第11話 ロイドとカイル

  

 高等部の棟から中等部の棟まで続く道を一人の貴族が早々と歩く。

綺麗に整えた金髪に、一切乱れのない制服は育ちの良さうかがわせ、その制服の下にある無駄のない肉付きは、日ごろの鍛錬の賜物であろう。


 ルイン王国三大貴族、ルイス公爵家の長男ロイド・ルイス。

 三大貴族という続柄にも囚われず誰にでも対しても対等に接し、その真面目で誠実な性格は貴族としては珍しく、身分問わず、誰からも慕われていた。


 普段は穏やかな表情を浮かべ、怒りを見せることのないロイド、しかし今、そんなロイドの表情は険しく、いつも優しく見つめる青い瞳には怒りの炎が宿っていた。

 

 今年卒業となるロイドは来年から本格的に次期領主として父親の下で働くため、学校の許可を経て、妹ロゼと共に四月から半年間の領地視察に出ていた。


 そして、それが終わり学校に戻ってくると、ロイド達は学校の現状に思わず言葉を失った。


 元々身分問題のいざこざはあったが、ここまで酷くはなかった。いがみ合っていた平民と貴族は今や完全に貴族の下で収まり、今まで共に勉学や鍛錬に励んできた、平民の仲間達が自分にひれ伏した。

 まるで他人のような丁寧な口調で話す仲間にロイドは唇を噛みしめた。

 

 そして更に衝撃を受けたのがレギオスの死だった。

 弓使いとしてのクラスに所属し、貴族であるロイドとはあまり関わりがなかったが、その実力は嫌でも耳にしている。

 たまに話す機会があった時も、気さくな相手だったのを覚えている。


 そんなレギオスが決闘で死んだなどとは未だに信じられなかった。

 そして最も衝撃を受けたのが、この変わり果てた学校を作った元凶が、かつて弟のように可愛がっていた、カイル・モールズだという事だった。


 カイルと最後に出会ったのは六年前。王族のパーティー以来だ。

 親の都合上、出会うことは王族主催のパーティー以外で会うことはなかったが、それでもカイルはその数少ない出会う機会で自分を慕ってくれていた。


 騎士団学校に通うことになるとパーティーに行くことがなくなり、会うことがなくなったが

 カイルが剣の道で目覚ましい成長を遂げていると言う話は耳にしており、カイルが学校に通うと言う話を聞いてからは会えるのを楽しみにしていた。

 

 しかし、視察から戻ってみればこの現状。ロイドはその真偽を確かめるために、カイルの元へと向かっていた。


「兄さん!」

 

 ふと後ろから呼び止められる。声を掛けてきたのは一つ年下の妹、ロゼだった。

 母親譲りの背丈まである赤髪を後ろでくくり、キリッとした目つきの少女。

 普段から表情を顔に出さないロゼの顔にも困惑が見受けられた。

 ロイドは足を止めずに目だけで確認する、ロゼはそのまま兄の後ろをついてくる。


「この現状、本当にカイルがやったことなの?」

「……らしいな」

「私、まだ信じられない。あの子がこんな事を……」


 ロゼが学校の現状と、カイルの悪評に、心を痛め、胸をギュッと抑える。

 彼女は特にカイルをかわいがっていたので、未だに心の整理ができないでいた。


「それを確かめるために今からカイルの所へ行くんだ。」

「私も行くわ」

「なら、急ぐぞ。」


 二人は少しでも早く真偽を確かめるため、急ぎ足で中等部の貴族のクラスへ向かっていった。



――

 中等部に着くと、かつて過ごした教室まで迷うことなく進む。

 ここまで通る途中でも気づかされる格差関係、自分を見つけると最早習慣づいたかのように茶色い学生服の生徒たちが地面を頭につける。

 なかには頭を下げてる平民の頭を貴族に笑いながら足で踏みつけられている場面もあった。


――なんだ、この光景は!


 二人の中の怒りが増すと、足は自然と速くなっていく。

 教室へ着くと入り口の近くにいた生徒に声をかけた。


「ん?あれ、そのネクタイ……あんたら高等部の人……」


 そして少年は制服についた紋章を見るといなや驚きの表情を見せた。


「こ、これは、モールズと同じ公爵家の⁉」

「そのモールズはいるかい?できれば呼んでほしいのだけど」


 そう告げると生徒は慌てて、窓側の学生がやたら固まっている場所へと向かう。

 他の学生が邪魔で見えないが、きっとあの中心にカイルがいるのだろう。

 あれから六年、カイルがどう変わってしまったのかを想像して、ロイドとロゼは思わず息をのむ、


 しばらく間が空くと、人ごみの中から一人の少年が飛び出し、走ってこちらへ向かってくる。

 その姿は、少し背丈が伸びたくらいで何も変わっていないカイルの姿だった。


「ロイド兄さま、ロゼ姉さま、お久しぶりです!」


 あの頃と変わらぬ呼び名で、凛凛とした目をして駆けてきたカイルに、ロイドとロゼは少しホッと胸を撫でおろす。


「久しぶりだね、カイル。」

「随分、大きくなったわね」

「はい、あの頃より身長も伸びましたし、剣の腕も上達しました。」


 自分達との再会に本当にうれしそうにするカイル。いつもより少し子供っぽい姿を見せるカイルに少し周りもざわついている。

 話せば話すほど信じられない。こんなに無邪気なカイルが民を家畜扱いしているなど……


――いや、それを確かめるために来たんだ。


 ロイドは覚悟を決めて口を開く。


「なあ、カイル、お前に会えたのは嬉しいが、今日は世間話をしに来たのではないんだ、少し聞きたいことがあるんだが……」

「……二人で来たってことは大事な話ですよね?では少し場所を変えましょうか」


 カイルの言葉に頷くとその場から移動していった。



――校内食堂


 普段はここは学生で賑わっている場所だが、今は営業時間ではないので周りに人は誰もいない。

 そこの一席にカイルは、傍にベルモンド兄妹を置き、座るとロイド達は向かい側へと座る。


「さて、話ってのは何ですか?できれば難しい話は早く終わらせて二人といろいろ話をしたいのですが?」

「なら単調直入に聞こう、カイル。この学校の現状はどういうことだ?何故平民があんな態度をとっている?お前がやらしているのか?頼む、答えてくれ」


 カイルが楽し気な目でこちらを見つめてくる、かつての変わらない眼差し。できれば否定してほしい、だがその思いはあっさりと壊される。


「はい、そうですよ?ここで過ごすには少し、汚かったので整備させてもらいました」


 まるで環境整備をしたかのような言いぐさで肯定したカイルに、隣のロゼも口を開けたまま茫然としている。


「どうかしました?あ、まさか愚民どもが何か失礼な事でも……」

「そうじゃない!」


 カイルの言葉から出た愚民という言葉に思わず大きくなった声が、静まり返った食堂に響く。

 さっきまで無邪気な顔をしていたカイルも少し表情を曇らし始めた。


 ロイドは少し呼吸を荒げ、心を落ち着かせると、真っすぐカイルを見つめ、尋ねた。


「カイル、お前にとって民とはなんだ?」

「家畜です」

「かちっ……」

 

 周りの話に聞いていた通りのカイルの家畜という言葉に、ロイドは思わず言葉を詰まらせた。

 今話しているのは間違いなく弟のような存在のカイルだ。だがそれと同時に平民が恐怖しているカイルなのも紛れもない事実。


 カイルは昔から何も変わってはいない、あのころからカイルにはそういう考えがあったのだ。

 当時は気づくことがなかっただけだった。

 

「兄さまはそう考えておられないのですか?」


 まるで当たり前のように尋ねるカイルに、ロイドはつい熱い感情を乗せ、きつい口調で言い放つ。


「違う!家畜なんかではない!国は民がいてこそ成り立つのだ、民が国の力となり、我々貴族がそれをまとめ上げて国は成り立つ、断じて家畜などではない!」


 ロイドは怒りの感情をぶつけるように机を叩く。

 カイルは話を聞き、しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「なるほど、……わかりました。では質問です、兄さまは何故、反乱が起こるかわかりますか?」


 唐突な質問に少し戸惑うも、ロイドは領主としての自分の意見をしっかりと伝えた。


「民が領主に不平不満を持つからだ。……貴族が民の言葉に耳を傾け、意思疎通ができていれば起こらずに防げることだ」


ロイドの考えを聞くと、カイルは一度、眼を閉じ黙り込む。

そして眼を開くと、今度は自分の考えをロイドにぶつけた。


「それが兄様の考えですね……でも僕は違います。反乱が起こるのは民たちが貴族よりも力を持っていると考えるからです、力があるから、勝てると思うから反抗する。例えもし民の意思を尊重した政治をしても初めこそ納得するでしょうが、その環境に慣れ始めればそれにも不満を言ってくるでしょう。それは些細なことから始まり、次第に要求は上がり続け、最後には対等の立場を要求してくる……なんてことだってあり得るでしょう。だからこそ、身をもって教えるべきなのです。貴族と平民は家畜と飼い主、自分達は家畜と言う立場だと言う事を完全に植え付けさせるべきなのです。」


 カイルの言葉を聞くとロイドは沈黙した。


――これがカイルの考え……力を知らしめ、反抗させなくするという事か


 ルイン王国での貴族と平民の力関係は極めて激しい、これはどの国でも言えることだ。ただルイン王国はその国等の中でも特に反乱が多い。そういうことではカイルの考え方は一般貴族としては普通なのかもしれない。


「まあ、これはあくまで、僕の考えです、兄さまが自分の領地でやることには文句を言いません、ですが僕の考えにも口出しだけはやめてください、今回、学校内でこのような状況にしたのは僕自身が過ごしやすい様にしたかったからです。もし不満があるなら高等部の方は戻してもらっても大丈夫ですよ?」


 まるで中等部の平民学生は、自分の所有物のように言うカイル。最後の言い分を聞くとロイドはポツリと呟いた。


「貴族が力を持つとこうなるのか……」


 ロイドはゆっくりと立ち上がると、出口に体を向ける


「カイルの言い分はよくわかった、ならこちらはこちらの考えで動かせてもらう、行くぞロゼ。」


 そう言うとロゼは少し哀しげな目でカイルを見たあとロイドの後へついて行った。




――


「はぁ……」


 ロイド達が出て行ったあと、カイルは張りつめていた空気を抜くように大きくため息を吐き、普段のカイルに戻る。


「ルイス様は随分と温い考えをお持ちの方なんですね」

「まあな、だがそれこそが兄さまであり、俺もあの温さに救われたんだ。」


 カイルはふと昔を思い出す。


 かつての王族のパーティで、母は事情があって来られず、父は派閥を広げるため、独断で動き、一人取り残されたカイルはパニックになっていた。


 まだ転生して間もなく、貴族としてのふるまいも分からず、さらにコミュ症だったカイルはずっと会場の隅に気配を消して隠れていた。そんな時二人に声をかけられた。


 どう接すればいいかわからなく、無言を貫き続けた自分にも優しく接し、パーティーが終わるころにはずっとくっついていたほど二人を慕っていた。


 ただロイドの家がモールズ家と対立していると聞いていた時は、もう話せないと思ったが、次会った時も変わらず接してくれた。その優しさにカイルはどれほど救われたかを思い出す。きっと二人がいなかったらオズワルトやベルベットに出会った時、うまく話せていなかっただろう。


「しかしどうしますか?あの様子だと何か仕掛けてきそうですけど」

「大丈夫だ、こうなる事はある程度予想していた。仕掛けてきたらその時はその時だ、しっかり対処させてもらう。」


 カイルは以前に決意を口に出して述べておいて、よかったと感じた。

さっき見せた、ロイドの怒りとロゼの悲しげな眼

もし決意を声にしていなかったら、きっとその決意は鈍っていただろう。

声に出した事で改めて決意を固められていた。


――この力は俺だけのために使う、これは俺が思うがままに生きるための力だ。


カイルはそう心の中でつぶやき、揺るいだ思いを一層固くした。

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