネロをの顔を見る。ネロはすぐに目線を逸らすが、否定はしなかった。


「お兄ちゃんたち、行っちゃうの?」

「ああ……」


 コルルが少し涙を浮かべながらネロを見つめる、そんなコルルをネロは頭を優しく撫でる。


「これからはあの糞親父にも、名一杯迷惑かけてやれ。」

「くそおやじ?」

「ああ、お父さんの呼び名だよ。今日からそう呼んでやれ」


 ネロが意地悪っぽく笑うとコルルも無邪気に頷いた。


「うん、わかった。くそおやじだね」


 ネロはそうだ、と再び頭を撫でるコルルは何度も復唱し、それをエーテルが笑いをこらえている。


「さて、俺もコルルがいなくなるのは少し寂しいね。俺もそろそろ嫁を探さないとな。」


 コルルを見て、レイジが決意する様に呟く。


「……あの、すみません、前から思ってたのですが、もしかして、レイジさんはティナさんの事を……」


 そこまで言うとレイジは日が昇った、青空を見上げた。


「……ティナはね、レンジほんにん以上にレンジの事を考えていたよ、いつも口を開けば、レンジはどこだ?とか、レンジは無茶してないか?とか、毎日隣で聞かされていると諦めもつくよ」


 レイジが少し寂しげに笑う。


「さあ、じゃあ俺らもそろそろ出発するか。」

「そうかい。もしまた立ち寄ることがあるなら、是非来てくれ、精一杯歓迎するよ」

「ふん、こんな取り柄のない町、来る理由がないがな。」

「じゃあ、気を付けて」

「はい、レイジさんもお元気で、コルル君もバイバイ」

「バイバイ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ハエーテル」

「その名前定着させないでよ!」


 こうして、ネロ達はオルクスの町と別れを告げ、次なる目的地、帝都へクタスまでの旅が始まった。




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