第41話 獣人族


「ブヒヒヒヒヒ、人間の子供ダァ、どうしよう、売って金にしようか?それとも八つ裂きにして遊ぼうかナァ。」

「おやめなさい、我々は国こそ失いましたが誇り高きガゼルの戦士。無下な殺生はいただけませんよ。」


 不気味な笑い声をあげ鼻息を荒くする豚の男を、貴族服を着たネズミが冷静な口調でなだめる。


 獣人族ビースト……人並みの知識と獣の肉体を持つ、文字通り半分獣、半分人の姿をした種族。

 姿の割合は人によって違い、その姿の獣の種類で身体能力が異なるが、少なくとも普通の人間よりは高い。


「ほら、あなたが早く殺さないからあいつらが来ちゃったじゃん!どうすんの!責任とりなさいよ!」

「知らねぇよ!てかなんだこの獣どもは。」


 いきなり出てきた二人の獣人族に妖精は焦りネロの裾を何度も引っ張り揺らす、ネロ達は状況が理解できず、少し困惑気味になる。


「さて、君達、お取り込み中のところ申し訳ないが、今その妖精を殺されるのは少し困るのでな。どうかこちらに渡してもらいたい。」


 ネズミの姿をした男が、紳士的な口調で妖精の身柄の引き渡しを要求してくる。


「ダメよ!あいつらにだけは絶対渡さないで!」


 先程までのとは違い妖精は必死で懇願している、どうやら妖精にとって彼らに捕まるのは死ぬことよりも困るらしい。


「安心してほしい、私達は少しその妖精に用があるだけ、渡しさえしてくれれば、君達には何の危害も加えない。もちろん、素直に渡せばの話だけどね。」

「ブヒヒヒヒヒ、俺としては断ってくれた方が都合がいいんだけどな。」


 豚の兵士が鼻を鳴らし、獲物を狙うかのような目でこちらを見ている。

 上司と思われるネズミの一言で今にもこちらに襲い掛かってきそうだ。


「こうなったのもあんたのせいなんだから私を連れて一緒に逃げるか、私を殺してあなたたちも殺されるかどちらかにしなさいよ、あ、私としては断然前者がいいと思うけど」

「……お前を置いて、見なかった振りってのは?」

「やめて!それだけは絶対やめて!」


 ネロは二方を見比べる、

 向こうは微笑を浮かべながら、ただゆっくりこちらの回答を待っている、どちらでも構わないという

余裕の表れだろう。


 そして妖精の方。

 態度こそ高慢ちきだが、捕まるくらいなら命を捨てるのは構わないという思いだけは強くみられる。


「ネロ、どうするの?」


 とりあえず妖精を殺すのは絶対なのだ。ならば回答は自然と決まっている。

 それになにより向こうの見下した態度がネロは気に入らなかった。


 ネロは握っていた妖精を開放する。


 こちらの要求に応じたと解釈したネズミがこちらに足を踏み出してくると、ネロはそれを見て、バカにするように鼻で笑う、そして二人の獣人族に向かって指をさし答えた。


 「ずいぶん態度のデカイ豚どもだな、お前らに俺の獲物を渡すわけないだろ?デカイのはその汚い鼻の穴と出っ歯だけにしておけよ。亜人・・共」


 ネロのその言葉を聞くと向こうは進めていた足をピタリと止め、先程から落ち着いていたネズミがおぞましい程の殺気を漂わせる。


 『亜人』と言う言葉はいわゆる人種の蔑称に当たるのだ。


「ちょ⁉断ってくれたのはいいけど、そんな挑発しなくても……」


 向こうからにじみ出る殺気を前に妖精が慌てふためく。


 細い目つきで鋭く睨み付けるネズミの騎士とは裏腹に、その拒否と捉えられる言葉に嬉しそうに豚の兵士が笑みを浮かべる。


「ブヒ、ブヒヒ、ブヒヒヒヒィなぁ、副長……このガキ八つ裂きにしていいよなぁぁ!」

「ええ、是非とも、数くらいしか取り柄のない下等な人間の子供に獣人族の恐ろしさを思い知らせてやりなさい!」


 ネズミから許可をもらうと同時に斧を持った豚の男が興奮しながらな猛スピードで突進してくる。

 その体型からは考えられないほどのスピードだ。


「エレナ、目を瞑って後ろ向いてろ」

「え?う、うん」


 指示に従い目を瞑りながらエレナが後ろを向く。


「ブヒヒ、まずはその小さい体をおおおお、真っ二つにぃぃぃぃぃぃ」


 勢いよく来た豚の男が、斧を大きく振りかぶるとネロに向かって勢いよく振りかざす。


「その汚い鼻の穴をドアップで見せんじゃねえよ!」


 ネロは斧を片手で止めると、その男の顔を、もう一つの空いてる手ではたいた。


 まるで母親が子供を叱る時のように相手の頬を目がけてパチンと。

 だが、はたくのは母親なんかではない、規格外のレベルのネロだ。


 そのネロに叩かれた豚男は、その威力に耐え切れず、顔が一瞬ではじけ飛ぶ。


 顔を失った敵の体は、ただの肉塊となり、そのままネロの横に倒れこんだ。


 そして後ろを向いていたエレナとネロ以外の二人がその光景を見て、時間が停止したように硬直する。


「……は?」


 驚きのあまり固まっている二人とは、正反対に手に血痕がべっとりと付着したネロが嫌な顔をしながらしゃがみ込み、地面にそれをこすりつけて拭いている。


 そして血をふき取り、よしっと呟き、立ち上がったネロがと再び前を向くと同時に、再びその場の時間が動き出した。


「き、き、貴様ぁ⁉何者だぁ⁉」」


 先程まで冷静さを装っていた男が顔を真っ青になりながら大きく叫んだ。

 妖精の方も唯々茫然としていた。


「別に誰だっていいだろ?どうせ、お前も死ぬんだから、なぁ?『亜人』」


 そう言うとネロが不気味に微笑む。

 その顔を見たネズミの騎士はその場から一目散に離脱する。

 

「なんなんだあれは⁉︎」


 ネズミが血相を変えて必死に走る。

 先程のネロの一撃はネズミに計り知れない衝撃を与えた。


 人間の中にも強い奴らはいる。それはこのネズミも十分承知していた。

 とくに武器や魔法を使わせれば、自分達よりも上手く使いこなす。


 しかし違うのだ、相手はそういう次元ではない。あれは人間の皮を被った化け物だ。

 生身の人間、しかもまだ子供が鍛え抜かれた獣人族の戦士を、素手で一撃で粉々にするなどありえない。


 今自分が最優先させる事、それはあの人間ばけものの存在を仲間に知らせる事だ。

 蔑称で呼ばれようがそんなことはどうでもいい、今は生き延びることだけを考え走りぬく。


「流石ネズミ、すばしっこいな、」


 ネロは楽しそうに笑みを浮かべる。


 ――やっぱり敵意のある相手はいい、殺すのに躊躇いが出ない。

 

「よし、アレを試してみるか」


 ネロは、逃げるネズミに狙いを定め、右手を前に出す。


「ウォーターレーザー」


 呪文を唱えたと同時に、手から噴出した水が既に遠くにいるネズミめがけて飛んでいく。


「くっクソ!」


 ネズミは後ろからくる水に死を覚悟し、目を瞑る。


 しかし水は紙一重で横に逸れ、そして前にある木を貫通しながら二つほど木を倒して消えていった。


 「なんだ!あの威力⁉︎あれが初級の魔法か⁉︎とにかく奴はヤバい!早く隊長に知らさないと!」


 もう目では届かないところまで逃げて言ったネズミを見てネロは追撃を止めた。


――……今回は起きなかったな。


 ネロは昨日の再現をしようと呪文を唱えたが起こらなかった事に首をかしげる。

 昨日と何が違うのか全く分からなかった。


「まあいいや、さて、じゃあ、邪魔が入ったが、今度こそ」

「ま、待って!いや待ってください、少し話を聞いてもらえませんか?」


 先程まで、高慢な態度だった妖精が、地面に膝を付けて頭を下げる。


「さっきから早く殺せとか待てとかどっちなんだよ」

「少し、少しだけでいいんです、もし話が気に入らなかったら、もう本当に諦めますんで!私自ら命を絶ちますんで!」


 ネロは聞き飽きた言葉に溜息を吐く

 しかし彼女の小さな目はただひたすら真っすぐな目をしていて、そんな目をした彼女の思いを断る理由はネロには出てこなかった。

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