第33話 ただのバカ

ネロの口から出た言葉に表情を強張らせ、一瞬の間を空けると、レンジはその後すぐさまネロに問い詰める。


「す、捨てたってどう言う事だ⁉︎」

「それも言葉の通りだ、お前の嫁さんはお前からもらった指輪を捨てたんだよ。」


 ネロにキッパリと言われると、レンジはただ呆然とした。


 確かに捨てたという事も初めは考えた、ただ、自分の知るティナが大事な指輪を捨てるとは考えられなかった。


レンジはティナのことを誰よりも知っている。

 おせっかい焼きで、正義感が強く、自分と誰かが揉める度にいつも間に割って入って来た。そしてこんな自分を誰よりも理解してくれていた。


 幼いころから一緒に過ごし、互いの性格も考えもすべてを知り尽くしている間柄だからこそ、彼女が人からもらったものを捨てるという選択は考えなかった。

 ティナは人からもらった大切なものなら例え死んでも離さない、そういう人だった。


 戸惑いを隠せずにいるレンジをよそに、ネロは淡々と説明を始める。


「最後に目撃されたのが鉱山ってのは、恐らく捨てるために処分する屑鉄の中に紛れさせておいたんだろ。当時は町を封鎖されてたみたいだし。それが一番確実に捨てられるからな。」

「ちょ、ちょっと待て!」

 「ん?捨てられたのがショックだったか?まあそりゃそうだよな、世界的に貴重な指輪を、それもエンゲージでもある手作りの指輪を捨てられるなんて。考えないし、考えたくもないよな、まあ、所詮これはあくまで俺の推測だからどう考えるかはお前に任せる。」


 そう前置きは言うが、ネロはもう確定しているように自信満々で言っている。

レンジはその考えを否定するかのようにネロに質問をぶつける。


「そもそもなんで捨てたんだよ、他にも選択肢はあったんじゃないのか?」


 そう、別に捨てなくても隠す事だって誰かに渡す事だってできる、まだ捨てたとは限らない、しかしネロはその意見をキッパリと否定した。


「いや、捨てることしかできなかったんだよ。周りの事を考えるとな」


 そう言うと、ネロは自分の推察の説明を続ける。


「指輪が原因で命を狙われてるのに他の者に指輪を渡したら今度はそいつが狙われてしまう、もし隠しても偶々誰かが見つけてしまえば、その人に危険が及ぶ、あんたの奥さんはそのことを踏まえて、一番安全な選択をしたんだよ。」


 一番安全な選択……その言葉にレンジの心が揺れ動く。たしかにティナなら考えそうなことだった。ただそれならもっと安全な方法があったはず。レンジはそれを問い詰める。


「それなら渡してしまえばよかったんじゃないのか?」


 レンジはその事だけが引っかかっていた、貴族が持っていないのはもうわかっていることだ、ティナが渡さなかったからこそ、命を奪われたのだから。


 もし渡せば、こうはならずに済んだのに、レンジは何がそこまでティナに渡すことを拒ませたのか知りたかった。

 しかしそんな質問にすらネロはしっかりと答えを見つけ出し、そしてレンジに無情な回答を突き付けた。


「それだけは出来なかったんだ。お前がいるからな。」

「俺が?」

「もし指輪を相手に渡せば、そのことを知ったお前はきっと取り返そうとするだろう、そうなると今度はお前が危険に晒される事になる。つい熱くなると周りが見えなくなるお前の性格を考慮して考えた結果だったんだ。それに、なにより大切な指輪を渡したくなかったんだろ。」


 その言葉にレンジも気づいた、もし、指輪を渡していたらネロのいう通り、きっと貴族に立ち向かっていただろう、そしてティナもそのことを十分知っている。


「そして、捨てたことで、お前を傷つけるのも想定していた、だからこそ言伝を頼んだんだよ「私たちの宝物を見失わないで」ってな」


 もう分かってる、今の話で全て気づいてしまった。しかしそれでも認めたくない一心で質問する。


「それは……どういうことだ……」

「そんなもん決まってんだろ!コルルの事だよ、例え、自分を失ってもコルルがいる、大切な宝はまだそこにある、その宝を見失わないでくれと、そういう意味で言ったんだ!」


 レンジはまだネロの言葉に必死で抗おうと言葉を探すが、もう見つからない。


ネロの話には所詮推測だ、根拠も証拠もない、でもレンジは話を聞いて、その話の通りだと確信してしまった。 

 ずっと一緒にに過ごしてきたからこそ、それが真実だとわかる、あいつは絶対そう考えていたのだと。


 「なんだよ……ふざけんなよ……」


 レンジが顔を手で覆いグシャグシャにしていく。

 認めない、認めたくない。だってそれが事実だというなら……


「俺はただのバカじゃねーか!」


 レンジが涙を流しながら声を荒げて叫んだ。


 あいつはずっと俺の事を考えて行動していた、なのに自分は彼女の考えに気づけず、その結果、その思いを踏みにじり、大切な宝であったにコルルすら寂しい思いをさせていた。

 そんなこと認められるわけがなかった。


「……なあ、教えてくれ、なんでお前はそう考えられたんだ?」


 涙を止めようと必死で手で拭いながら、震えた声で尋ねる。


「……認めたくがないが、俺とお前は似ているらしい、レイジから話を聞いたとき、俺ならどう動いたかを考えた、そしてその後、それを向こうも考えていたらと思って推測してみたら、この結論に出た。」


 レンジは自分の不甲斐なさに何度も地面を叩きながら叫ぶ、その悲痛な思いに腕の傷の痛みなど感じすらしなかった。


 レンジの考えも間違ってはいなかった、違うかったのはただ一つ、それはレンジがティナのことを考えていたように、ティナもレンジのことを考えて動いていたと言うことだ。

 そのことを踏まえて考えていたのならレンジもティナの思いが伝わったのかもしれない。


「……わかったならさっさと行け、トロッコはへこんでいたがなんとか使えるはずだ、入り口にコルルが来ているから、ちゃんと誤ってこい」


 ネロの言葉にレンジは立ち上がり、両手で頬叩いて泣き顔を直す。

 眼が充血して鼻水が少し出ているが、普段の強気な顔つきに戻ると出口の方へ歩き出す。


「ああ……いろいろと済まなかったな、外に出たら改めて……」


 その瞬間、突如、鉱山が揺れ始め、レンジは思わずバランスを崩す。

 そして目の前からゴゴゴゴという地鳴りのような音が聞こえ始めたその直後、前の地面から巨大なトカゲの様なモンスターが、顔を出すと同時に咆哮をあげ、この鉱山を揺らした。


「また来やがった⁉」

「なんだこいつ?」

「何って、例の怪物に決まってんだろ!」


――怪物……そうか、こいつが……


ネロは地面から巨体の体も出してきた怪物をマジマジと見る。


 地中済むために進化し続けたのか顔には目となるものは付いておらず、両手には地面を掘り進めるために発達した鋭い爪、口にはどんな岩をも嚙み砕けるような鋭い牙が、そして体には、鉱石が鱗の代わりとなって全身についている。


その獰猛さを剥き出しでこちらを威嚇してくる姿にネロは思わずつぶやいた。


「ヤバい……完全に忘れてた……」

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