第32話 関係ない
鉱山の中は殆どが暗闇で覆われている。
所々にある壁についたランタンが申し訳程度に辺りを照らすが、横幅が十メートルほどあるこの中では、全体には光が冴え渡らず、ほとんど役に立っていなかった。
ネロは鉱山の中に入った直後は走っていたが、暗闇に視界を奪われ、躓き転びかけると、走ることをやめ歩いて進んでいた。
別にこけたところで痛くもかゆくもないが、服が汚れるのは極力避けたかった。
テットにもオルグスにも貴族が着るような服は売っていない。
今着ている服も、貴族らしく高級感に溢れながら動きやすさを重視したオーダーメイドの代物だ。
もし、破りでもしたら、替えがないので、あまり汚すようなことはしたくなかった。
そしてそれとは別に、本能的にも転ぶことを極力避けたがっている。
前世で、倒れこんだ事で死んだからか、地面に倒れようとすれば頭の中に死がよぎり、自然と転ぶことを事を避けていた。
――クソ、ライトを持ってきておけばよかったな。
周りはどこを見回しても闇、何も見えないところを歩くものほどつまらない観光もない。
ネロは壁についてあるランタンの一つを手に取るとそれをライト代わりにして歩き出す。
ランタンを手にした事で視界が少し広がると、改めて周りを見回す、初めはあまり気づかなかったが所々の壁が崩れている場所や、ランタンが倒れている場所がある。
恐らくホーセントドラゴンが暴れた影響だろう。
ネロは自分の足音だけが響く、無音の暗闇の中をひたすら歩いた。
――……
静寂とは不思議なもので、ついつい、いろいろな事を考えてしまう。
こうやって歩いている中、ネロは今までの自分を振り返っていた。
何故自分は平民を嫌っているのか?それは昨日思い出した記憶の中にあった。
佐竹健太として生きていた幼少の頃、親は仕事に明け暮れて、家に帰らずほとんど一人で過ごし、寂しい思いをしてきた。
親からはそれが普通の家庭としては当たり前と教えられ、信じ込み、そんな環境は幼い健太の心に傷跡を残し、健太はそんな平凡な家庭を嫌うきっかけとなった。
ただ、それだけだと平民になる事を嫌うことはあっても、周りの平民を嫌う事にはならない。
もしかしたら何か他にも理由があったのかもしれないが、今のネロは覚えていない。
二度も転生を行ったからか、あまり思い出したくないからかはわからないが、今覚えているのはこの時の記憶だけ。
前々世の記憶も当時の心境も覚えてはいなかった。
――
変わり映えしない景色を歩いていると、ふと目の前に何かが倒れている事に気づく、ネロはそれに対し、特に警戒もせずに近づいて調べてみる。
――トロッコか……
所々がへこんでいて、倒れているトロッコを調べたあと、そのまま辺りも見渡す。
すると横には不自然に巨大な穴が空いていた。
作りも雑で、整備も何もされておらず、明らかに人が掘ってできた穴ではない。
恐らくホーセントドラゴンが作ったもので、ここに現れてた可能性が高い。
倒れていたトロッコの事もあり、こうなると、レンジの身が少し危うくなる。ネロは少し急ぎで足を進めた。
少し進んだところで膨らんだ場所に出る。するとそこからは、道が分かれておりいくつかのルートができていた。
もちろん、ネロはどの道を行けばいいのかなんてわかっていない。
勢いよく中に入ったのはいいものの、中の事はなにも聞いていなかった事は少し不用心だったと反省した。
――さて、どうしたものか
ネロはいくつか道の先をのぞいて見るが、奥がどうなっているかなどわかるわけもない。
一つ一つ調べる余裕なんてある訳もなく、困り果てているところで、ふと地面に何かついてる事に気づく。
ランタンで足元を照らして見ると、血痕の様なものがポタポタとついており、その痕が一つの道に続いていた。
恐らく先程のトロッコの場所で襲われた際、怪我を負い、ここに逃げ込んだのだろう。
ネロは血痕を頼りに先へと進んで行った。
――
先程より更に急ぎ足で前に進んでいると、ふと遠くで何か呻き声のようなものが聞こえる。
少しずつ声の方に近づいていると、聞こえた場所から、何かが動いたのが見えた。
「……だれか、いるのか?」
うめき声をあげていた者が、痛みをこらえながら弱弱しい声でこちらに訪ねてくる。
ネロは答えずそのまま声のした方に近づき、相手を光で照らすと、そこには右腕を抑え、壁にもたれかかりながら座り込むレンジの姿があった。
レンジも相手がネロだと気づくと、顔を引き締め、こちらに殺気をむき出してくる。
「テメェは……貴族のガキ⁉」
「よう、
皮肉のこもった挑発めいたネロの挨拶に、レンジが痛みをこらえながら睨みつけてくる。
「なんの……ようだ?」
「相変わらず、低能な奴だな、昨日怪物を倒しにきてやるって言っただろうが」
「そうかよ、ならさっさと倒して、俺の視界から消えろよ……」
そう言うと再び痛みに苦しみながら顔を伏せる。
「お前はそのままでいいのか?随分手負いのようだが?」
ネロはレンジの状態を見る、致命傷こそ負ってはいないが、右腕は酷く流血しており、血を流しすぎたせいか、レンジの顔は青ざめている。
「貴族に……助けられるくらいなら、死んだが方がマシだ……」
その言葉にネロは顔をしかめる、残された者の事を考えないレンジの発言に苛立ちを見せた。
――相変わらず自分勝手な親だぜ
とてつもなく殴りたくなったが、怪我人という事もあり、そういうわけにもいかない。
それにレンジの過去を聞いた後だと、そう考えても仕方がないと思った。
ネロは道具袋から血止めの効果のある薬草と、ポーションを取り出すと、レンジに向かって投げた。
「なんの……つもりだ?」
「貴族に助けられるのが屈辱的なんだろ?なら、なおさら助けてやらねえとな」
「……いらねぇって言ってんだろ」
「こんな状況で意地を張って、死んだら子供はどうするつもりなんだ?てめぇも人の親ならここはどんなに恥をかいたって生きるべきだろ」
少し真面目な顔をしたネロに諭されると、レンジは向こうの言葉に返す言葉が見つからず、不服そうにしながらも、観念して無言で手当てを始める。
「うっ、ぐっ、がはぁ……」
傷口に薬草が染みたのかレンジが痛みに声を上げる。
初めこそもがいていたが、徐々に傷みが引き始めると、少しずつ乱れた息が整い始める。
レンジが少し落ち着いたのを確認すると、ネロは嫌味な態度をやめて、真面目な表情でレンジに話しかける。
「で?お前はなんでここにいるんだ?」
「……てめぇには関係ねえだろ」
顔色も戻り始め窮地こそ乗り越えたが、レンジの態度は変わっていなかった。
「死んだ奥さんの指輪でも探してたとか?」
「な⁉」
どうしてそれを?と言わんばかりに驚きを見せるが、すぐに誰が教えたかを察すると、その人物に対して舌打ちをする。
「兄貴の野郎か……余計なこと言いやがって。」
「それで?見つかったのか?」
「……てめぇには関係ねえだろ」
「幼い子供を放っておいて、ずっと探し続けて、いつまで今の状態でいるつもりだ?」
「……だからてめぇには関係――」
「関係ないで済ますなよ!きちっと状況に向き合って見せろ!」
その瞬間、ネロの声色の変化に思わず怯む。
力強い怒鳴り声と、真剣な目で真っ直ぐ睨みつけるネロ。それは今までのネロとは違うことに気づくと、レンジも態度を改め、本音をこぼした。
「……俺も分かってんだよ、いつまでもこのままじゃいけないことくらい、でもこれはあいつのためでもあるんだ」
そうすると、レンジは先程の強気な態度から一転して、弱々しく愚痴を漏らす。
「俺は弱えぇ……、どんなに突っ張っても、所詮はただの一般人だ、それを一年前のあの日に思い知らされた」
あの日……おそらくゲルマが町に来た時の事を言ってるのであろう。
ネロはそう判断して話を聞き続ける。
「俺はティナを……自分の妻を、守ってやれなかった……あいつに渡したあの指輪は不細工ではあるが、物理半減の効果はちゃんと機能していたらしい、あれは俺なんかよりもよっぽどコルルを守ってくれる。そしてあいつにとっての唯一の母親の形見にもなるんだ、だから指輪をどうしても見つけ出して、あいつに渡したいんだ……」
レンジの本音を聞いたネロはしばらく真剣な表情で黙り込んだ後、張りつめた空気を抜くように大きく息を吐いた、そしてそれと同時に安心した。
こいつはこいつなりの考えで、しっかり子供の事を考えてた、自分の時と違う。
自分たちの都合のためだけに子を放置して働いていた自分の両親と違い、レンジは本気でコルルのためを思って、動いていた。
自分は立場も力も優遇されていたから忘れていたが、この世界は前の世界よりも何倍も危険なのだ。
だからこそ一緒にいられるうちは一緒にいてほしい、これは死後に事情を知ってどうする事もできなかった、ネロ自身の思いだった。
「なら尚更、一緒にいてやれ、弱くてもお前が守ってやるんだ、それが一番あいつのためになる、……指輪なんていくら探したって見つからねんだから」
「……⁉︎どういうことだ?」
ネロの言葉に不意に顔を上げる、そしてネロはレンジの目を見てハッキリと伝えた。
「どうもこうもねえよ、言葉の通り、指輪はここにはない。だって指輪は……
とっくに捨てられてんだから。」
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