第45話 失態
しばらく泣いていたエレナは、落ち着きを取り戻すと、皆の前で大泣きした事を恥ずかしく感じたのか、先にコルルの隠れているレイジの家まで戻っていた。
ネロはエレナが大丈夫そうなのを確認すると、町の者達に縛り上げられた兵士たちを見て、改めて敵の状態を確認する。
一緒に持ち上げ、投げ飛ばした土塊がクッションになったこともあり、全員ボロボロではあるが死人は出ていなかった。
ただ初めて感じた死への恐怖に、ほとんどの者が意気消沈していた。
――さて、どうするかな?
ついカッとなってやってしまったが、はっきり言って状況はマズイ。
理由はどうであれ、両国の貴族が一騒動起こしたのだ。
現状を考えると、この兵士たちをこのまま帰してしまえば、兵士達の言う通り、国との問題になりかねない。
更にここは相手国の貴族の領土で、被害は向こうが一方的、こちら側が圧倒的に不利な立場である。
口封じに殺すのもありだが、宛も無く旅に出た自分達と違い、向こうは兵士達の目的も、目的地も知っているので、消息を途絶えればすぐに代わりの兵士が送られてくるだろう。
そうなれば、真っ先に疑われるのが町の者達だ。
そしてもしバレでもすれば、自分ははれて罪人となる。
相手が平民ならば、まだ何とかなるかもしれないが、相手は他国の貴族の兵士、逃げれば両国で指名手配は確実、捕まれば死刑は免れないだろう。
それにこのまま町を出てもこの町の問題は解決しない。
なら殺すよりこいつらを、生かして返し、この一件を隠蔽させて、更にゲルマが町に手を出さないように仕向ける方向に持っていきたいと考えていた。
「おのれ、貴様ら!このままで済むも思うなよ!」
バルボスが縛り上げられた、状態でもなお、強気な態度を怒鳴り散らす。
「ゲルマ様はアドラー帝国で最も力のある貴族。貴様らが我々に手を出したことを国に報告すれば、ミディールとの間に亀裂が走る、そうなると貴様らどころか貴様らの家もただでは済まなくなる、フハハハ、後悔するがいい、我らに手を出したことに。」
「なによ!元はと言えば手を出してきたのはあなたの方じゃない!」
「フン、知った事か、理由はどうであろうと貴様ら薄汚い愚民と弱小国家の貴族が我らに、は向かう事自体が大罪なのだ」
怒るエーテルを軽くあしらい、バルボスは勝ち誇ったかのように高笑いをする。
そしてネロはそんなバルボスに哀れな目で見る。
――……こいつ、自分の状況をわかってないな。
だがそこがつけいる隙でもある。
この状況を打破するのはこの兵士達の処遇だ。
ネロは余裕を見せるバルボスの前に立ち、見下す。
「ところでお前はさぁ、自分が殺されるって事は考えないのか?」
冷めた口調で発した、ネロの言葉に周りに緊張が走る。
しかし、バルボスはネロの言葉にも態度を崩さない。
「うん?なんだ、我々を殺すつもりか?別にいいのだぞ?殺せるのならな」
そう言ってバルボスは依然余裕の態度を見せる。
「もし我々を口封じで殺したところで、いずれは我々を捜索しに来る兵士に知られるだろう、そうなれば、お前達は人殺しの罪で指名手配される、もし町の者達が匿いでもしたら、町の者達も処刑は免れられない。だが、もし我々を生きて返せば、この町の者は罪にならず、お前らがゲルマ様に無礼を働いたという罪だけで終わるだろう……さあ?どうする?」
捕まっていても自分達が立場は上だと言わんばかりに、バルボスがニヤニヤと笑う。
「ネロ……どうするの?」
エーテルが心配そうに見つめる。
「そうだな、こいつらは生きて返そうと思う。」
その言葉にバルボスが当たり前だと言わんばかりにフンっと鼻を鳴らす。
「賢明な判断だな、ならさっさと、縄をほどくがいい」
「いや、それはできないな」
「何?」
「その前に一つ聞きたい、ゲルマってのは恐ろしい奴なのか?」
ネロのその問いにバルボスが鼻で笑った。
「なんだ、ここぞになって怖じげずいたか?所詮は子供よのう、ゲルマ様は女子供でも容赦はしない。楯突いたのならば、その者の家族すら八つ裂きにされるお方だ、今更事の重大さに気づいたか?」
バルボスの答えを聞くと今度はネロが、クスリと笑った。
――気づいてないのはお前だよ。
「……何がおかしい?」
「……いや、別に。なら、もう一つ聞いておきたい、そのゲルマ様は、任務に失敗した者に罰をあたえたりしないのか?」
「ん?一体何を言ってる?」
ネロの意図の分からない質問にバルボスは眉を顰める。
「例えばさ……民から、税の回収もできずに、弱小貴族の子供に返り討ちにあってむざむざと帰ってきた兵士達には罰を与えたりとか」
「…………⁉」
――ビンゴだ
何かに気づいたバルボスは口を開けて硬直し、その反応を見てネロもニヤリと笑う、自分の考え通りだと気づくと、そのまま一気に畳みかける。
「お前らさ、もしこのまま、帰ってこの事を報告すれば、確実に罰せられるよな?失脚か?それとも処刑かな?」
「な……それは……」
ネロの言葉にバルボスだけでなく他の兵士たちも顔色が青ざめていく。この反応を見れば、恐らく後者なのだろう。
自分たちの状況に気づくと、先ほどまで偉ぶっていたバルボスの表情がゆがみ始める。その表情を見たネロはとてつもない爽快感に浸った。
「そ、それは貴様らも同じ事!」
「ん、俺か?俺は構わないさ……例え世界を敵に回しても負ける気しないからな」
そう言って不敵に笑う姿にバルボスは初めて恐怖した。
ここにいる子供は普通ではない。
この子供は本気だ、本気で世界を敵に回しても勝つ自信を持っている。
「そんな、ボロボロの体じゃ、帰るのも大変だろ?せっかくだから縛り付けた状態で、お前らの主人の家の前まで運んでやるよ。」
「ま、待て!いや、待ってくれ!それだけはやめてくれ」
そんな惨めな状態であの街を歩いたのならゲルマの名に泥を塗るようなもの。
そんなことしたら殺されるとしても普通の殺され方はしない。
「ん?お前ら生かして返してほしいんじゃなかったのか?」
「それは……」
バルボスは必死で頭を回転させ、この事態を乗り切る手段を考える。
もしこのまま、帰れば、ネロの言う通り殺されてしまうだろう、それももっともおぞましい殺され方で。
ゲルマの名の下で動くのはそう言うことだ。
バルボスは、今まで何度も失態を犯してきた者たちの末路を見てきた、時には自分が処理するときもあった、だがそれが逆の立場になろうとは考えもしていなかった。
失態を犯す者達は、大抵が相手にいらない情を持ち、役目を全うできなかった愚かな者達。そんなことは自分にはありえないと思っていた。
だが今、気が付けばその状況に自分が立っている。
この状況を乗り切るには、至急に徴収分の金を用意する必要がある。しかしそれを目の前にいる悪魔のような笑みを浮かべる子供が許しはしないだろう。
どうしようもない状況に泣き叫ぶ兵士もいる中、そんな兵士たちを見てネロは楽しそうに笑う。
「クソ、どうすれば……」
どちらを選んでも死を免れない状況に絶望するバルボス。
考え通りになり、偉ぶっていた兵士たちの絶望の表情を見て満足したネロは、次の段階へ進める。
「どうするか決めましたかな?下貴族の皆さん。」
かつて考えた蔑称で呼び楽し気に聞いてくるネロの問いにも、誰一人答えずただ震えている。
「さて、そんなお前らにこの状況を逃れられるチャンスをやろう。」
「チャンスだと?」
「ああ、実は俺はアルカナを持っている。」
「ア、ア、アルカナだと⁉︎」
「そうだ、それも特大級のな、ゲルマは元々アルカナが欲しがってたんだろ?ならこの一件をなかったことにして、税代わりにこれを渡せば俺もお前らも、難を逃れられる。どうだ欲しいか?」
「欲しい!」
その問いに兵士達が餌に群がる魚のように食いつく。
それさえ渡せば、例え、失態したところでもお釣りが来るほどのものだ。
「頼む!ぜひ譲ってくれ!何でもするから」
「へえ……今、何でもするって?」
ネロが意地悪そうな笑みに少し、退きそうにもなるが必死で思いとどまる。
人を殺せというなら、殺してやる。奴隷になれというのならそれも飲む、今はただゲルマの失態だけを避けることを考える。
どんな要求をされても絶対吞んでやる、そう覚悟をするがネロの要求は意外なものだった。
「ならばこの町から撤退しろ、町の者には金輪際、一切手を出すな」
「……それだけか?」
ネロの要求に兵士たちは拍子抜けして思わず顔を見合わせる。
「お前らにとってはその程度でも、こちらにとっては大きなことなんだよ」
「お前……」
ネロの言葉に街の者達が心を揺さぶられ、思わずグッと拳を握る。
「できるか?」
「あ、あぁ、アルカナさえ手に入るのであれば可能だ。元々この町はアルカナを目的で来ていた場所だ。もらえるアルカナを町で取れる全部のアルカナとでも報告すれば、この町から手を引けるだろう」
「なら取り引き成立だな。」
そう言うとネロはアルカナを取りに鉱山へと走って行った。
――そして三十分後。
バルボス達の前に、巨大なアルカナが置かれる。
「……これほどの大きさ、本物なのか?」
バルボスが目の前に置かれた巨大な鉱石をマジマジと見つめる。
「間違いなく本物だ、これさえあれば、もう街には用はないんだよな?」
「あ、ああ、これだけあればゲルマ様も満足するだろう……」
バルボスたちはアルカナを巨大な荷車に乗せると、シートをかぶせ、固定し、そのまま十人がかりで運び
始める。
「ああ、そうそう、一つ言い忘れてたけど……」
そう言いかけた瞬間、町全体におぞましい程の悪寒が覆う。
「……もし、裏切って、俺達が出た後、再び町に手を出そうものなら、今度は貴様ら一人一人を最も残虐な殺し方で殺してやるからな。」
そう言ったネロの姿に兵士達は今までとは比べ物にならないくらいの殺気を感じ、体をガチガチと震わせた。
これで死は免れたんだ、ワザワザ相手を怒らず必要もない。もうこの町には関わらないでおこう。
この事は他言無用にすると、兵士達はそう胸に刻みながらながら町へと出て行った。
「……よし、これで、町も俺達も大丈夫だろう。」
ネロは解決できた事にホッと一息をつく。
「でも、本当にいいの?あんなもの渡して。」
エーテルの質問に少し間が空く。
確かに、ゲルマにこれだけ大きなアルカナを渡すのは非常に危険なことでもある。
アルカナは防具にもなれば金にもなり、交渉材料にもなる。
使い方次第では、ゲルマは強大な力を手に入れるだろう。
だが、そんなことはネロの知ったことではない。
現状を打破するにはこれしか方法がない、ならそうするだけだ。
たった数日間しか過ごしていないこの町は、今やネロの中でもこれを渡してもいいくらいの価値の大きな存在となっていた。
「……どちみちあんなでデカい石ころ持っていけねえしな、俺が持ってても無駄だろ」
本音を隠しそう答えると、ネロは街の者達の反応を窺う。
しかし町の者達は、あまり反応はない。
――……何かまずったか?
ひたすら沈黙が続く町にネロは少し不安を覚える、先程出した殺気でもしかしたら町の者達も怯えさせたのではないか、そう考えてしまう。
しかし……
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
その瞬間、その場の静けさが一瞬でなくなり、周りは怒声にも聞こえるほどの歓声が響いた。
「まさか、こんな日が来るとは!」
「今まで頑張って働いててよかった!」
「もう兵士に悩まされなくてすむんだー!」
信じられない現実を実感し始めると、溜め込んでいたものを一気に吐き出したかのように町の者達は騒ぎ始める。
あまりに歓喜に満ち溢れたその場に今度は若干たじろぐ。
「お前、またやってくれるじゃねーか⁉」
そしてまたもや飛びついてくるレンジに頭をぐちゃぐちゃにされる
「だから、それやめろって、お前、そんなに騒いだらまた怪我するぞ!」
「いいだろ!今日だけは!今日騒がなくていつ騒ぐんだよ!」
そう言ってやめようとしないレンジをネロが無理やり引きはがそうとする。
ほんの数日前まで貴族を毛嫌いしていたレンジからは考えられないことだ。そして
そんな他愛もないやり取りを見てレイジは実感した。数年前から始まった惨劇は、今終わったのだと。
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